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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第二章『総合スーパーでの悲劇』
33/125

31 お母さんに服を買ってきてもらうのは小学生で卒業しような!

 無言で歩いていた。

 隣の高坂に合わせつつも、無言で、ゆっくりと、四方八方を警戒しつつ歩いていた。

 目的地の総合スーパーはもうすぐそばで、日の落ちる前には食料や必要なものを持てるだけ持って移動したいところだ。

 どこに移動するのかは決めていない。ただ、総合スーパーに残るという選択肢はない。

 総合スーパーは、色々な意味で危険だ。

 占拠しているのがゾンビだった場合は言うまでもないだろうが、生き残りの人間だった場合だって、危険だ。

 互いのことをよく知らない他人とこの状況を共にすることなど、できるわけがない。

 俺はこの二日間でそれをよく学んだ。

 幕下にはマイクロバスを降ろされたし、ナツキは俺たちを守るために死んだ。

 人はみんながみんな他人のために行動したいと思っているわけではない。俺だってこの力を手に入れて少し気持ちに余裕ができるまではそうだった。

 もう今までの平和な世界のように、気兼ねなく一緒に過ごすことなどできないのだ。

 誰もが自分の命を大切にしたいと思っていて、誰もが死にたくない。

 痛いのは、怖い。

 苦しいのは、怖い。

 死んでしまうのは、怖い。

 生まれ変わって新たな人生を歩むのだとしても。

 眠るように意識が落ちてその先に何もないのだとしても。

 同じ人生がループして何度もそれを繰り返すのだとしても。

 誰だって、人生で一度きりの死は最も怖いのだ。

 だから他人と一緒に生きることは危険だ。

 知りもしない初対面の相手と共に過ごすなら、いつだって裏切られることを警戒しなければならないし裏切るつもりで行動しなければならない。

 互いを理解し合っている関係でもない限りは、何もなく共に過ごすなど無理だ。


「あのさ風見」


 俺が考えていると、高坂がそんな俺を呼ぶ。

 目を向けると、場を和ませようと必死に笑顔を作っている高坂がいた。


「どした?」


 そういえば、こいつ「笑顔作ったりすんのはもう限界」的なこと言って泣いてたな。なんかカッコ良さげなこと言っておいて翌日からこの調子です。なにやってんだ俺。

 高坂は近くの店を指差した。


「あそこに服屋さんあるんだけど、見ていかない? ほら、風見ずっと体育着だし……」


 そんな時間ねえよ。はやく食料持って移動したいんだから。

 と言いたいところだが、さすがの俺も着替えたいと思っていたところだ。


「そうだな、少し寄ってくか」


 そうして服屋のゾンビを倒した後、俺たちは服を見ることにした。





※※※





「ねぇねぇ風見ぃー! これとかどう? 似合う?」


「お、おう……」


 どうしてこうなった。

 待て待て、俺は体育着を着替えるためにここに来たはずだ。なんで俺が高坂の服を見てるんだ。


「こっちは? 似合ってるかなぁ」


「おう、超似合ってる」


 俺顔負けのすごいスピードで店内を駆け巡り、気に入った服を見つけては着替えてこっちに見せに来る。もうこいつがゾンビと戦ったらいいんじゃないですかね……。

 はっきり言うとどれも似合ってるのだが、俺の語彙が乏しいせいかそろそろ何て言えばいいのかわかんなくなってきたよ。


「こっちもいいなぁ……」


「な、なぁ。そろそろ俺も自分の」


「あ、見て風見! これ可愛い!」


 ダメだこりゃ。当分この店出れねえ。早めに出たいんだけどな。

 俺はチラと高坂の顔を見た。すごく楽しそうに見える。それを見ていると、自然と俺の頬も緩んでしまう。

 まぁ、高坂が楽しんでいるならそれでいいか。

 俺はもう少しだけ、高坂に付き合ってやることにした。





「いい加減にしろやぁ――――――――――ッッ!!」


 お昼を回り、おやつの時間が近づいてくるまで店内を連れまわされた俺は、ついに怒鳴った。

 いや確かにもう少し付き合ってやるとか思ったよ!? 思ったけどね! 限度ってあるよね!? ね!?


