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今日のマリアさんのドレスは、何度か見たことのあるベージュのシャンタン生地を臙脂色のサテンで作ったプリーツリボンで飾った、上品で華やかな可愛らしさのあるものの予定だ。
それに合わせて僕も臙脂色のベルベットのジュストコールとズボン、白いタフタで仕立てたベストにした。
ベージュのシャンタン生地は白ワインの色に似た淡い金色に輝く上品な色合いで、臙脂色のサテンリボンは赤ワインのようで、色の組み合わせもとても素敵だと思う。
僕の方はジュストコールに金糸の刺繍を施してあるものだから、色合わせとしてもぴったりだ。
あと、あのドレスは襟ぐりが深くない。スクエアネックで、マリアさんの綺麗な鎖骨が見えるけれど、胸元は全くうかがい知れない。
これ、とても大事。
マリアさん、意外と胸があるから胸元が大胆に空いているハートカットだと今日の舞踏会は心配で禿げそうだからね。すごく似合うけど。
それだけじゃなく、あのドレスの襟ぐりは臙脂色の光沢も鮮やかなサテンのプリーツに縁取られて、更に大胆に右肩から左の腰へとピンタックで変化をつけた太いリボンを流し、左腰の前で大きなリボン結びの飾りになっていて、そちらの方に目が行くから胸元から視線が逸れます。
既婚女性としてはちょっと可愛らしすぎるかもしれないけれど、既婚女性の方が誘惑が多いからパッと見未婚ぽい方が僕も安心なんです。
あと、何と言ってもマリアさんの可憐さと気品が際立つドレスだと思います。
僕の一推しです。
こう、何を着て行くかの相談の時に、さりげなくごり押ししました。
主に危険をなるべく寄せ付けないデザインというところで。
マリアさんはと言えば、額面通りに受け取って真剣に僕の主張に頷いてくれました。
僕が言うなって感じだけど、マリアさんも大概素直過ぎると思う。
警戒心が強いくせに、なんだかんだで絆されやすいし言い包められそうな危うさを感じてしまう。心配だ。
なんだかやっぱり心配だ。考え始めたら色々気になり出して、落ち着かない。
つい玄関ホールをうろうろして、急病になって休んだら駄目かなとか考え始めてしまった。
「キース様」
声を掛けられてハッと振り返ると、マリアさんが階段の上から微笑んでいた。僕一推しのドレス姿のマリアさんは、やっぱりとても素敵で僕は見惚れてしまう。静々と降りてきたマリアさんを階段下で迎えて、恭しく手を取った。
「今日も素晴らしく素敵です。髪型も良いですね」
「カチェリナが頑張ってくれましたの。髪型が崩れないようにと」
「うん、とても丁寧に細かく編み込んであります。一緒に編み込まれた細い金色のリボンがまた良いですね。マリアさんの栗色の髪にとても映えます」
いつもきっちり目に結い上げているマリアさんだけど、今日はリボンも編み込まれているから可愛らしさが際立つ。両耳の上でドレスに使われているのと同じシャンタン生地で作ったリボン飾りで編み込みを纏めてある。そして、その両側のリボンは二重の繊細な金の鎖で繋がっていて、後ろから見ると結い上げた髪のシニョンの下を曲線を描いて飾っている。
うん、ほっそりした首がとても綺麗だ。僕はマリアさんのうなじが好きだ。後ろから抱きしめると、いつも唇を寄せたくなる。
耳には金細工の蔓薔薇が揺れていて、薔薇の部分はルビーがはめ込まれている。首には美しくカットされた大粒のルビーを金細工の蔓草で囲んだデザインのチョーカーを身につけていて、甘めだけど可愛らしすぎない大人っぽさもある。
「まるで薔薇の精霊女王のようですね。しまったなあ、薔薇の刺繍の入ったクラバットにすれば良かった。どうしよう、ちょっと待っていてもらって良いですか?」
趣は違うけれど、黒で薔薇の刺繍が入った白いクラバットがあったはずだから、マリアさんにちょっと待ってもらって急いで換えてきた。
そんな感じで少しバタバタしたけれど、ほぼ時間通りに僕たちは出発した。
馬車の中では、今日挨拶しておきたい方々の確認と話題選びについて軽く打ち合わせをした。
それもひと段落ついたところで、今日の最重要確認事項に移った。
「それでは、もしもの時のおさらいです」
僕が真剣な顔でそう話し始めると、マリアさんも真剣な顔で頷いた。
「はい。わたくしも何度も確認しておきましたわ」
「では、まずは人目のある所で明らかに酔っていて怪しい男性が急に距離を詰めてきたら?」
「閉じた扇子で目を狙って叩きます」
「その通りです。目は鍛えられないところですし、咄嗟に庇いますから相手に隙が出来ます。その隙に逃げるか、人の注意を引いてください」
「その際は驚いてついやってしまったという感じにする、ですわね」
「そうです、そうすれば酒のせいでちょっと悪ふざけが過ぎた、ということで周りも本人もそれほど気にせず流してしまえます」
「はい」
「では、次に、人気のないところで、急に手首を掴まれるなどした、かなり危険な時はどうしますか?」
「掴まれたら必ず引っ張られるので、それに逆らわず、相手の力に乗って相手の顎をめがけて飛びます」
「その通りです。抵抗されることを想定しているので、そうなると相手はたたらを踏みます。うまくすればそのまま尻餅でも着く。でも、手首を握られたままだと逃げられませんから、思いっきって顎に頭突きです。
躊躇っちゃだめです、勢いに乗って思いっきりやってください。絶対手首を握る手が緩みますから」
「はい」
「最終兵器も持ってきましたよね?」
「もちろんですわ」
「なるべく僕も気をつけますけれど、どうしても離れる時もありますから。もしもの時は、すぐに助けを呼んで下さい。必ず警備の騎士が一定の間隔で配置されていますから」
「ええ、その時は躊躇わず叫びます」
お互いに緊張の面持ちで最終確認を終えた。
心配は尽きないけど、ベンたちにもマリアさんを見かけたら気にかけてくれるようにお願いしてあるし、きっと大丈夫だ。
うん。




