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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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48 風見たちの七月三十日

 今日で七月三十日になる。

 つまり、ゾンビが出現してから五日が経ったわけだ。

 自己紹介を終えた後、一同は晩ご飯を食べて寝ることにした。食べ物はコンビニやスーパーからまだ食べられそうなものを適当にとってきたらしい。それにお菓子を混ぜたのは誰なのだろうと風見は苦笑する。

 風見は布団代わりにと体育倉庫から取ってきたマットから身を起こし、考える。

 五日だ。

 まだ、たった五日しか経っていないのだ。


「それでこんな状況かよ……」


 発展途上国は言うまでもなく、先進国ですら対応が遅れたところは次々と壊滅していった。風見が以前ネットを漁った時はそんな情報しか得られなかった。

 しかしまだ五日しか経っていない。どうしてこんな絶望的な状況なのだろうか。

 ゾンビものの映画などではこんな状況になるのが当たり前だが、こんなスピードで壊滅する世界はそうないと思う。

 はっきり言って、世界が終了するまでのスピードが異常だ。

 軍隊が、政府が、世界中のどこかで動きだすこともなく世界は終了してしまった。

 なにかが、あるのだろうか。

 風見のような小さな人間には知る由もない、なにか大きな理由が。

 そこで、不意に頭痛がした。

 ピキッと音を立てるように訪れた痛みに、風見は頭を抑えた。


「いってえな、いきなりなんなん……」


 そこで、聞こえた。


「……ト」


 誰かの、声が。


「も……め……」


 聞いてはいけない、雑音が。


「……い……ら」


 シャットアウトした。

 音を強制的に排除した。

 聞きたくなかった。

 聞いてはいけなかった。

 なにかが変わってしまうから。

 自分の中の、大切ななにかが壊れてしまうから。

 そうして、風見晴人は、自ら作った殻に閉じこもった。


「……くそっ」


 呼吸を整えてから出した声は、そんなものだった。





※※※





「今日と明日はレベリングを兼ねた情報収集をしようと思う」


 朝ご飯を食べに家庭科室に集まった風見たちに、山城は言った。

 一方の風見はそんなことは聞かずにのんびりと水を飲みながらどうでもいいことを考えていた。


(高校入ってから家庭科なんてなかったから家庭科室なんて見るの久しぶりだな……)


 風見の高校には調理室はあるものの、家庭科の授業はない。同じように、技術の授業はないのに技術室があった。

 それらはすべて、文化祭準備の時に使う教室となっていて、去年の文化祭準備の際に風見も何度か出入りした。

 そこで風見の視界に入るように腕を伸ばし、トントンと机を叩く影があった。

 それは矢野の指だった。

 風見が顔を上げると、矢野は小さな声で、山城を指差しながら言った。


「山城くんが睨んでるよ」


 言われて、風見はちらっと山城の方へ顔を向ける。山城は確かに風見のことを睨んでいた。

 再び風見は矢野に向き直る。


「ほっといていいんじゃね?」


「よくないよ!」


 冗談だと手を揺らし、山城の方へ体ごと向ける。

 それを確認し、山城も今後の予定を話し始めた。


「繰り返すけど、今日と明日はレベリング兼情報収集だ。オレ、笹野先生、佐藤、ブタゴリラと風見、矢野、かんなちゃんのグループに分かれて行う」


 山城は話しながら黒板にグループを書く。


「オレのグループは周辺の避難所になってそう辺りでやる。風見のグループは少し遠めの場所で情報収集をしてくれ」


 聞いて、風見はなぜこのように分けたのかを理解した。

 山城のグループは佐藤を育てることが目的なのだ。だから笹野をグループに入れ、その能力でおびき出したゾンビをまとめることで、安全に佐藤に喰わせることができるように分けた。

 一方の風見のグループは、探知能力のある宮里を入れることでゾンビの場所だけを探すことができる。


(意外と考えてんだな)


 風見は、山城の認識を改めた。





※※※





 血のこびりついたアスファルトを踏み、風見たちは多摩地域と区部の境目あたりに来ていた。ここまで走って来た風見たちだったが、疲れはない。

 予想以上に共食いの効果は大きいようだった。

 しかし、今の風見はそんな小さなことには目もくれていなかった。

 視界に、もっと大きな、驚くべきものがある。


「……なんだあれ」


「……壁、ですか?」


 風見たちの位置からはまだ遠いが、その視線には巨大な壁があった。風見は矢野と宮里に指示し、共に近くにあったビルの上まで登った。


「完成したってわけか……」


「風見くん、何か知ってるの?」


「いや、まぁな」


 マイクロバスに乗っている時にそれを確認したことを思い出す。最終的な目的地が壁の中だったはずだ。

 彼らは無事にあの壁の中へとたどり着けたのだろうか。

 御影奈央。

 彼女は、今も無事に笑えているのだろうか。

 それを今の風見は知ることができない。

 だから、信じることにした。

 彼女が今も生きて、笑っていることを。


「なんでも、日本政府がゾンビの対抗策として作ったらしい」


「へぇ、なんかすごいね」


「自分たちだけ助かろうっていうことでしょう」


 矢野は手を合わせて感嘆するが、宮里はそう吐き捨てた。

 確かにそうとも解釈できるため、風見は唸る。


「壁を作ってから生き残りを入れるんじゃ確かに遅えよな」


「自衛隊も出さないで、ホントに何やってるんでしょうかね」


 そう言って宮里は呆れたようにため息をついた。


(さて、そろそろ目的を達成しないとな……)


 風見は宮里を横目に見ながらそう考える。

 風見たちの目的は共食いによる強化と金髪のゾンビについての情報収集だ。ここで壁内の様子を探るのも一つの情報収集ではあるが、別段そこまで知りたい情報でもない。

 まずは自我のあるゾンビを探知し、話を聞くこととする。これは学校を出る時にすでに打ち合わせた。


「じゃあ、宮里。ここなら探知もしやすいんじゃないか?」


「そうですね、やってみます」


 宮里は目を閉じる。風見と矢野はそれを黙って見守った。

 やがて宮里の眉間にシワがより始め、頬を汗が伝う。一度の使用でかなり疲れる能力のようで、一分もしないうちにフラフラと身体が揺れ出した。


「お、おい。これ大丈夫か? なんか貧血みたいになってんだけど」


「いつも大丈夫だから多分大丈夫だと思うけど……」


 集中しているのか、宮里は返事をしない。代わりに矢野がそう言った。しかし大丈夫だと言われても、そうは見えない。

 今までゾンビの能力を発動する際に目立ったデメリットを見たことはなかったため、能力を使ったことによる弊害は気にしてこなかったが、ここにきてそれが現れた。


(この探知能力、連発するのは避けた方が良さそうだな)


 風見がそう決めたところで、宮里の探知も終わったらしい。宮里が目を開いた。

 宮里は疲れたように一度息を吐き、手で汗をぬぐいながら探知の結果を報告する。


「この辺りだと普通のゾンビなら満遍なくいますが、おそらく自我のあるゾンビはいないと思います」


「自我のあるゾンビは探知できなかったのか?」


「いえ、遠くで三体ほど探知できました」


「よし、行こう」


 自我のない普通のゾンビを喰らいながら、宮里の案内に従って自我のあるゾンビのところを目指した。

 少し壁からは離れることになったが、高い建物は多い場所まで来た。ここにおそらく、自我のあるゾンビがいる。そしてそれはもしかしたら、金髪のゾンビの仲間かもしれない。

 風見は身を引き締めた。

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