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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第二章『総合スーパーでの悲劇』
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番外編3 高月快斗誘拐事件! 後編

 サニーマンを名乗る味方が記した作戦は、それは作戦とは呼べないレベルに稚拙なものだった。

 とりあえずは、そのまま記そう。


『あす、おまえはゆーかいはんをへやによんでドアをあけさせろ。そしたらうしろからおれがそのゆーかいはんをたおす。あとはおれがはいってきたルートからいっしょにだっしゅつしよう』


(……アホか)


 絶対成功しないな、と思った。

 第一どうやって誘拐犯を部屋に呼べと言うのだ。声でも出せばそれは確かになんとかなりそうだが、それでは誘拐犯が一人でくるという保証がない。あくまで『子どもの様子がおかしいから一人だけこちらへ見にくる』という状況を作らなければならないのだから、不可能に等しい。

 百歩譲ってそれが可能だったとしても、いつが『明日』なのかを確認する術が高月にはない。そもそも今の時間だって曖昧なのだ。

 そして極め付けは誘拐犯を倒すという部分。これは言うまでもない。不可能だ。子どもに大人を倒すことなどできるわけがない。

 ガバガバな作戦すぎて話にもならなかった。こんなのに乗っかるだけ無駄だ。自分で考えた方が、よっぽど良い方法が浮かぶ気がする。

 そう思って、ドアに寄りかかり考えることにした。



 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。結局考えはまとまらなかった。欠伸とともに目を覚ますと、ドアに耳を当ててみた。


「朝になっちまった」


「はぁ……あのガキどうする?」


「殺すしかねえだろ。まさか育てるなんてやついねえだろうし」


「だよなぁ……」


 マズイな、と直感的に悟る。

 時間はあまりなさそうだ。彼らが高月を殺すと完全に決断してしまえば、それまでだ。

 それまでがタイムリミット。

 時間切れは、近い。


(じゃあどうすればいい……?)


 考えると言っても、こちらにはアジト内の地図もなければ敵戦力の把握すらまともにできてないのだ。

 考えようがない。

 なにより情報が少なすぎた。

 どうやったって、高月一人でここから脱出するのは無理だ。


(…………)


 高月は目をつむった。

 ため息をつく。

 再び目を開くと、眼前に防犯ブザーを持ってきてそれを眺めた。

 目前の危機から目をそらすように防犯ブザーを弄り、それだけを眺めた。

 しばらく防犯ブザーを眺めた後、そのまま今度は天井を仰ぐ。

 朝のせいで廊下の明かりが点いておらず、あまり光が入ってこないせいで昨日より真っ暗な天井だ。

 暗い場所だ。

 一秒だってこんな場所にいたくはない。

 元々、高月はゲームをするはずだったのだ。それも、狩りゲームを。

 それがどうしてこんなことになっているのだろうか。

 確かに、高月の家は割と裕福な方だとは思う。だが、誘拐犯に狙われるほどかと言えばそうではない。

 暗い。

 怖い。

 光を見たい。

 高月だってまだ子どもだ。怖いものは怖い。

 だけど。

 だから。


(賭けてみるか)


 目の前の虚空を睨みつけ、防犯ブザーを握りしめて。

 『ヒーロー』の存在を、信じてみることにした。



 次の瞬間、誘拐犯のアジトに防犯ブザーの音が轟いた。





※※※





 高月がやらなきゃいけないことは、誘拐犯を一人でここへ来させること。

 声を出してしまえば反抗ととられ、すぐに殺されかねない。しかし高月には音を出す以外にその存在を誘拐犯へアピールする方法がない。

 だから、声ではない音を立てることにした。

 防犯ブザーを鳴らし、窓から廊下へと落とす。これで、高月が反抗したという可能性の他に『侵入者が現れた』という可能性を誘拐犯に与えることができる。

 そうして不審に思った誘拐犯たちは。

 たった一人で、様子を見にこちらへ来る――。


(――来た!)


