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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
111/125

番外編6 クリスマスまで待たせないで

 ショーケースの中に広がる、金銀様々なアクセサリーを見つめる。それらはまるでスノードームだ。外から見れば綺麗に映るが、決して中に手が届くことはない。

 やがて視線を移せば店員とぶつかる。いたたまれなくなり、風見晴人は外に出ることにした。

 確かに高校一年生が来る店ではなかった。何も買えないだろうという意図が含まれた店員の視線に耐えられなかったのだ。

 女性向けアクセサリー店。それなりに名の知れたブランドなので足を運んでみたが、とても親から貰えるお小遣いで手の届く金額ではなかった。


「あぁ、どうする……」


 時間は迫っている。

 今日は十二月二十三日。クリスマスはすぐそこだ。

 聖夜、サンタクロースは枕元にプレゼントを置いてくれる。しかしサンタクロースの正体が誰であるかは、成長するにつれて変わっていくのだ。

 どうやら風見は一足早くサンタクロースにならねばならなくなったらしい。

 それは些細なやりとりが原因だった。まともに友達のいない風見は、数学の追試を乗り切るために知恵を借りる相手が限られる。

 先生。だめだ、風見は人に覚えられにくい体質もあってどの教師とも良い関係を築けていない。

 家族。だめだ、両親は共に最終学歴高卒のアホだ。頼りにならない。

 そこで頼ったのが中学から繋がりのあった高坂流花だった。彼女はもちろん快く追試の対策に協力してくれた。しかしそれには理解し難い条件がついたのだ。

 曰く、じゃあ今年はウチにクリスマスプレゼント買ってね。

 ――そして今に至る。

 最寄りから何駅か移動して訪れた大型ショッピングモール。事前に考えていたプレゼントの当てが外れた少年の足取りは重かった。


「女の子へのプレゼントって、何買えば良いんだよ」


 風見に女の子の友達などまともにいたことがない。というか友達がいない。そんな少年がサンタクロースになるのは、少し早すぎたのだ。


「大体、サンタにはほしいものを伝えるだろうが。何で俺が選ぶんだよ」


 高坂は風見のセンスによる選択を求めた。何でも良い、とは言っていたが彼女の性格上ふざけたものを買っていくことは憚れる。

 よって風見はこのショッピングモールを彷徨うことを余儀なくされたのだった。

 やがて何気なく服屋に足を運ぶ。服屋に置いてあるアクセサリーだったらお小遣いでも手が届くだろうと考えたのだ。

 しかし考え事をしながら歩いていたせいだろう。店から人が出て来ることに気付かなかった。

 衝突し、その衝撃でぶつかった相手は買い物袋を落としてしまった。風見は慌ててそれを拾い上げ、相手にそれを渡す。


「すいません……」


 しかし相手は受け取ることなくこちらを見つめる。風見はおかしく思い、相手の顔をしっかり確認した。


「風見晴人じゃん」


 相手がそう言った時に、やっと風見も目の前の少女が誰であるのかわかった。


「羽川、早苗……」


 派手な化粧と記憶とは異なる髪型で気付かなかった。そしてできれば、気付きたくもなかった。

 彼女は思い出したくもない相手だった。





※※※





 それは中学二年の頃の話だから、二年前のことだ。風見の中学に転校してきた高坂は羽川率いるグループに所属するが、グループ内のいじりに疑問を感じた。

 そしていじられ役の矢野里美が嫌がっていることを知ると、羽川と真っ向から対立したのだ。

 風見はその騒動に割り込み、高坂と矢野を羽川のグループから引き離した。などと言えたなら格好もつくが、もちろん上手くはいかなかった。

 全部を救えたなら良かった。しかし風見にそういう力はなかった。だから風見が犠牲にしたのは、自分自身だった。

 どうせ自分は覚えられにくい体質。周りの人間にどう思われようが、すぐに風化するだろう。

 しかし羽川は、二年が経っても風見のことを忘れていないようだった。


「ねぇ、アンタ時間あるでしょ?」


「は? お、おう……まぁなくはないが」


「じゃあ、ちょっと付き合って」


 風見の内心など露知らず。言われるがままにフードコートに移動し、軽いスイーツを購入して席に座った。


(え? なに、なんなの? バイバイじゃないの?)


