26 目的地は遠く
開けた窓から入ってくる風が、蒸し暑い中でも癒しをくれる。
周りで会話の弾んでいるマイクロバスの中、俺、風見晴人は窓の外を眺め、この三日間を回想していた。
三日前の七月二十五日に、世界は終了へと大きく近づいた。
全世界に、突如ゾンビが現れたのだ。
噛んだ動物をゾンビへと変え、さらにゾンビ同士で共食いをすることで『進化』するという奇妙な性質は、今も刻々と人類を脅かす。
現在、発展途上国の内の数国はダウンした。
先進国でも対応が遅いところは既に危ないらしい。
現在この日本で使えるものは電気と水道とネットくらいのものだろう。政府がそこだけはなんとかしてくれたらしい。ゾンビものに登場する政府って無能なのが多いけど、実際はそうでもないのかな。
そしてここで最重要と言える情報の発表といこう。
実は――
「――俺、ゾンビなんだ」
「一人で何を言ってるんですか……」
俺が一人で回想していると、隣で御影さんが呆れたようにため息をつく。あれ、天使? 女神? 妖精だっけ? まぁ似たようなもんか。
「いや、なんか今この時がラノベだと二巻が始まるって感じがするから改めて一巻の内容を振り返ってみたんだけど」
「まぁ風見先輩がおかしいのは元々ですし放っておいていいですね」
「待って待ってひどい!」
御影奈央。俺が見た限り世界一可愛い女の子だ。明るめの茶髪とくりくりっとした瞳に『守りたい、この笑顔』と思わせる神がかった笑顔が特徴のラブリーマイエンジェル。
低身長貧乳な幼児体型だが断じて俺はロリコンではない。
さて話は戻るが、俺はゾンビだ。
通常、ゾンビ化すると自我は消え失せ、自身の食欲の赴くままに他者を喰らう化け物と化す。
しかし、どうやら何か食べ物を食べればゾンビ化の進行を止めることができるらしい。俺はその性質を利用しようとゾンビに噛まれたあとにそのゾンビを食べてみたらこうなった。多分中途半端なゾンビ化とかそんなんだろ。
というわけで俺は今人外の身体能力を持つ俺TUEEE主人公なわけだ。実際にこんな設定でラノベ書いたら読んでもらえねえだろ。俺TUEEEしすぎたし。俺TUEEEにも限度があるよね。
「てか気づいたら風見喋るようになったね」
「あん?」
今度は後ろから声が聞こえる。
後ろに座っているのは俺と御影さんの恋路を幾度となく邪魔してくる高坂流花だ。まぁ声の主はそいつだろう。また邪魔か、飽きないやつめ。
「教室にいたときはずっと音楽聴きながら寝てるか本読んでるかだったのに」
「俺を陰キャラみたいに言うんじゃねえ、御影さんに嫌われちゃうだろうがッ!」
「みたいにっつか、あんた陰キャラじゃん」
「違う! 断じて違う! すごい社交的だった!」
「それはさすがに無理があるでしょ……」
また俺と御影さんの邪魔をするつもりらしい。まあ確かに誰かと会話はしなかったけどあれは無駄な会話をしなかっただけだ。これが陰キャラですね。
すると、今度は前から茶化すような男の声が割り込む。
「ちなみにハルトは中学の時からずっと陰キャラだぞ」
「うっせぇホモ。黙ってろ」
「僕はホモじゃない!」
そういう反応をちょっと腐った方々は主食にしてんじゃないの? 全く無自覚ホモはこれだから……。
ところでこのホモは高月快斗。御影さんの気になる男だということで、このマイクロバスの中で地獄を見ていい人間ランキング不動の一位を獲得した猛者だ。この地位が揺らぐことは多分永遠にない。ちなみに二位は高坂流花。おめでとう。
そこで御影さんは軽く咳払いすると、
「まぁ、私は陰キャラとか気にしませんけどね」
天使が手を差し伸べるように言った。
「俺の天使は優しすぎる……ッ! この優しさに今まで何人の男が自分に気があると勘違いしたんだろう……ッ!!」
「私は風見先輩のて、天使とかじゃありませんっ!」
しまったつい本音が。俺の想いがバレちゃったぜ。ところで天使の単語で口ごもったのは俺に気があるからかな? また一人、男が勘違いをした。
「ところで高月、このバスってどこに向かってんだっけ?」
俺をいじるのもひと段落したところで、高月に聞く。
高月は呆れるようにため息をついた。いや確かにバス乗ったときに何回も話してくれてたけど。ごめんね全部聞き流しちゃって。
「このバスは総合スーパーの近くを目指している」
「すぐに総合スーパーには入らないのか?」
「ああ、総合スーパーの中に何がいるかわからないからね」
確かに総合スーパーともなれば避難場所として人が入るし、その辺よりもゾンビが多い可能性とかあるしな。
多分ゾンビがいたら時間をかけて根絶やしにするつもりだろう。それ俺も手伝わんといかんのかね?