「おいガキ。この防犯ブザー、てめえのか?」


 ガチャガチャと鍵が回る音がした。それを聞いて高月は身構える。

 念のためランドセルを背負った。

 申し訳程度に、教科書を丸めて武器にした。

 あとは。


(頼んだよ、サニーマン)


 ヒーローを、信じた。



 ドアが開いた。

 相当苛立っているようで、勢いよく開いた。

 身長の高い男だった。無精髭の生えた顔から察するに、三十代前半くらいだろう。

 高月だけの力では、到底勝てそうになかった。

 ――だが。


「太陽の光を、届けに来たぜ」


 子どもらしい高い声が聞こえたかと思ったら直後、誘拐犯の男がこちらへ飛んできた。


「どわっ!?」


刺しこむ陽光(サンライトスピアー)!!」


 それは高月と同じくらいの男の子の蹴りだった。

 でもその少年は高月とは違う。

 少年は、確かに高月に陽光を届けた。


「鍵を拾え!」


 サニーマンの声にハッと正気に戻った高月は、誘拐犯の手から離れた鍵を持って廊下へ出た。


「てめッ……!」


「じゃあな怪人、アンタにゃ光はやらねえよ」


 サニーマンは高月が出ると同時に背伸びしてドアノブに手を伸ばし、ドアを閉めた。

 そのドアに鍵をかけた瞬間、中から誘拐犯がドアを叩いて叫ぶ。


「おい、ガキが逃げた! ガキが逃げやがったあ! 捕まえろお!」


「よし、逃げるぞ」


「う、うん」


 こちらを向いたサニーマンの姿を、その時初めて高月は見た。

 お面をつけていた。

 サニーマンの名の通り、太陽を模したお面だった。自作らしく、紙皿と画用紙で作られている。

 そしてマントをつけていた。

 それはよく見たらバスタオルだった。首の前に交差させて輪ゴムで固定してあるらしい。

 プラスティック製の赤いバットを持っていて、肩からさげた小さいバッグには色々な道具が入っているみたいだ。


(……ダサい)


 感想は胸にしまった。

 サニーマンが走り出してしまったため、高月は慌てて防犯ブザーを拾い、音を止めて後を追った。

 走っていると、後ろからドタドタと複数の足音が聞こえてくる。閉じ込めた誘拐犯の怒声を聞きつけ、高月たちを追いかけてきたらしい。


「どうするんだ? このままだと確実に追いつかれる。追いつかれたらそれまでだぞ!?」


「ふ、俺を誰だと思ってんだ。みんなに陽光を届ける正義のヒーローだぞ」


「質問に答えてない!!」


 高月のツッコミは無視し、サニーマンは先を急ぐ。高月には使える道具などがあるわけではないため、サニーマンを追うしかできなかった。

 このヒーロー、本当に信じて良かったのだろうか? 高月は再び不安になった。


「おい、待てクソガキ!!」


 そう考えている間に誘拐犯はすぐそばまで来ていた。そこまで来て、サニーマンはやっと自身のバッグに手を伸ばす。サニーマンが失敗したら持ってる教科書を投げつけようと身構えつつ高月はサニーマンを見守った。

 サニーマンはバッグから何かを取り出すと、誘拐犯二人へ投げ付けた。


重なる太陽と月デュアルライトフェイント!!」


 それは黄色いゴムボールだった。

 小学生の投げたゴムボールだ。大した威力もあるはずがない。高月は教科書を投げる準備をした。


「へへっ、こんなので俺を足止めしようと思ったのかあ?」


 誘拐犯も予想通りゴムボールを弾いた。

 そしてその目を見開いた。

 ゴムボールを弾いた先に待っていたのは、一つの水風船だったのだから。

 水風船は誘拐犯の一人の顔に当たって割れる。そしてその顔を泥で汚した。

 水風船の中には水分が多めの泥が混ぜてあったらしい。

 ……と高月は推測したのだが。


「それ泥じゃなくておっこってた犬のフンだ。当たったやつはよーく顔洗えよー!」


「おえぇ、マジかよ!? ちっくしょ、ちょっと飲んじまったじゃねえか!! ぶっ殺してやる!!」


 最低最悪のヒーローだな、と高月は呆れた。しかしその後で、自分の顔に笑みが浮かんでいることに気づいた。


(楽、しい……?)


