56 『壁』の中で
あけましておめでとうございます。
そんな時期はとっくに過ぎていた。
更新遅れてすみませんでした。
目を開けると、真っ白な天井があった。高月快斗はしばらくその天井を見つめ、はて、なんで自分はここにいるのだろうと考える。
そして、ガバッと身を起こした。
「ナオっ!? みんな!?」
周りを見回すときちんと三つのベッドがあり、御影奈央、永井雅樹、秋瀬詩穂の三人はそれぞれ眠っていた。
そこから視線を落とせばそこにはちゃんとジェット――翼の生えた猫もいる。
「よかった。みんな、生きて『壁』の中に入れたのか……」
その事実に高月は安堵した。
正体不明の進化ゾンビを相手にするためマイクロバスから降りた高月たちは、ゾンビ撃破後に現れたヘリコプターに乗せられて『壁』の中へと運ばれた。
その際ヘリコプターの中で全員眠ってしまったため、知らない部屋に寝かされていたことに気づき高月は取り乱したのだった。
「……静かにしろ。眠っているご主人が目を覚ましたらどうするつもりだ」
「君は変わらないな」
高月の焦りようにジェットは目を覚ましていたのだろう。変わらないその態度に軽く笑うと、時計を見た。
日付も書かれているタイプの時計で、高月は書いてあることを音読する。
「七月二十九日午前八時半か……。部活があったら遅刻だな」
窓を眺め、自分の所属していたサッカー部のことを少し考えた。そして、すぐに止めた。考えても虚しくなるだけだからだ。
高月たちはひとまずは『安全地帯』にたどり着いた。
しかしここが本当に『安全』であるのか、高月はまだ信じられなかった。
※※※
午前九時になる頃にはみんな起きていた。そこで、全員が起きたところで、『壁』の中での生活についての話を始めたのだった。
「最初にする話じゃねーのかもしんないけど、みんなに聞いとくな」
最初に永井が切り出すと、あとに続く言葉を察した全員は真剣な面構えでそれを待った。
「ジェットをどうする?」
ジェットはゾンビだ。
自我があるとはいえ、危険なことに変わりはない。噛まれれば噛まれた人間はゾンビになるのだから。
ここが、『壁』が安全地帯であるのなら、そんなところに置いておきたいものではないだろう。
「私は、一緒に暮らしたいです……」
しばらく無言が続いたが、それを切って御影が言った。力のない声だった。
彼女は、ジェットがゾンビ化する以前からジェットの世話をしてきたのだ。簡単に別れることができる関係ではないのだろう。
だが状況はそんなに甘くはない。故に声に力はなかったのだ。
「僕も同じ意見だ」
高月も気持ちは同じだ。
出会ってからそう時間が経ってなかったとしても、命をあずけあった仲だ。助け合いながら今まで生き延びてきた。
ジェットがいなかったら、ここに四人で揃うことはできなかったはずだ。
「詩穂は」
「聞くまでもないでしょ」
残りの意見を聞こうと永井が視線を向ける。秋瀬も同意見だった。
みなジェットに救われてきた。
ここで突き放すことなどできるはずがない。
だが。
「『壁』のルールに従うべきだ」
ジェットの意見は違った。
「私のために動いたせいで『壁』から出されてしまっては本末転倒だからな」
「でもっ!」
それに対して、真っ先に言い返せるのは、御影だけだった。
みんなわかっているのだ。
心のどこかで気づいているのだ。
ジェットとは、ここで別れなくてはいけないのだと。
「ご主人」
ジェットの声色は穏やかだった。
それは紳士のようで。
それは父親のようで。
駄々をこねる愛娘を諭すように。
「私は、ご主人に危険があって欲しくない」
「……っ!!」
「そのために私が邪魔になるのであれば、身を引くのは道理だ」
「でも、私は……」
「大丈夫だ」
御影は泣きそうな顔でジェットを見つめる。だがジェットは動揺しない。
きっと、彼の仲で覚悟は決まっているのだ。
だったら高月たちがそれを邪魔することはできない。できるわけがない。
「ご主人には、こんなにも素晴らしい仲間がいるではないか」
猫に表情はない。
だがその時のジェットは、きっと、笑っていた。
「いいんだな?」
確認するように、永井が問う。
ジェットは目を伏せて即答した。
「構わん」
きっと彼は託したのだ。
自らの主人を。
高月快斗に、永井雅樹に、秋瀬詩穂に。
――風見晴人に。
だからきっと、柄にもなく仲間を褒めた。
「わかった」
その覚悟に答えるためには、ここは潔く身を引くべきだ。
それが、仲間というものだろう。
話もまとまったところで、永井は別の話へと切り替えようとした。
だが口を開くと同時、背後のドアが開いた。開いた先には戦闘服を着た男がいる。
「全員起きているな。こちらに来てもらおう」
そう言って案内されたのは、教室二つ分ほどのホールだった。
※※※
ホールの入り口に何やらゲートのようなものがある。形状はイベント会場や空港なんかにある金属探知機に近い。だがまさか金属探知機なんかではないだろう、と高月は考えている。
(もっと、金属よりも危険性のあるものを測る機械……か?)