「とりあえず、僕たちはそこで政府が作っている『壁』の完成を待つつもりだ」
「なるほど、まぁ食料もそれまで保つだろうしな」
そう、日本政府は現れたゾンビへの対策として『壁に覆われた街』を作ろうとしているらしい。それも、調べた限りではすごいスピードで作っているようだ。
逆に言えば、そのせいで自衛隊の助けは全く期待できないのだが。
「……壁、ねえ。この手のゾンビもの創作じゃあんま見ねえ手だけど、大丈夫なのかよ」
むしろゾンビじゃなくて巨人とか食い止めそうだし。
「まぁ政府がやってんだし多少は期待してもいいだろ。ポジティブに考えようぜ!」
「会長は少しポジティブすぎです」
俺のひとり言に生徒会長の永井雅樹が割り込み、それを流れるように副会長の秋瀬詩穂が黙らせる。
それを見て俺は笑い、また視線を窓の外へと移す。
気づいたときには、窓から見える景色が移り変わっていく速度が落ちていた。
それはつまり、バスのスピードが落ちているということ。
「……もうすぐ目的地ってことか」
俺はまたひとり言をつぶやく。誰か反応したらいいな、できれば御影さんがいいな、だなんてこれっぽっちも思ってないよ!
と一人でやっていると、なんと俺の願いが叶ったのか、御影さんが反応してくれたみたい。嘘ついてごめんなさい、本当は御影さんに反応してもらいたかったです。
御影さんは考えるように眉をひそめながら言った。
「……おかしいですね」
何がですかね? せっかく反応していただいたところ悪いのですがぼく話についていけません。
そんな俺を置いて、御影さんに続くように高月も腕を組んだ。
「……なんでスピードが落ちてるんだ?」
いやいや、そりゃあ目的地がそこだからじゃないんですかねえ? 違うのん?
「……本当だ。目的地はまだまだ先だぞ」
はぁ? どんだけ遠いんだよ総合スーパー。てか総合スーパーってなんだよ。イ○ーヨーカドーとかイ○ンとかそんな感じのやつ? どうしよう、ぼく全然わかんないや。
俺から話が始まっていながら俺が話についていけないという謎の状況に一人で冷や汗ダラッダラになっていると、マサキが運転手の幕下に向けて言った。
「幕下先生、目的地はまだ先のはずです。なぜスピードを落としているんですか?」
幕下は学校の避難所で会ってからずっと俺を嫌っているクソ教師で、人としてもクソなクソだ。クソクソうるさくてごめんね。
マサキに声をかけられた幕下は、ついにバスを止めた。
そして、車内の誰からも見える位置に運転席から移動すると、一直線に俺を指差して言った。
「……やっぱり化け物と一緒に逃げるなんて耐えらんねえよ。ここで降りろ」
とうとうわけわからなすぎて俺の目が点になった。