 気圧されている風見をよそに、羽川は美味そうにパフェを食べていた。


「んー、おいし。アンタ甘いのヘーキ?」


「え、ああ」


「ほれ、食ってみ」


 返事すると同時にスプーンを突っ込まれる。不意の間接キスに風見は赤面するが、羽川は気づいていないようだ。


「美味いっしょ」


 ふふん、と自分が作ったわけでもないのに得意げな羽川。こうも一方的に打ち解けられると、こちらだけ緊張しているのもバカらしくなった。


「……服買ったのか?」


「ん? そーそー」


 無言の間ができないように今度は風見から話題を提供する。中学の頃から変わらず、こういうことは不慣れだった。


「冬服は間に合ってたんだけどー、良いのみっけちゃってね」


「衝動買いってやつか?」


「そそ」


 気持ちはわからないでもない。

 読んでいない漫画がたまっているのに、気分で足を運んだ古本屋で好きな絵柄の漫画を見つけると手に取ってしまうようなものだろう。違うか。


「なんか意外だな」


「何がよ」


「アンタ、ひとりで出歩くんだな。イメージなかった」


 口をついて出た言葉。それは本心だった。彼女の周りには常に人がいて、どこに行くにも誰かと共にする印象があった。

 しかしそれを聞いた羽川は一瞬だけスプーンを持つ手を震わせた。

 何かまずいことを言っただろうか、そう思う間も無く羽川は笑ってみせる。


「そりゃ、常日頃他人とベタベタしてんのも疲れるっしょ」


 そんなことを言うやつが、中学時代に良い関係ではなかった影の薄い同級生と、たまたま出会っただけでここまで話すだろうか。

 風見は友達がいない。だから常にひとりの世界で考え事をしている。その癖で、人と話している時も考え込んでしまうことがあった。

 今がそうだ。これ以上は考えない方がいい。羽川だってきっと、詮索されたくないこともある。わかっているのに。

 わかっているのに、考えてしまうのだ。


「学校、つまんないのか?」


「……」


 訊くな。やめとけ。関わるな。

 自分に言い聞かせても、口から出る言葉は正反対だ。どうして自分は、中学時代に噛み付いた相手のことを心配しているのか。この女は最低なのだと、知っているはずなのに。

 やはり羽川は語らない。それはそうだ。聞かれたくないことは誰にでもある。

 増して羽川と風見の関係性は他に比べて特殊だ。

 いじめっ子だった羽川。それに食ってかかった風見。時が経ち羽川が孤独になったとして、それを風見に知られたいはずがない。

 風見はただ、孤独な羽川と何気ない時間を過ごしてやるだけで良かったのだ。良かったと言うのに。


「……チッ」


 羽川が舌打ちした。自分にされたのだと思い、風見は詮索のしすぎを恥じた。たまたま出会っただけなのに踏み込みすぎたのだと思ったのだ。

 しかし羽川の舌打ちは風見の想像とは異なる意味があった。


「あ〜れ、早苗ちん。誰その男ー?」


 ケラケラ笑いながら女子集団が風見の後ろから来る。羽川の知り合いというのも頷ける、派手な集団だった。

 何せ高校生にして、全員が髪を染めて化粧をしていた。自分の通っている学校の基準では考えられない。通っている学校のレベルが伺える。


「もしかして彼氏? えー、全然イケてないぢゃん」


「……っせーな」


 言ったのは風見ではなく、羽川だった。その口調の変化に驚く。


「ケバケバしいのが群れんなよ。香水の匂いが混ざってくっせーんだよ」


「はぁ〜? なに、アンタまだ懲りてないんだ」


 取り巻きが無様だというように笑う。風見からしてみてもそれは不快だった。

 確認してみれば女子集団は四人。全員がひと目でギャルい、という感想を持つ風貌をしている。

 その中でもひと際プライドの高そうな女が、風見の隣に無理やり座ってきた。


「え〜なに、早苗ちんってこんなんがいいの?」


 言いながら風見は肩に手を回され、顔をじっと見つめられた。そのまま女に値踏みされる。そこらに転がっている石ころを見るよりも興味なさげな視線が、途轍もなく不快だった。


「なになに、この子にどんな魅力があるの?」


 女は面白がったまま羽川へ視線を向けた。心底腹立たしいといった表情で羽川はスマホを取り出す。巻いた髪をいじりながら、つまらなそうにしていた。


「顔じゃないとしたら〜、下?」


「成美、黙れよ」


 下品な女だと風見も感じた。世の中にはこういうことで興奮する男もいるのだろうが、実際にされれば不快感しかない。

 成美と呼ばれた女。髪はブリーチ毛で、手入れはしているのだろうがよく見れば傷んでいる。前髪はそれを右側に流し、左側は耳にかけている。

 ピアスも空いているようで、よく見れば何かを模した金属製のものが耳たぶについていた。

 成美と羽川の喧嘩を右から左に流しながら、風見はこの下品な女を観察していた。しばらく観察して、いくつか気付いたことがある。


(こいつ、金あるな……)