高月たちを案内した男は、ここを通るように促す。高月たちは顔を見合い、永井から通ることにした。
「金属探知機なら、反応しそうなもの制服に入ってるんですけど……」
永井もこの機械がどういったものなのか疑問だったのだろう。さりげなく男にそんなことをこぼす。
男もなにかを察したのか、少しだけ口角を上げて答えた。
「金属探知機ではない。安心してくぐりたまえ」
「はぁ……了解っす」
(くそ、機械が何かは分からないか……)
だが金属探知機ではないと分かっただけ上出来だろう。永井は少しビクビクしながらくぐった。
「…………」
機械の反応は、ない。
どんな機械かわからないとはいえ、高月たちは何も持ってきていない。強いて言えばジェットも共に来たくらいだ。
永井が大丈夫だと分かると、詩穂もくぐった。続けて高月もくぐる。
機械は全く反応を示さない。この機械は本当に何かに効果があるのだろうか、と高月は思った。
――が。
ピィ――――ッ……!!
やかんが水の沸騰を知らせるような間抜けな音が鳴った。
御影がそこを通った瞬間に。
それはあまりにも想定外で、考えもしていなくて、だから唐突に反応できなかった。
戸惑う御影に対し、外にいた男は一瞬の間も作らず銃を抜いた。
(ナオを殺す気か……!?)
高月、それからジェットが身構えた瞬間。
「ストーップ、ストップストップ!」
少しだけしわがれた、四、五十代ほどの声が拍手と共に聞こえた。
「キミも銃をおろしたまえ」
「し、しかし……機械が」
「おろしたまえ」
「り、了解」
白衣の男だった。それだけで介入してきた男が研究者であるのだろうということは推測できた。
白衣の男は銃をおろさせると、こちらを向いて少しだけ頬を緩めた。
「いや、驚かせて申し訳ない。今のは誤作動だ。本来、正しく反応した時は『ピー』ではなく『ビー』と鳴る機械だしね。たまたま壊れていたみたいだ」
「い、いえ……」
慌てふためく御影を守れる位置まで高月は移動すると、御影を庇うように立つと、睨みながら問う。
「教えてもらえますか?」
「何についてかね?」
誤作動。
本当に誤作動なのか。
それを知らなければ安心できない。
ジェットや高月、永井がいるここでは殺さず、一人になったタイミングを狙うという可能性もある。
だから高月は糾弾するように白衣の男に問う。
「その機械は、何ですか?」
「…………」
白衣の男は黙る。
本来一般の人間に答えられることではないのだろう。
だが悩んだのは数秒だった。
「その機械は、人の中に存在する、とある物質の量を測定する機械だ」
「……物質?」
回答は予想外だった。
白衣の男は「そうだ」と続ける。
「どの人間も必ず同量その物質を持っていて、例外はない。かといってその物質がどういった働きをすることもない。……なかった」
「……『なかった』ということは」
少しだけ嫌な予感がした。
聞くべきではなかったと後悔した。
「そう。生物誕生の時点から全ての生物に存在した特殊物質、何の意味も為さなかったそれが、先日ついに反応を見せた」
「それは、まさか――」
「――ゾンビ化」
「…………ッ!!」
何の冗談かと耳を疑った。
まさかこんなところで今までの騒ぎの原因を聞くことになるとは、誰が考えただろうか。
高月たちは、白衣の男の話に耳を傾けた。
さて、『壁』の中編第一話からゾンビ化の原因が語られます。こういうのって普通終盤でやるよね? こんな序盤でやってどうすんの打ち切りなの? とお思いの貴方。大丈夫です全部は語りません(当たり前)。
とまあ下らない話はさておき。
改めて、更新遅れてすみませんでした。
何度か書き直したりしてたら何が書きたいのかわからなくなったりしてこんなことになってしまいました。
今後は更新ペースを戻し、全力で執筆していきたいと思います。
では。
ゾンビ化の原因が謎物質とかいう展開、ウケるのかなぁ……。