「むぅ……でもこれも可愛いし……」


「服見てんじゃねえ俺の話を聞けやぁ!」


「だってこれ」


「アホか! 時間ねえんだぞ!?」


 俺は店内の時計を指差す。


「もう三時だぞ! 三時!」


「ワンピの話?」


「それもサンジだけど俺が言ってんのはおやつ食べたくなる時間の三時!!」


 服を見ながら俺の話を聞く高坂は話題が海賊漫画なのだと思ったらしい。こいつ俺の話聞いてねえや。

 イライラした俺は、ぐいっと高坂の肩を掴み、俺の方に顔を向かせる。


「とっとと俺の服決めて総合スーパー行くぞ!」


 そう言ったはいいものの、ちょっと失敗した。顔近すぎました。


「え、あ、えっと……」


 みるみるうちに高坂の頬が赤く染まっていく。まるでぼくの顔を鏡に映したみたいだぁ! そう、ぼくの顔もトマトみたいに真っ赤!


「すすすスマンッ! うわっ」


「ちょ、きゃっ!?」


 俺は慌てて高坂を離し離れる――つもりが片手が高坂の肩を放していないまま勢いよく離れたために足がもつれ、二人一緒に転んでしまう。


「えっと……」


 俺のせいで互いになにも言えなくなり固まってしまった。なんで!? なんでこんなことになってんだよおおおおおおおおおお!?

 泣きたくなるくらい沈黙が続き、ついにその沈黙に耐えられなくなった俺は、真っ赤になった高坂に言う。


「……なんかゴメンね。いやホントマジで」


「……うん」


 すごく、気まずいです……。





 とはいえ時間はない。

 俺は自分の服を探すため、高坂と別れて店内を歩いていた。


「とりあえず、これと、これと、これでいいか」


 俺はいいなと思った服を片っ端から集め、着替えることにした。涼しそうでかつ陰キャラっぽくはない微妙なラインを見極めて集めるあたりが俺らしい。

 着替える時に邪魔になるスマホをポケットから出してその辺に放る。スマホが落ちたときの音が気になったらしく、既に着替え終えた高坂が寄ってきた。


「どしたの?」


「ああ、いやスマン。そういえば、俺ってお前の連絡先持ってたっけ?」


 適当に話題を変えると、高坂はため息をついた。ええええ!? なんでよ!?


「覚えてないの?」


「あ、ああそういえばラインのアプリに連絡先が入ってる可能性が微レ存……」


「覚えてないのね、はぁ……」


 高坂が頭を抑えてもう一度ため息をついた。

 なにをだよ!?


「俺は中学に上がってスマホを手にしラインをインストールしてからクラスラインなるクラスのほぼ全員が所属し打ち上げの日程決めやテストの範囲の確認及びクラスのリア充メンバーどもの脳みそ詰まってんのかもわかんねえ雑談用のグループチャットに所属したことすらねえぞ!! だから女の子のラインなんて持ってねえよ!! 泣きたくなってきたよ!! でもよく考えたら俺御影さんのライン持ってた!! さすがぼくのラブリーマイエンジェル!! 世界一可愛いよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「……キモ」


「あれれ?」


 気づいたら思ってたことが全部口から出てて目の前の高坂さん俺にドン引き。俺もこんな俺にドン引き。でもドン引きってドン惹きって言い換えればドン惹き二つでドンドン惹かれ合って二人の心の距離はユニバースとも言えなくないね! 言えないね!


「中二の時」


「え?」


 心がズタボロになって泣きそうになっていた俺は呆れた高坂の声を聞いた。


「風見に助けてもらったときに、連絡先もらった」


 少し頬を染め、俺から目を逸らす高坂はそう言う。


「……あー」


「思い出した?」


「いや全く」


「もう死ねっ!」


 そう言って着替えを持った俺を試着室へと突き飛ばし、カーテンを乱暴に閉めた。

 俺は一度ため息をつき、無言で着替え始めた。

 そういえば、そんなこともあったような気がするなぁ。でもあれ別に助けてないんだけどなぁ。などと思いつつ。

 すぐに着替え終え、試着室から出ると、待っていた高坂が俺の服を一瞥する。


「どうよ?」


「陰キャラっぽくはないけど、全然センスないね」


 そ、そのラインを狙ったんだし! 全然悔しくなんかないし!

 俺は潤みそうになる目をつむり、落ち着いたあと、


「じゃあ、総合スーパーを目指すぞ!」


 俺は拳を上げ、元気に叫んだ。


「……ふふっ、おー!」


 ついに耐えられなくなったのか、高坂が笑った。

 つられて俺も笑う。

 その時の高坂の笑顔は、今まで「作っていた」笑顔とは異なり、輝いて見えた。

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