 持っていたカバン。付けているブレスレット。ピアスといい、勘ではあるが安物ではない。

 一方で羽川は風見でも手の出るような価格帯の服屋から出てきた。風見の推測ではプライドの高い二人を分かつのはそこだろうと思う。

 似た者同士の二人。取り巻きはどちらを持ち上げるか迷い、金がある方についたのだ。


「……それ、『アイプチ』ってやつ?」


 観察をしているうちに気付いたことがあり、つい口から漏れてしまった。バカにしていた男が急に喋り出すから驚いたのだろう。成美はこちらを向いて不思議そうにしていた。


「……いや、なんつうか。作り物の二重ってわかりやすいんだな」


「は?」


 眼中にもない道端の石ころにバカにされ、成美の瞳が鋭くなる。そしてその口から苛烈な罵倒が飛んでくる直前。


「はははは!」


 耐えきれないという風に笑い出したのは羽川だった。周りに目を向ければ、取り巻きも笑いを我慢しているように見える。


「そーそー。そいつ、化粧下手なの。ウケるでしょ」


 それは取り巻きの中でも話題に上がることがあるのだろう。周りは誰も否定しない。

 そのことに成美はさらにヒートアップした。


「きも、インキャ」


「そのインキャに化粧バカにされるアンタ、マジで笑えるな」


 肩に置かれていた腕を引き剥がしながら言ってのけると頭をぶたれた。


「死ね」


 言い残して、成美は去っていく。取り巻きたちは一瞬不安そうにするが、すぐに後を追いかけて行った。

 女子集団がフードコートを出て行っても、羽川はケラケラと笑っていた。


「ははは。アンタ、サイコーだよ」


「……そりゃどうも」


「あー、せいせいした。昔アンタとバチった時も、こういう気分になってるやついたのかなー?」


「知らんけど」


 スッキリした表情を浮かべる羽川に、なんとなく照れくさくなり目を逸らす。風見は特に何もしていない。二年前と違って、助けようとしてすらいないのだ。

 だけど羽川は、とても満足そうだった。


「ね、お礼にアンタのお願い聞いてあげるよ」


「……は?」


 そっぽを向いていたが、発言の意味に気付いて声を上げる。目の前の女は何を言っているのか、理解に苦しんだ。


「して欲しければ、『なんでも』良いけど?」


「なんか含みのある言い方すんなよ……」


 意図はわかる。異性に慣れていない風見の反応を楽しんでいるのだろう。普段の高坂と同じだ。


(何でも言うことを聞く、か)


 風見は頭がすうっと冴えていくのを感じた。そしてなぜ今、と思うが、自分の後悔を思い出した。

 過去に助けられなかった人。はっきりと助けたのだと、言い切れない人。右も左も分からない中学に来て、たった一週間であんな事件を起こしてしまっては、その後の友達作りにも苦労しただろう。

