先輩、それって強制ですか?
短納期の仕事が三つくらい重なり、最悪会社で寝泊まりする始末。
気休めみたいな栄養ドリンクを飲む俺の側を、新人社員が定時ピッタリで帰ってゆく。
ククク、お前らも五年くらいしたらこうなるから、せいぜい今のうちに遊んでおくんだな。
まるで魔王みたいな捨て台詞。自分で言ってて悲しくなる。
「田中氏、田中氏」
水上係長(三十路未婚)が煩わしい声で俺を呼ぶ。大抵そういう時は面倒事だ。無視するに限る。
「たーなーかーうーじー」
「さっき打ち合わせ行きましたよー」
「じゃあ君は誰なんだい? ゾンビかな?」
水上係長が笑いながら俺の後ろに回り、肩を揉んできた。こういう時は絶対に面倒事だ。避けるに限る。
「すみません、今忙しいので。このデータ、今日中に送らないといけないので……」
「まあまあ、たまには息抜きも必要じゃなーい?」
「さっきしましたので」
「もう一回、ね? もーいっかい。はいもーいっかい♪」
「逆にお手隙なら、手を貸していただけませんか?」
「やだね。新人の歓迎会するから幹事ヨロシクー」
「!?」
水上係長が早口にそれだけ言って、手を振りながら自分のデスクに戻って行った。
忙しいって言ってんだろ◯すぞおい。
歓迎会、か……。確かに入社して半年が過ぎようとしている。今年の新人は女子が一人、不景気だからって下を入れず、上は暇ばかり。結果的に俺達中間が割を食う。
いかん、余計な愚痴が出たが新人君には少しでも長く居てもらわないとな。好きな食べ物くらい聞いてみるか……。
翌日、出勤してパソコンを開いた俺は、昨日送ったデータの修正依頼のメールを見て重たいため息が漏れた。気晴らしに自販機へ向かい、コーヒーとココアを買った。
「おはよう棚倉さん。どっちがいい?」
「……じゃあ、こっちで」
出勤時間五分前で出社した新人、棚倉萌南が仏頂面でコーヒーを取った。
「コーヒー、飲めるの?」
「あ、はい」
「いつも飲んでる水筒のやつは?」
「麦茶です」
「あ、そう」
「では」
「あ、待った待った」
「?」
「棚倉さんって、好きな食べ物とかある? 和食洋食中華とか、食べられない物とかある? アレルギーとか」
「……それ、答えないとダメですか?」
「あ、うん。出来れば知りたいな。今度新人歓迎会をやろうかと」
「……それって強制ですか?」
「え……いや」
「忙しいので大丈夫です。では」
「あ、うん」
棚倉は仏頂面のまま行ってしまった。
「あれ? アイツの歓迎会……だよ、な」
強制ですか? って……なんか変じゃね?
まさかそんな返事が来るなんて思わず、流されるままに引き下がってしまったが……まあ、アイツが要らないって言うならこっちも仕事が減ってありがたいけどさ。なんかモヤるな。
これが令和なのか? 俺が時代遅れなのか?
「たーなーかーうーじー」
……無視。
昼前のラストスパート中に煩わしい声がしたので無視を決める。
「たなかうじっ!」
「あだぁっ!!」
ヒールで蹴られたまらず声が漏れた。
「な、なんですか!? 流石に蹴りはアレじゃないですか。いってぇ〜」
「歓迎会の段取りはどうなっておるか? 報連相は社会人のキホンでござるぞ?」
笑顔で詰め寄ってくる水上係長。腰に手を当てニコニコ〜のプリプリ〜っとしているが、その裏は酒の事しか頭にないのがすぐに分かる。
「本人に突撃調査しましたが、不要とのことです」
「は?」
「ですから、本人が歓迎会は要らないと申し出たので」
「あ?」
「……もう一回問い合わせ致しますので、今しがたお時間を頂戴しても宜しいでしょうか?」
「なる早……でっ!」
「あだっ!!」
同じ所をもう一度蹴り、さっさと昼休憩に向かう水上係長。ちくしょう、だからいつまでも独り身なんだぞおい。
てか、歓迎会と銘打って総務に補助金申請して格安で飲みたいだけだろうよ、あの人は。
「なんか言いたげだな?」
「な、なんでもないです。なんでも……」
「お前がもらうか?」
「え?」
「三十路大酒飲みの仕事ババアをお前が娶るか?」
「……………………」
「飲み会、期待してるぞ」
「は、はひ」
お、恐ろしい……。
どんな取引先との責任問題よりも恐ろしい責任の取らされ方だ。
水上係長と間違って結婚してしまった奴は、本当にお気の毒だろう。
「とりあえず奴が戻ってくる時間は身を空けておかねば……」
俺は弁当を食べながらPCをひたすらに叩きまくった。
昼終わり、とんでもない知らせが俺の耳に届いた。
「誰か棚倉さんの代わりに横沼運送さんへ届け物してくれる人はいないかい?」
総務のお偉いさんがやって来て、小包を一つ置いていった。
「棚倉さん、体調不良で午後から休むんだって」
マジかよ……。
「たなかう──」
「あ! 取引先からお電話がっ!!」
電話を装いオフィスから逃走。
そのまま非常階段へ向かい、こっそり棚倉の仕事用携帯へ電話をした。
「……はい」
「あ、田中です。お疲れ様です」
「はい」
「体調不良って聞いたけど、大丈夫? 風邪?」
「……それって言わないとダメですか?」
「え? あ、ゴメンゴメン。そういう意味じゃなくて」
しまった。女子特有のやつか?
