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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第四章『壁内紛争』
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104 一週間が経って

 仮に自分の所属する組織が何か深い闇を抱えていて、自分の知らないところで大きな陰謀が渦巻いていたとする。

 それはお金が絡んだものでも、地位が絡んだものでも、私情が絡んだものでも何でも良い。

 どんな理由だったとしても、組織ぐるみの陰謀があったとして、それを知ってしまったとして、貴方はそこに首を突っ込むだろうか。

 見て見ぬ振りをするか。加担して恩恵を授かるか。内部告発し制裁を望むか。選ぶ選択肢は数多だ。

 その中で、少年は組織と戦うことを選んだ。

 これはそういう話。


 そこに陽は差さない。

 風見晴人は来ない。




※※※




 自分の名を呼ばれて、秋瀬詩穂はハッと意識を集中した。今が仕事中であったことを思い出した。


「あ、もしかしてお疲れでしたか?」


 名前を呼んだのは荒木凛音。学校からマイクロバスで脱出した時の生き残りだ。彼女たちマイクロバスの生存者は、それぞれ壁の中で仕事をしている。


「いえ、大丈夫です。何かありましたか?」


「えと、支援物資の提供が概ね終わりました。救援メッセージも第二部隊及び第三部隊に送ってあります」


「そう、ありがとう」


 言いながら、資料をまとめる。

 メッセージには壁へ避難することを望むもの、物資を要求するもの、武器を要求するものと様々あった。


「研究班より新しい携帯救急箱の案が来ています。確認をお願いします」


「わかりました」


 報告を聞きながら秋瀬はこれまでの一週間を思い返した。

 『屍の牙』との騒乱が集結して一週間、目まぐるしい日々が続いた。

 秋瀬は医療部隊の小隊長を任されるようになり、先ほどの荒木凛音と以前会ったことのある柊沙織という少女と共に医療小隊を組んでいた。

 また水道と電気がそれなりに守られているおかげで、段々と他の生存者たちの情報も入ってくるようになった。

 生存者たちは自衛隊基地や警察署などを中心に様々な派閥を形成しており、それぞれが壁とのコンタクトを試みてきていた。

 こちらを警戒する派閥もあれば友好的な派閥もあり、対応を任されていた秋瀬は苦労している。そのためこの一週間は本当にすぐ過ぎ去ったと感じた。


「荒木さん、『例の件』について進展はないかしら?」


「例の件…ですか」


 秋瀬がその話を振ると、荒木は途端に答えづらそうにした。反応でわかる。進展はなかったのだろう。


「仕方ないです。これからも『例の件』は継続して派閥の方々に聞いてください」


「あ、はい……」


 荒木は一度項垂れた後、顔を上げて一度ため息をついた。


「ほんと、二人ともどこに行っちゃったんでしょう……?」


 例の件。それは、行方知れずとなった風見晴人と御影奈央の捜索だった。

 とはいえゾンビである風見や勝手に組織を抜けた御影の捜索依頼など受理されるはずもなく、極秘で秋瀬が行なっているだけのものだ。

 ただ医療部隊という特性上、秋瀬にできることはそう多くない。せいぜい、生存者たちの派閥とコンタクトを取る際に目撃情報を集めるだけだった。


「風見先輩はともかく、奈央ちゃんまで……どうして」


「居ても立っても居られなかったんでしょうね、あの子は……優しいから」


 今はいない御影奈央の姿を思い浮かべる。

 壁を抜けた手段はわからない。壁の外に出ることのできる場所は第二、第三部隊が外に出る時の出撃ゲートしか秋瀬は知らされていないのだ。

 しかし戦闘部隊に配属しているわけでない御影が出撃ゲートを問題なく通れるとは思えない。


「無事だと良いですけど……」


「ほんとね」


 秋瀬の部屋に置いてあった、御影からの手紙。風見晴人を探しに行くという内容が綴られていた。

 その中で気になる部分があり、秋瀬は手紙の存在を秘匿していた。その内容とは――。


「それじゃ、私はお先に沙織ちゃんと休憩入っちゃいますね!」


「ええ、私も片付いたらすぐに行くわ」


 部屋を出て行く荒木。彼女を見送りながら、秋瀬は目を細めた。

 御影の置き手紙に書いてあった気になること。それは、御影奈央自身の存在についてだった。


「『ミカゲ』、ね……」


 『屍の牙』のリーダーである篠崎響也に御影が特別扱いされていた場面は確かに目撃した。ただ、秋瀬には彼女に何か特別な力があるとは思えなかった。

 御影本人も自分のことについてはよくわかっていないらしい。しかし『ミカゲ』というひとつの括りに自分が当てはまっていて、今回出現した『神』のようにまた何か危険を及ぼす可能性がある。

 風見晴人の捜索だけでなく、そういった理由から壁を離れることを選んだと手紙には書かれていた。


「ずっと壁で守られていた方が……ってわけにも、いかないわね」


 すでに御影の存在は上層部も認知しているはず。もしかしたら逃亡した御影を探す極秘部隊も編成されているかも知れない。

 そして捕まった時、御影がどうなることか。研究班に回され、『神』について知るために危険なこともされるかもしれない。

 秋瀬にできるのは、ただ祈ることだけだ。行方知れずとなった二人の安全を祈ることしかできない。

 そうして報告書をまとめ、そろそろ休憩に行くかという時だった。


「少し良いかしら?」


 部屋の扉がノックされ、入って来たのは医療部隊の隊長である三原絵里だった。まずは席を立って頭を下げた。

 「硬くならなくて良いわ」と前置きされ、秋瀬は気を緩める。


「作業は順調?」


「はい。小隊に任された作業は概ね終わっています」


「そう、貴女を小隊長に推薦してよかったわ」


「とんでもないです」


 三原は近くの壁に背中を預けると、手に持っていたバインダーを取り出した。

 恐らくはスケジュールのページを見ていたのだろう。三原は秋瀬の予定を尋ねた。


「今日の休憩後、時間はあるかしら?」


「二時間ほどなら作れるはずです」


「一時間で良いわ。貴女に頼みたい仕事があるの」


「はい、なんでしょうか?」


 秋瀬が聞くと、三原はバインダーを軽く叩いた。


「急遽、会議の予定が入っちゃって資料整理をお願いしたいのよ。貴女、そういう作業得意でしょう?」


「そうですね、整理くらいでしたら」


 突然会議しなくてはならないようなことが起こったのかと不安になるが、三原の表情的に大事ではないのだろうと考える。

 三原の資料整理は過去にも何度かやったことがある。問題はないだろう。


「今回は資料庫の方にある、研究班との合同資料を整理してほしいわ。それぞれ時間と内容で分別して頂戴」


「わかりました。休憩後に手をつけておきます」


 言うと、「頼むわね」と言って三原は部屋を後にした。

 研究班との合同資料。ただでさえ極秘資料の多い研究資料を秋瀬に整理させる意図はわからない。それだけ信頼されているととっても良いのだろうか。

 医療部隊との合同資料ともなれば、恐らくはゾンビの生態及びエニグマの性質についてだろう。


「資料整理をしながら、少し調べられそうね……」


 ゾンビについて、エニグマについて。

 そしてそれらが起因すると思われる『ミカゲ』について。

 かつて研究者である狩野将門に聞いた以上のことを調べられる良い機会になりそうだ。

 秋瀬は調べることを軽く手帳にリストアップしてから、休憩することにした。

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