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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第四章『壁内紛争』
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105 資料整理

 昼食を購入し、お盆を持ってテラスに向かうと先に来ていた荒木凛音と柊沙織は角の席をとって置いてくれた。

 秋瀬詩穂は空いているイスに座り、お盆をテーブルに置く。


「あ、秋瀬先輩! お疲れ様です!」


「あ、お……おお、お疲れ様、です」


 元気に挨拶してくれたのが荒木、若干吃っていたのが柊だ。


「ええ、お疲れ様。二人とも、小隊での仕事には慣れた?」


「そうですね、他の部隊と違って雰囲気も明るめなので!」


「そうね、緊張感がないとも取れるけど。柊さんは?」


 秋瀬が話を振ると、柊はびくっと肩を震わせた。彼女はそもそも前提として、秋瀬に慣れていないらしい。


「そ、……そうですね、あの……はい」


 途中加入の荒木にはすでに懐いているのに、最初から面識のある秋瀬にはこれだ。意識しているつもりはないが、普段から硬い雰囲気があるのかもしれない。


「あの、柊さん? き、緊張しなくて良いのよ?」


「は、はははいっ! してません緊張しないですごめんなさい!」


「沙織ちゃん落ち着いて!」


 荒木が制止することでようやく事態は収まった。秋瀬には威圧感があるのだろうか。最近の悩みである。

 柊は深呼吸をすると、座り直した。


「あのぅ、あのすみません……」


「良いのよ、気にしないで」


「はいぃ……」


 柊は決して仕事のできる方ではなく、焦りがちなところから非常時にはてんてこ舞いとなってしまうことも少なくはない。

 しかしこのどうにも憎めない感じが、秋瀬は嫌いではなかった。


「でも嫌ですねー」


 次の話題を切り出したのは荒木だった。


「『屍の牙』との騒乱のせいか、強いゾンビが壁を目指す傾向にあるみたいですよ?」


 騒乱時、『亀』と呼称される山のように巨大なゾンビが放った光線によって、東京二十三区のゾンビたちは街並みとともに死滅した。

 しかしゾンビは、この一週間で再び東京に集まりつつある。


「純粋に騒乱の音が原因とも思えないわね、『神』の出現が関連しているのかしら……」


「『神』……ですか」


 神。その存在は壁にいた人間も目撃することができた。それほどに大きな存在だった。

 出現には『屍の牙』の鈴音恵というゾンビが関わっているということだったが、詳細は末端の自分たちには知らされていない。ただ漠然と、そう呼ぶに相応しいゾンビだとしか知らされていなかった。


「もう一度あれが起こったとしたら、止められるんでしょうか……?」


 荒木がそう不安そうにする。釣られて柊も身体を強張らせた。確かに不安になるのはわかる。わかるけれど、秋瀬は断言できた。


「止められるわ」


 確信を抱く秋瀬に二人が疑問の目を向ける。その理由は単純だった。

 神の出現にはおそらく『ミカゲ』が、御影奈央が関わっている。であれば彼が動かないはずがない。


「風見くん。きっと彼が、何度でも止めてくれるはずよ」


 そうして秋瀬は行方知れずの少年を思い浮かべる。


(生きてるわよね……貴方は)


 一週間が経ってもその行方はわからない。しかし御影奈央の危機には必ず駆けつけてくれる。そんな確信が秋瀬にはあった。





※※※





 昼食を終えると、秋瀬は資料庫へ向かった。三原に頼まれていた資料整理のためだ。

 鍵を受け取り、資料庫に入ってみれば確かに整理が必要なほど荒れていることがわかった。

 この一週間、かなりばたばたしていたことも一因だろう。棚に入っている資料にまとまりがなかった。

 三原は所要時間を一時間で良いと言った。しかし秋瀬はそれで終えられるかが不安になったのだった。


「とりあえず、分別から始めることにしましょう……」


 頭を抑えつつ、秋瀬なりのジャンル分けで資料を整理し始めた。

 まずは軽く資料に目を通しつつ部屋中央の机に並べて分ける。ゾンビの生態のこと、もともと人間に存在していたがそれまでは無意味だったエニグマという物質との関連性、対処法などのジャンルに分別していった。


「ゾンビは医学的には死亡している……」


 まず手に取った資料にはそんなことが書かれていた。

 そこらを闊歩するゾンビは心停止しており、基本的には自発呼吸も必要がない。瞳孔も開いていて、医学的には死亡している状態と考えられる。

 では自我のあるゾンビたちはどうなのか。

 心停止は確認されており、瞳孔も開いている。自発呼吸も必要自体はなく、それぞれが人間だった頃の習慣から無意味に行なっているものだとされる。

 体内の臓器もそれぞれ活動はしておらず、ものを食べる意味はあまりない。しかしゾンビたちは体内のエニグマが人間よりも活動的であり、胃腸を通過する際に必要な活動をすべてその物質が担っていることがわかった。


「ゾンビたちも栄養が取れるのね……」


 このことから自我のあるゾンビたちは無意識下で体内のエニグマに指令し、人間だった頃と同じような身体機能を再現させているものと推定される。

 そこまで読んで次の資料を手に取ると、そちらにはゾンビたちの共食いについて考察がなされていた。


「共食い……。確かに彼らは共食いによって身体機能を強化したり、能力を発現したりしていたわね」


 ゾンビ化という状態が体内のエニグマを操作する権利を得た状態だとするならば、共食いによって操作できるエニグマの量が増加すればできることが増えるというのも同義。

 そうして一定量のエニグマで自我を、身体能力を、超能力を手にしていくのだ。


「進化……なのかしらね、それは」


 ヒトは自らの機能を向上させる手段を持たない。視力も聴力も現代の若者は衰え、失った力を取り戻すには眼鏡や補聴器などの外部ツールに頼る他ない。

 歯が折れたら治らず、腕がなくなったら二度と生えてはこない。そういう力をヒトに授けるものが、エニグマなのだとしたら。

 それはヒトが、この地球上の生き物が進化したということになるのだろうか。


「それは……なんで……」


 そこで手が触れたのは機密文書。

 秋瀬は三原の許可を得てこの資料庫の整理をしているが、本来ここには秋瀬たちの目に触れるべきでない資料もあるのだ。

 資料の表面にはタイトルに当たる文言が記してある。そこには、ひとつ。


「『Archangel』……?」」


 アークエンジェル。大天使。

 普通であったら落書きとしか思わない。資料庫に誰かが漫画や小説の切れ端を忘れていったのだとしか考えない。

 なぜならその言葉は、あまりに現実的でないから。


「……」


 秋瀬はしかし、その資料を手に取る。

 神と呼ばれる存在まで現れた今、その資料を無視することは、秋瀬の好奇心が許さなかったのだ。

 資料の初めには次のようなことが記されている。

 この世界には、一滴の水滴が落ちた。

 その意味は――。


「七月二十五日。この世界に『大天使』が現れ、その顕現の余波が『ゾンビ化』を引き起こした」


 これまでの全ての原因。

 ここまで世界が終わってしまった全ての原因が記されていた。


「じゃあ、『大天使』って――」


 読み進める。読み進める。

 時間を忘れ、仕事を忘れ、好奇心のままに資料を読み進める。

 そうして、その一文に辿り着いてしまった。


「『ミカゲ』」


 独立していたピースが繋がってしまう。

 御影奈央とこの騒動の原因とが、繋がってしまう。


「この資料において『大天使』とは――」


 記されていた。

 そこには、決定的なひと言が。


「――『御影奈央』個人を指す」


 秋瀬は、資料から目を逸らすことができない。

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