 不思議だった。

 こんな状況を楽しめることが、不思議で仕方なかった。

 でも、なんとなくわかる。

 サニーマンは、そういうヒーローなのだと。

 彼は言った。

 みんなに陽光を届ける正義のヒーローだと。

 つまりは、そういうことなのだろう。

 陽光を届けるとは、笑顔にするということなのだろう。

 これはすごいヒーローに出会ってしまったな、と高月は声を出して笑った。

 そうやってる間にもう一人の誘拐犯に追いつかれてしまった。


「チッ、ダメか……」


 サニーマンが舌打ちする。その視線の先には、丁度子どもが一人入れそうなくらいの大きさの小窓があった。窓ガラスは通れるように割られていて、子どもでも行けるようにちゃんと踏み台まで用意してある。

 なるほど、こいつはここから入って来たのかと思った。


「さぁてガキ共……そっちのお面野郎はどっから入って来たのか知らねえが、まとめてぶっ殺してやる」


「チッチッチ、甘いぜ悪党。サニーマンを舐めてもらっちゃ困る」


 サニーマンは足を止めて誘拐犯に向き直り言うと、小声で高月に言った。


「一瞬でいい、あいつの目線をお前に集中させてくれ。頼む」


(……はぁ?)


 それでどうするのか、教えてほしかった。しかし必要ないか、と高月はかぶりを振る。

 ――僕は、彼を信じると決めた。

 だから迷うことなんてなかった。

 ヒーローがそう言うのなら、そうすればいいのだから。


「ねぇ、おじさん」


「ああ?」


 誘拐犯の注目を集めるにはどうしたらいい?

 先ほど閉じ込められてたときのように音を出すか。それともわざと狂ったような演技をするか。

 いずれの方法も注目を集められるだろうが、しかし高月は別の方法を選んだ。


「なんで僕を誘拐したの?」


 それは会話。

 音や演技のように一瞬だけ注目を集めるのではなく、継続的に長く注目を集める方法。


「なんでって……。だって、お前、長峰のガキだろ?」


「……長峰?」


「ああ、そうだ。長峰真吾。俺たちを散々苦しめたあいつを、今度は俺たちが苦しめてやるために、まずはそのガキから奪うことにしたんだよ! ヒヒッ!」


「……ああ、なるほど」


 聞きなれない苗字に一瞬戸惑ったが、少し記憶を探ってみるとわかった。

 長峰とは確か、高月の父が今の家を買う前にそこに住んでいた人の名前だ。

 知って、理解して、子どもながら高月は彼らを哀れに思った。心底可哀想に思った。

 子どもにそんな感情を抱かれたところで彼らは腹が立つだけだろうが、高月はそれ以外にこの気持ちを表現する方法がなかった。


「……ねぇ、おじさん」


「ああ!? んだよクソガキ! てめえのオヤジさえこの世にいなければ……ッ!!」


 事実を伝えるべきか迷った。

 だがもしもここでそれを知らせないでいて、後で彼らがその事実を知ってしまったとき、彼らはどう思うだろうと考えると迷いはなくなった。



「僕の名前は、高月快斗だ」



 時が止まったようだった。

 誘拐犯もサニーマンも、その瞬間だけは全く動いていなかったように思う。

 やがて、その意味を、誘拐犯は理解した。


「……あ? はっ? え。は?」


「もう一度言うよ。僕の名前は高月快斗。長峰なんて名前じゃない」


「は、はぁ? じゃあ待て、おい。俺たちは、間違ったってのか?」


 肯定はできなかった。

 それをするのはさすがに残酷に感じた。


「は、はは……マジかよ。じゃあ俺たちは、何のために……? 無駄だったってのか……? 何の意味もなかったってのか……?」


 誘拐犯は涙を流さなかった。

 自分に同じことが起こったら、きっと泣いていただろうと思う。もちろんやらないが。

 ただ瞳の焦点は合っていなかった。どこか虚空を見つめていて、自分たちがしたことの無意味さから目を逸らしているようだった。

 しかし事実から目を逸らすことはできない。

 誘拐犯も、それを理解してしまった。

 だから八つ当たりのように、誘拐犯は高月を睨んだ。


「クソがあッ! 何のために、俺たちが頑張ったと思ってやがる!!」


 残酷な方法を選んでしまったな、と高月は思った。だが高月は笑う。


(注目は集めたよ、サニーマン。後は……)


 高月はそう思いながら視線を誘拐犯の後ろへと向ける。


(君に任せる)