 今更だ。何もかも今更である。今頃、何ができると言うのか。考えたが、風見にとって羽川に望むものはひとつしかなかった。


「何でも聞いてくれるんだよな」


「うん、いーよ」


「なら、――」


 そうして、風見は自身の望みを伝えた。





※※※





「待ったか?」


「ちょっとー、遅いじゃん!」


 十二月二十五日。待ち合わせ時間だった二時に七分遅れた風見に対して高坂は怒る。怒りはごもっともだった。


「ってあれ?」


「……なんだよ」


 よく確認してなかったのだろう。高坂は風見の姿を見て固まった。

 それはそうだ。はっきり言って今日の風見はいつもと違う。何が違うかと言うと、それは――。


「なんか、お洒落じゃん」


「褒めるなら笑うな!!」


 普段はボサボサの髪型。しかし今日はしっかりとヘアアイロンで形を作り、整髪料で整えられている。

 服装も紺のチェスターコートに白のタートルネックセーター。黒スキニーを合わせている。高校一年生にしては大人びていると言えるだろう。

 そんな背伸びした風見の姿に高坂はゲラゲラと笑っていた。死にたい土に帰りたいと願うのは間違っているだろうか。

 だから嫌だったのだ、と思う。

 二十三日、羽川にした『望み』。それは、――。



 ――高坂に、謝ってやってほしい。

 そう言うと、羽川は不思議そうな顔をした。目を丸くして、言葉の意味を咀嚼していた。

 そして一瞬で目付きが鋭くなる。やはり最低な女に、こんなことを頼むのは間違いだったかと思った。


「……それは聞かない」


「……そうか」


「アンタに頼まれて謝るのは、なんか違うじゃん」


 はっと顔を上げて羽川の顔を見ると、彼女はいじけたような表情をしていた。二年経って、ようやく風見は安心した。

 この女にも良心はあったのだ。あるいは、自分が孤独な状況に置かれたことで丸くなっただけかもしれないけれど。

 それでも自分の過去の行いを悔いる気持ちがあったことに、風見は安心した。


「……クリスマス、会うんでしょ?」


「え?」


「流花と! あいつのことだから……」


 羽川は若干恥ずかしそうにしていた。

 彼女と高坂の繋がりは事件の時点で途絶えたと思っていたが、この様子だと高坂の進路が風見と被っていることも知っているのだろう。

 羽川は風見が思っていたほどの異常者ではなかったのかもしれない。


「何時に待ち合わせてるの」


「駅前に、二時だけど……」


「そ、わかった。じゃあお昼前にうち来てね」


「――は!? なんで!」


 意味のわからない提案に風見は身を乗り出す。対する羽川は片手をヒラヒラと振っていた。


「いや、女の子と会うのにそんなダサい格好ありえないから」


「…………」


 そうして少し話した後店内を見て回り、羽川とは別れ帰宅した。



 ――高坂はまだ笑っている。

 やっぱり自分の姿がおかしいのだろうか。スマートフォンを取り出し、内カメラにして髪型を確かめると。


「あはは、早苗ちゃんにやってもらったの?」


「――え?」


 図星だ。これは今日の昼頃、羽川にセットされた。来いと言われたから行ったら無理やりされたのだった。

 風見の普段の格好はありえないらしい。自分はそんなにダサかったのだろうか。


「眉毛とかもやってもらっちゃってー、かっこよくなったじゃん」


「う、うるせえ……」


 恥ずかしくなり、顔を背けた。これ以上見られたくなかったのだ。

 高坂は笑ったまま歩き出す。ついては行くが、風見はすでに帰りたくなっていた。


「……ん?」


「なに?」


「なんで、羽川だって分かった?」


 もともとの風見の望みは却下され、身なりを整えるだけに終わった。それでも、風見は羽川に良心があったことを知れてよかったと感じている。

 だが風見と羽川に接点があったことなど、高坂には知る由もないはずだ。


「……さっき、早苗ちゃんに会ったよ」


「――――」


 確か羽川は今日、デートの極意として遅刻して行けと言っていた。風見はそれを馬鹿正直に実践して七分程度遅れたのだ。

 まさか、あれは――。


「……ありがとね」


 高坂は何があったのか言わない。言わなかったけれど、大体は想像がついた。

 その表情から察する。羽川はちゃんと謝ってくれたのだろう。

 風見の口角は、気付けば上がっていた。


「寒くなってきたな」


「……ん? そうだね。息も白いや」


「だよな」


 言いながら、風見はトートバッグからラッピングされていた小物を取り出す。


「メリークリスマス」


 中身は手袋。決めたのは風見だが、羽川も選ぶのを手伝ってくれた。

 高坂はそれを受け取ると、心底嬉しそうに頬を緩める。ラッピングを開いて中身を取り出すと、すぐに身につけた。


「ありがとう風見。すごくあったかい」


 その暖かさには物理的な意味だけでないものも含まれているように感じた。それは人の気持ちだったり、思いやりだったり、そういったものだ。


「すごく、あったかい……」


 高坂は手袋をした手で自分の頬に触れ、大切そうにする。なんとなく、その仕草に風見も嬉しくなった。


「『クリスマスプレゼント』ありがと。嬉しい」


 そのプレゼントには、手袋だけでない何かのことも含まれているように考えたが、気のせいだろうか。その答えを風見が知ることはない。

 聖夜、サンタクロースは枕元にプレゼントを置いてくれる。しかしサンタクロースの正体が誰であるかは、成長するにつれて変わっていくのだ。

 どうやら風見は一足早くサンタクロースにならねばならなくなったらしかった。

 だから遅くなったけれど。今更だけれど。クリスマスまで、待たせてしまったけれど。

 これで少しは『救えた』だろうか。

 中学二年の時に助けてやることはできなかった。最悪を回避することしか風見にはできなかった。

 だけどスノードームの雪に手を伸ばすように、触れることのできない後悔を少しでもマシにしたかった。

 自問する。自分の後悔を振り切っていいのか、風見は自問する。


「――――」


 その答えは、プレゼントを貰って嬉しそうにする高坂の表情が教えてくれた。

クリぼっちなので投稿しました。

高坂とイチャイチャする話を書こうとしたのにギャルばっか出てきましたごめんなさい。

次回から新章始まります。

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