だとしたらセクハラとか何ハラか知らんが、迂闊だった。それは言いたくないわな。俺だってチ◯コから変な汁が出て泌尿器科行くなら理由は言わないしな。
「用はそれだけですか?」
「あ、いや。……あ、あのさ……歓迎会のことなんだけど……」
「はい」
「棚倉さんが参加して楽しい会にするから、出てみないかな?」
「私、お酒飲めないので」
「飲めない人でも楽しい会にするからさ、ね?」
「面倒なのでいいです」
「め──」
面倒……?
面倒って…………え〜っ?
「すみません、寝ますので」
「あ、待った!」
「……」
「横沼運送さんの荷物なんだけど」
「あれは総務の方にお願いしてありますので」
「それがこっちに回ってきてさ。横沼運送さんの誰になんて言って渡せばいい?」
「事務所の背が低い女性に『いつもの』と言って渡してます」
なんも分かんねぇ……。ま、いいか。
「分かった」
「た〜な〜か〜く〜ん〜」
「では! その様に取り計らいますので、是非御検討頂きますと大変恐縮で御座います!! 今後とも御社と末永くお付き合いしたく存じ上げておりますので、変わらぬご愛好とご多幸とご武運と御祈願を願いまして三三七拍子で宜しくお願い申し上げる所存で御座います失礼致します!!!!」
急いで電話を切り、振り向くと、手すりにもたれかかり、ニコニコ〜っと手を振る水上係長が居た。小包も一緒に。
「誰と話をしていたのかな?」
「取引先です」
「通話履歴を見てもいいかな?」
「……」
「小包持って行ってらっしゃ〜い」
「……はひ」
仕方なく急いで営業車の鍵を取り、横沼運送へと向かった。
車で三十分。決して遠くはないが、往復一時間分の残業は無傷では済まない。今日も終電ギリギリかと思うと胃が縮む思いだ。
てかアイツ上司なんだから、自分が行けや。自分の取引先にも行くのが面倒な時は俺に押し付けるし……。
「すみません、沼矛商事の田中と申しますが……」
「あ、いつものですね。ありがとうございます!」
小包を抱え急ぎ足で事務所を訪れると、すぐにそれらしい人物が対応してくれた。
背の低い、落ち着きのあるオバ──年配の女性だった。
「遅くなりまして申し訳ありません。棚倉に代わり今日は私が」
「大丈夫ですよ。使うのは明日なので。あ、そうだ。それなら代わりにコレを渡してもらえないですか?」
そう言って渡されたズッシリと重い紙袋。中にはチューハイが三本入っていた。
「例の味がたまたま売ってたから、つい買っちゃったのよ。この前好きなのに中々売ってなくてって言ってたから」
「そうでしたか。ありがとうございます」
深くお礼をし、事務所を出た。
帰りの車の中、たまに紙袋へ視線をやり、信号待ちで考える。
「酒、飲めないって言ったよな……」
きっと、行かない為のウソなのだろう。
本音はやはり会社のイベント事が面倒だからに違いない。
「俺の時と違って、今年は棚倉さん一人だし、歳も近い人女子社員も少ないからな。やり辛いだろうな、きっと」
ため息と一緒に会社へ戻り自分の仕事に向き合う。
たまに棚倉さんの事が気にかかり仕事が止まる。気が付けば終電を逃し仮眠室へ向かう自分が居た。
「ニコッ」
「……ハハハ」
「もういい。私が直接話す。店は探しておけ。総務が経費削減うっさいから安めで美味い店な」
翌朝来るなり、俺は水上係長に戦力外通告をされた。だったら最初からそうしろよ、おい。
肩の荷が下りてスッとしたが、棚倉さんが心配なる。あの人の押しは凄まじいし、役職付きに『出ろ』と言われたら流石に断れないだろう。ある意味気の毒だ。
流石の俺だって、本社の社長とか専務みたいな人に『明日、ベーリング海でカニ漁船ね』って言われたら『無理です』って真顔で言うだろうよ。
「おはようございます」
いつも通り五分前に棚倉さんが出勤すると、水上係長はそっと立ち上がり、棚倉さんのデスクに向かって歩き出した。
「棚倉さん、おはよう」
「お、おはようございます」
「今度、棚倉さんの歓迎会を催したいのだけれども。空いてる日はあるかな?」
