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 ベッドから出たくないなあと思う朝が増えてきた。日が昇ってから目覚めても慌てなくて良いのは楽だけど、騎士だった頃の慌ただしくも厳しい朝がちょっとだけ懐かしい。

 日に日に寒さを増すのと同時に年末に向けて忙しさも増してゆく今日この頃、なかなかゆっくりする時間が取れないから返す返すもあの時早朝デートに誘って良かったと思う。

 そうそう、僕が寝込んでいる間にマリアさんが作ってくれた優先度順にまとめてくれたリストはすごく助かりました。実は爺やが片付けてくれていた事も多かったんだけど、その気持ちが嬉しかったので感謝の印に文鎮を贈ろうと思う。色気はないけど、仕事にもずっと使ってもらえるものって考えたときに思いついたんだ。

 流石にマリアさんも文鎮は持参して来ていなかったから、今は書斎にあったちょっと女性にはいかつい軍船を模した青銅製のものを使ってもらっている。

 マリアさんの瞳の色に似た翡翠のものがあったら良いなと思って、いくつか心当たりの商会に問い合わせてあるんだ。婚礼衣装に合わせた翡翠のブローチと耳飾りは本当によく似合っていたから。

 そういえば母上がマリアさんに譲った翡翠の一揃いは帽子ピンもあったんだけど、なんとそれはマリアさんの希望で僕のカフスに生まれ変わることになった。カフスを選んで欲しいと僕が言ったことを覚えていて、悩んだ末にそう決めたって。

 

「王家所縁の品を譲って頂いたものですから、キース様の伴侶として認められた証でもありますし。一緒に身に付けて下さったら嬉しく思いますわ」


 だなんて、とても可愛らしいことをおっしゃって下さいました。

 仕上がって来たら、一緒に身に着けて舞踏会に出る約束です。残念ながら年内中には間に合わないけれど、今からとても楽しみ。

 ブラウニーさんたちの宴用の贈り物は、爺やたちからの情報を元にマリアさんと相談して決めた。一から考えるとかではなく、直接話す機会のある爺やたちからいくつか候補を挙げてもらってある中から選ぶ程度のことだ。

 それでも普段知らない彼らのことを知れるのは、楽しかった。

 うちの腕の良い料理人は子供が十人もいて、まだ四十手前だというのにもう孫が生まれるらしい。ちょっとブラウニーさんへの贈り物としては高価だけれど、お孫さんのために銀のスプーンを贈ることにした。彼の料理は本当に美味しいし、マリアさんも気に入っているからね。

 デルモットの下で働いている若い庭師さんたちには、作業に使える革の手袋や道具を収納できる腰鞄とか、今持ってなくて欲しがっているもの。

 その他の下働きの女性達には、手荒れに良いという羊の油で作った軟膏、それから蜂蜜の小壺を贈ることにした。

 そしてその包装は、驚いたことにマリアさんが率先して請け負ってくれた。

 簡単な麻の袋を縫って、慈善会用に作ったブローチの余りの材料で作った小花をあしらった紐で閉じる。贈り物の大きさに関わらず使い回しや仕立て直しがしやすいように少し大きめの大きさの袋で統一し、そこに感謝のカードを添えてはどうかと提案してくれたんだ。

 色々考えてくれてるんだなって、感心しきりだった。ナタリーも感心してた。こういう細かい気遣いは男の僕には無理だから、すごいって思う。

 ブラウニーさんたち、喜んでくれると良いな。


 ところであの早朝デートから五日ほどで、マリアさんは慈善会に出す用の刺繍で作った薔薇のブローチを頑張って完成させた。期限まではまだ余裕があったみたいだけど、余裕をもって終わらせないと落ち着かないみたいで。

 そういうところ、とてもマリアさんらしいなあと思う。決まり事はきっちり守るし、不測の事態に備えて前倒しで物事を進めていく感じ。

 夜更かしして疲れた顔だったけど達成感に満ちていて、それはもう誇らしげに朝の挨拶もそこそこに完成品を見せてくれた。こういうものには詳しくないけれど、とても良い出来だったと思う。

 ショールを留めるのに使ったら、きっと可愛い。

 早朝デートでマリアさんが羽織っていたのを思い出して言ったら、マリアさんは驚いた顔をした。

 マリアさんとしては、飾り気のない庶民の装いの胸元が少し華やかになったら良いかしらと思って作ったらしい。

 冬場はそういう使い方も素敵ですわね、自分用にも作ってみようかしら、なんて嬉しそうにしていた。

 そんな風にして忙しい中にも穏やかに時は過ぎて行き、今日はとうとう離宮の舞踏会です。

 デルフィーネ伯爵である義父上とは社交の場で何度も会う機会はあったけど、ゆっくり話す時間はいつもなかったから、予定を合わせて初日に出席することにした。泊まりになるので、離宮に隣の部屋を用意してもらえるように手配したんだ。

 当たり前だけど、離宮に部屋を用意してもらうのはアルマ子爵夫妻として、なので一部屋だけです。

 もし、夫婦別々に用意してもらうってことになると、それは一夜限りの恋人募集と受け取られるので大変危険です。

 なのでちょっと変則的ですけど、せっかくの機会ですし三人で話せる機会にできたらなーとか思ったわけです。

 結局ミラン兄上を招いて話を聞くという計画は、冬シャクを見に行ってくるという一言を残して失踪したので延期を余儀なくされました。今頃北のエッジェロ山脈の麓にいるはず。なんでも冬にしか姿を見られない蛾の仲間なんだとか。

 仕方ない、ミラン兄上にとって虫関係は全てに優先されるのだ。

 そういえば、ユーグは今どこにいるんだろう?

 馬鹿な騒ぎをどこかで起こしてそうな気がする。

 そんなことをつらつら考えていたら、ノックの音が響いた。


 僕はいそいそと立ち上がって扉を開ける。


「おはようございます、マリアさん」

「おはようございます、キース様」


 まず、僕がマリアさんの左頬に口付けをして、それからマリアさんがちょっと背伸びてして僕の左頬にキスを返してくれる。

 もう戸惑わない、すっかり馴染んだ朝の一連の挨拶だ。


「よく眠れました?」

「ええ」

「夜は長丁場になりますから、支度が始まるまでは今日はゆっくりしましょう」

「昼食後に少し午睡を取った方が良いと聞きましたわ」

「うん、無理に眠らなくても良いですけど、休んでおいた方が後々楽ですから」


 話しながら僕は今日は文机ではなく暖炉の前の長椅子へとマリアさんを誘った。

 マリアさんはちょっと首を傾げて僕を見たけど、すぐに合点のいった顔をして頷いた。


「そういえば、今年はもうお終いですのね」


 離宮での舞踏会から翌年の五日目までは手紙なども控えるのが礼儀だから、今朝は銀のトレーには一通も乗っていない。

 

 暖炉の火にあたりながら、久しぶりにゆっくりと時間を贅沢に使ってマリアさんとお喋りできる。

 そんな風な思いでマリアさんに微笑みかけたら、マリアさんもそう思ってくれたのかはにかんだ笑顔でそっと僕の手を握ってくれた。

 そしたら、それだけでなんだかとても満たされた気分になった。

 パチパチと爆ぜる火の音を聞きながら僕たちは何にも話さずに、ただ手を握り合ってお互いを見つめていた。

 途中でマリアさんが無言でぽんぽんと自分の太ももを叩いた。

 もちろん僕は何も言わず、恋人に甘えることにした。

 膝枕をしてもらって見上げたマリアさんの顔は、いつも通り恥ずかしそうで嬉しそうで。

 僕はとても幸せな時を過ごした。


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