45 たどり着いた目的地は。
流花は近くの公園に埋めた。
一人で寂しくないように、適当に近場の店からぬいぐるみを持ってきて並べた。
木に囲まれた、誰にも見つからなそうな場所だった。
晴れの日には木漏れ日が差し込み簡素な墓を照らしてくれて、雨の日は木々が墓を守ってくれる。そんな場所だった。
墓は木々の間から公園の全体を眺めることができて、いずれゾンビがいなくなった時に、この公園で遊ぶ子どもたちを眺めることもできるだろう。
流花のために色々考えた。
ご飯も必要だと思って長持ちするものを集めて並べた。服も見たいかと思ってファッション雑誌とにらめっこしながら揃えた。綺麗な花も添えた。ものを置きすぎるとかえって他人に見つかりやすくなってしまいそうなのであたりに埋めたりした。
流花の墓のそばで過去の話をしたり、好きだった小説を読み聞かせてみたり、漫画を集めて勧めてみたりもした。
そうまでしても。
流花は、帰ってはこなかった。
当たり前だ。知っていたことだ。そんなことはとうに理解していたはずだ。
でも。
もしかしたら。
もしかしたら、と。
柄にもなく願ってしまったのだ。
それももうやめた。
納得することにした。
流花はもう、死んだのだ。
――俺のせいで。
「…………」
俺は、風見晴人は、高坂流花を守れなかった。
守ると言って、護ると誓って、それでも守れなかった。
流花を見捨てて逃げなければ、二人ともに死んでしまうような状況を作ってしまったのだ。
流花に、自殺をさせてしまったのだ。
辛かっただろう。痛かっただろう。苦しかっただろう。
それを俺は、守る言った相手に味あわせたのだ。
最低だ。最悪だ。今すぐにでも消えるべきだ。
でも消えたのは流花の方だった。
だったらここに残された俺はなにをすればいい。
流花のためになにができる。
いや、死んだ人間のためにできることなんてないのはわかっている。
それでも、それでもなにか流花のためにしたいのだ。
だから、俺は決めた。
この世界からゾンビを消し去ると。
一体残らず消し去って、天国の流花に笑顔の戻った世界を見せる。
できるできないは関係ない。可能不可能は関係ない。他でもない俺がやらなくちゃならないのだ。
終わった世界を、もう一度始める。
それこそが、俺にできるただ一つの償い。罪を贖うためのたった一つの方法。
「……でも、その世界に邪魔なやつがいる」
笑顔あふれる幸せな世界をつくるためには、ゾンビを消さなければならない。
ただ、そのゾンビの中でも初めに消すべきものがいる。
名前は知らない。
能力もわからない。
勝てるかどうかも謎だ。
だが、あいつだけは最初に消さなきゃならない。
「……金髪のゾンビ」
流花を死に追いやったゾンビ。
流花をゾンビにしたゾンビ。
幸せな世界にいてはならない存在。
やつだけは、最初に消さなきゃならない。
理由は簡単だ。
「復讐」
口にすると、逃げるように木々から小鳥が飛び去った。きっと、俺の出した殺気が強すぎたのだろう。
それだけ俺は、やつを憎んでいた。
そうさ。できるのなら足を小指から徐々に細切れにし、眼球をえぐりだし、爪を剥いで、右腕をミキサーにかけ、左腕を肉片も残らないように焼き尽くして、内臓を一つ一つ破壊していき、最後に残りを一片足りとも残さず溶かしたい。
殺さずに、殺さずに、苦痛だけを味あわせ続けて世界で一番不幸な人間だと思わせてやりたい。
流花を自殺させたことを後悔させて、ごめんなさいと言うまで殺しはせず、言ったところで終わらぬ苦痛を与え続けたい。
それほどまでに憎んでいるのだ。
だから初めに殺す。
やつを殺すことでやっと、俺の禊が始められるのだ。
だが、改めて考えてみるとやつのセリフに不思議な点が一つあった。
『一体もゾンビを喰ってなくて、自我を持ってるゾンビは貴重だからな』
なぜ、それが貴重なのか。
初めはその状態のゾンビを喰えば通常のゾンビを喰うよりもパワーアップできるからなのかと考えた。
しかしおそらくそんなことはない。どんなゾンビを喰ったところで、パワーアップする力に大差はないはずだ。
では、なぜそれがやつにとって貴重だったのか。
それは。
「進化の方向性の操作」
考え付いたらそうとしか思えなくなった。
何も喰っていないということは、喰う量と質を操作することで思うがままに進化させることができるということ。
自我があるということは、行動を縛ることができるため、前述の操作がやりやすくなるということ。
そして、そんなことを考えているということは。