「私、お酒飲めないんですが、出ないとダメですか?」
「君の歓迎会だからね。ノンアルも全然オッケーよ?」
「……………………」
沈黙。それがこたえなのだろう。
「今週の金曜日の夜はどうかな?」
「……よ、用事がありまして」
「来週の金曜日は?」
「…………」
もう限界なのだろう。沈黙しか出ない棚倉さんを見て、俺は助け舟を出す事にした。
「空いてます。空けます」
「え、あ、え?」
「分かった。なら来週で。田中、店は決まってるのか?」
「去年の暑気払いで行った居酒屋を狙ってます」
「お、確かにあそこは良かったな。楽しみにしてるぞ」
飲み会が決まり上機嫌になった水上係長は、笑顔で自分のデスクへと戻って行った。
「あ、あの──」
「棚倉さんちょいとだけ良いかな」
「……」
俺はこっそり棚倉さんを非常階段の先にある、資材倉庫へと呼んだ。
「私、行きたくありません」
「だよね。ゴメンね勝手に言っちゃって。あのさ──」
昨日取引先の事務所でチューハイを貰った事を告げると、棚倉さんの表情がズンと暗くなった。
「あ、別に怒ってる訳じゃないからね。これはマジで」
「……すみません」
「確かに会社の飲み会は、嫌いな人からすれば面倒だし、半分強制参加なのもアレだし、タバコ臭いしで、良いことばかりではないかもね。俺だって入ったばかりの頃、会社の勉強会が開かれて一週間座学させられた時はマジで辞めようと思ったくらいだし」
「……」
「で、一つ作戦がある」
「……?」
「あの係長は、ただ飲みたいだけなんだ。だから──」
歓迎会当日、棚倉さんはこの世の終わりみたいな顔で店にやって来た。打ち合わせ通り自分の車で来るように伝えてある。車で来たなら飲むわけにも、飲ませるわけにもいかないからな。
「お、本日の主役のご登場だな。早く座って座って座って座って」
開始五分前の登場に、苛立ちを隠せない水上係長。これだからアル中は。
通路の近く、席を外しても気付かれにくい、そしてなにより水上係長から一番離れた席。席順は細工済みのくじ引きにしたから安心だ。
開始の音頭は水上係長の挨拶。
「お疲れまです。では乾杯」
クッソ短い挨拶で飲み会が始まる。
さて、後は水上係長のグラスを満たし続けるだけだ。
「たーなーかーうーじー」
「はいはい」
早速呼ばれ、ビールをつぐ。
一気に飲み干し、更につぐ。
「肉食いたい」
「じきに来ますので」
「さっすがー」
時間が進み、一時間が過ぎた頃、水上係長の携帯が鳴った。段取り通りの時間だった。
「……っ」
苦虫を噛み潰した様な顔で電話に出ると、営業トークに切り替え笑顔になった。酒が入ってもそこは仕事人というわけだ。こういう所は素直に見習わなくてはならない。
「はい、水上でございます……はい、はい! いつもお世話になっております」
この電話は俺が取引先の一つにお願いしたものだ。水上係長の代わりに行った時に知り合って、意気投合して仲良くなり、今回ひっそりとアポを取ってお願いしたものだ。
「えっ……!? た、確かに今からなら間に合いますが……」
フフフ、要件は発注忘れの追加注文だ。もう会社には資材担当は居ない時間。自ら会社に戻って資材倉庫から取り出して発送までするか直接届けなくてはならない。
「はい、はい。かしこまりました! すぐに準備致します! はい!」
通話を終えた水上係長はメモにペンを走らせ破り取って、ビールを一口飲んでから俺に向かって突きだした。
「田中!」
「はい?」
わざと、すっとぼけた顔で係長の方を向く。
「今すぐに会社に戻って鹿沼さんに荷物を一包み届けて! 早く!!」
「え、俺……幹事ですけど」
「他に鹿沼さん知ってる人居ないから!!」
「俺、飲んでますけど……」
「あああああもう!!!!」
苛立ちMAXな水上係長は、キリキリしながらビールをあおった。
届け先の鹿沼さんは会社から車で一時間。しかも飲み会会場から会社までも車で十五分はかかる。タクシー? バカ言え。経費削減の昨今でそれは通らないのは水上係長も知っている。通すならこのタイミングがベストだ。