 そこに、サニーマンは移動していた。


「頑張るのが遅過ぎたんだ」


 サニーマンは誘拐犯に告げる。

 それを聞いて、誘拐犯は初めて振り返った。そこにいるサニーマンをその目が捉えた時にはもう遅い。

 サニーマンは、もうバットを握っているのだから。


「そのなんとかって人に苦しめられてる時に、頑張れば良かったんだ」


 直後。

 バガァンと、誘拐犯の側頭にバットがぶつけられた。

 誘拐犯がよろめく。その隙を利用して、サニーマンはバッグから取り出したオモチャの手錠を誘拐犯の足首にかけた。


沈みきった太陽(エンドオブサンセット)。気配を消す技だ」


 誘拐犯はもう、高月たちを追うつもりもないらしい。廊下に寝そべってしまっていた。

 サニーマンは最後に手錠の鍵を近くに投げておくと、割れた小窓へ歩いた。

 途中、その足を止める。


「ごめんな。俺は、アンタのことを助けられない」


「ああ。いいんだよ、クソガキが」


 倒れる誘拐犯の顔を、高月もサニーマンも見なかった。


「てめえにゃ、俺みてえのを増やさねえために頑張ってもらわねえといけねえからな」


 それを聞いて、サニーマンは短く返した。


「任せておけ」


 高月たちは、アジトを出た。

 外は、晴れていた。





※※※





「なんで僕が誘拐されてるなんてわかったんだ?」


 帰り道、高月はサニーマンに聞いた。


「ヒーローってのは困ってる人がどこにいるのかわかるもんだ」


 彼はこう答えたが、きっと偶然そこに居合わせただけなのだろうなと思う。

 ただ、偶然そこに居合わせただけで彼は高月を助けてくれたのだ。

 それをする力が、勇気が、彼にはあるのだ。

 素直に、高月快斗は彼をすごいと思った。


「困った時は俺の名前を呼びな」


 サニーマンは別れ際、そんなことを言った。


「すぐに心の天気を晴れにしてやる」


 そう言う彼は、また一人で誰かを助けに行くのだろう。

 だが、そんな彼のようになりたいと高月は思った。

 だから、高月快斗は笑う。


「いや、僕は二度と君の名前を呼ばない」


 はぁ? とかっこつけを邪魔されたようにムッとした視線を向けられる。そんなサニーマンに高月はこう返した。


「今度は、僕も手伝うよ」


 サニーマンが目を見開く。実際はお面をしているので、どんな表情をしているのかはわからないわけだが。


「僕の名前は快斗。そのカイの字は、快い……つまり気分がいいとかはればれするとかって意味だ」


 何が言いたいのかわからないという視線を感じるが、それを敢えて無視した。


「その快の字を使った二字熟語に、こんなのがある」


 言って、高月はサニーマンの目を見た。



「快晴」



 サニーマンが再びその目を見開いた。


「今度は、僕も一緒だ」


「――――」


「一緒に、困ってる人の心の天気を、『快晴』にしよう」


「――――」


 高月の言葉を聞き、サニーマンは驚いた後、声を出して笑った。


「お前がかっこつけてどーすんだよ、バーカ」


 彼は笑うと、言った。


「ああ。今度は頼むぜ、相棒」




 それ以来、高月快斗が『サニーマン』に会うことはなかった。

 それはきっと彼が成長する過程でそのままでいることをやめたからだろう。

 だが『サニーマン』はいる。

 中学二年の時にも、ゾンビが現れてからも、彼は『サニーマン』だった。

 風見晴人。

 高月快斗は未だに彼の隣に立てていない。

 でもいずれ、並ぶ。そう約束したのだから。

 『快晴』。

 二人で、やるのだと。

 三章が始まる前までにこのお話が書ければいいなぁと常々思っていたので、書くことができてとても嬉しいです。いや、三章の開始までに時間かかっちゃってすみません。

 やっと三章の構想もまとまったので、次話から三章に入りたいと思います。

 三章は東京組(高月たち)と金髪組(金髪たち)と復讐組(風見たち)の三グループがごちゃごちゃと戦う話です。作者的には今までにないくらい盛り上げて『第一部、完!』みたいに終わらせたいので、感想とか貰えるとやる気出ます。

 そんなわけで三章、楽しみにしていてください。

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