「やつは、多分なんかの組織に入ってるな」
少なくともあの男女二人のペアではそんなことをするメリットも少ない。というかあんな頭悪そうな大学生風の金髪野郎じゃ思いつかない。
相手は組織だと見るべきだ。
とすると、俺一人で戦うのはどう考えても不可能だ。考えなしに突っ込んでも負けるし、考える頭もない。
こちらも数を集める必要がある。
そもそも俺たち以外の生き残りが全然見つからない中で、そんなものが見つかるのかと思われるが、しかし俺には当てがあった。
※※※
スタスタと歩く。
歩き始めた時、目的地は特には決めていなかったが、歩みを進めるにつれ、彼はそこにいる気がした。だから無言で足を進めた。
気づくとすでにそこにたどり着いていた。考えごとをしながら歩いていたために気づかなかった。
学校の跡地。
跡地、と言ったのは俺が崩したために瓦礫の山となってしまっているからだ。
俺は辺りを見回す。
なぜか、そこらを闊歩しているはずのゾンビが見えない。掃討してあるようだ。
コンビニで梶尾夏樹に会ったときには大量のゾンビが見えたのだが、知らない間に誰かが掃除したらしい。
辺りには死体しかないようだった。
「よぉ、お掃除ご苦労さん」
俺は誰もいないように見える跡地に向かって、そう声をかけてみた。
すると俺の予想通り彼の声が返ってきた。
「ひっさしぶりだなぁ、風見晴人。オレが恋しくなったか?」
山城天音。
俺は、金髪を殺すためにこいつを利用することにした。
高月も、マサキも、御影さんも、誰もが反対するであろうことはわかっているつもりだ。
だが、誰に反対されようが俺は金髪を殺さなくちゃならない。そのためには絶対的な力と数が必要だ。
それがこいつにはある。
俺は金髪を殺すためにはなんだってする。なんだって利用してやる。そう決めた。
だから、こう切り出した。
「一つ、取引がしたい」
「へぇ、言ってみてくれよ」
こいつは俺をゲームでも遊ぶように見ているふしがある。だからこう言えばきっと、興味を持つと思った。
俺はなんとしても協力を取り付けねばならない。
復讐を果たすために。
「殺したいゾンビがいるんだ」
言って、金髪の特徴を説明すると、「あぁ、あいつか」と山城天音は声を上げた。
「あいつはオレも殺したいと思ってたとこなんだよ。協力ならこっちから頼みたいくらいだ」
「おいおい情報がはえーな」
「オレは最強のゾンビになりたいからな、ライバルの情報はなるべく多く仕入れて早めに潰しておきたいのさ」
茶化すように言っているがきっと俺にゾンビを消すという目的があるように、山城天音には山城天音の目的があるのだろう。
目を見ると、遠くを見つめるように少し細めていた。
あれは、野望のある者の目だ。
他でもない俺が言うのだから間違いない。
「それじゃ、俺は潰さなくていいのか?」
俺が肩をすくめて言うと、
「オマエは特別さ」
そう返された。
山城天音は言うと、シリアスな話はここまでだとでも言うように手を叩き、踵を返した。
「さぁて、期間限定だがオマエはオレたちの仲間になったわけだ。まずは、自己紹介といこうじゃないの!」
「元気なやつだな、相変わらず……」
ため息をつき、歩き出した山城天音に続く。
日差しがそんな俺たちを照らしていた。
気持ちの良い日差しだった。
誰もの気持ちを晴れやかにしてくれるような、暖かな光だった。
だがそんな光も俺の心を晴れさせることはない。
真っ黒に染まった俺の心には日差しが差し込む隙間もないのだ。
だから。
暖かな日差しとは対照的に、俺は、俺の心が暗く、暗く、堕ちていくのを感じた。
どうも、青海原です。
これで二章も終わりとなります。と言ってもまた番外編とか書きたいなとか思ってるので三章の始まりまではまだかかりそうですが。
これまでは風見晴人の視点やその他の人たちの視点である『一人称視点』という形で地の文を書いていたわけですが、今回この三章では、三章の間のみ『三人称視点』で書いてみたいなと思っております。
理由は三つ。
一つ目は、三章は視点の切り替えを行うことが増えそうだから。
二つ目は、『三人称視点』を練習したいから。
三つ目は、『一人称視点』で物語を書いてしまったら地の文が「絶対殺す」みたいななんかアレなことになっちゃうから。
そんなわけでストーリー的な意味でも、小説的な意味でも、一味違う章になるかと思いますが、どうぞお付き合いよろしくお願いします。
さて、主人公なのに敵キャラとタッグ組んで復讐に走っちゃった彼は、この章でどう成長するのでしょうか。