「棚倉さん飲んでないので頼んでみます」
「何でもいい! 早く行け!!」
はいはい、と心の中でぼやきつつ、棚倉さんに声をかけた。
「上手くいったよ」
「……ありがとうございます」
棚倉さんの車で会社に送ってもらう。
「ごめんね。車に匂い移らない?」
「これがあるので」
ドリンクホルダーにあった置くタイプの消臭剤を指さした棚倉さんは、少し疲れた顔をしていた。普段あまり喋らないし賑やかな場所も苦手だろうに。少し無理をさせたかもされないと心配になる。
「少しは話せたかな?」
「総務の方と話せました」
「それは良かった。みんな、棚倉さんの事を歓迎してるのは確かだから。ま、ただ飲みたいだけって人も一部居るけどね、ハハ」
「でも、田中さんは良かったんですか?」
「ん? ああ……まあね」
すぐに沈黙が訪れた。
「ありがとう」
「いえ」
会社に着き、車を降りる。
棚倉さんとはココでお別れだ。何故なら俺もノンアルしか飲んでないからだ。鹿沼さんの所へは一人で行く。途中で手土産も買わねばならない。
「あ、あの……」
「ん?」
「実は私……飲めないんです」
「えっ?」
どういうことだろうか?
「その……人前で飲めないんです」
「それは……すぐに酔うとか? 寝ちゃうとか?」
「確かに弱いんですが、自分では記憶が無くて、一度皆で行った大学の友人が『私が良いって言うまで絶対に人前で飲まないで!』と」
多分吐いたな、それも車の中で。友人はお気の毒に。
吐かれるのは嫌だなぁ。どんな美人の物でもゲロはなぁ……。
「まあ、無理はしない方がいいよ。じゃあ気を付けて」
「はい」
急ぎ荷物をまとめ、営業車をとばす。
会社に戻って来た時には当然飲み会は終わっており、俺は会費を払ってノンアル一杯。
まあ、いいんだよ。歓迎会だもの。たなか。
「あー、ねむ……」
歓迎会の為にスケジュールを空けたので、仕事前倒しで死にそうだ。
鹿沼さんの所から戻り会社を出ると、何故か棚倉さんの車があった。
「……なんで?」
車から棚倉さんが降りてきた。
何故居るのだろうか? 帰っていいなのに。
「私と居る予定になっているので、一応……」
「別にいいのに」
なんと融通の利かない事だろうか。
まあ、今回は嬉しいけどね。
「……田中さん飲めてないと思うので」
「ん?」
「その……これから……行きませんか?」
あー…………吐くのか? 吐くのか?
「いいのかい?」
「飲むのは好きなんです……ただ、騒がしいのは苦手で。それに、自分が飲むとどうなるのかはずっと気になってて」
「そうか。なら静かな店にしよか」
棚倉さんの車に乗り、そっとスマホのナビを起動した。
「ちょちょちょ!! 棚倉さん! ここお店! ダメダメダメ!!」
「ぬぇふぁんぬほはぁ?」
棚倉さんは俺の予想の斜め上を行っていた。
「ぬーがーなーい!! ダメダメダメ!! 脱がない下げない外さない!!」
棚倉さんは、飲むと脱ぐ人だった。
そりゃ友人に禁止されるわな。
「ど、どうでしたか?」
「…………」
「何か失礼がありましたか?」
週明け、俺は棚倉さんとまともに目が合わせられなかった。
「家で飲んだ翌朝って、何か変わった事とか……無かった?」
「その……何故か服を脱いでまして」
「…………」
「えっ!? えっ!? ええっ!?」
「気が付かなかったんかい……」
「ええーーーーっ!!!!」
棚倉さんは一瞬で真っ赤に染まり、オフィスから消えた。そしてそのまま休んだ。
翌朝、棚倉さんは普通に出社した。
「吹っ切れました」
「立ち直り早っ」
「田中さんなら良いかなって」
「?」
どういうこと?
「また飲みませんか?」
「──えっ?」
揉め事は勘弁してくれ。この前のお店でもかなり謝ったぞ。
「勿論わたしの家で。あ、一人暮らしなので大丈夫です」
大丈夫って。大丈夫じゃないだろ。
「それって……強制?」
「……はい♪」
……どういうこと?
やっぱり現代っ子はよく分からん。
俺もオッサンになったんだなぁ。しみじみ。




