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 喉を潤して広場の方に戻ると、また違った景色になっていた。

 広場の中央に三十人ほどの子供達の集団が見える。薪が積まれた荷車が五台ほどあって、その周りに集まっているんだ。


「あれはどういう集まりですの?」

「地区ごとのパン焼き窯は神殿の管轄だってさっき言いましたけど、そこで使う薪の管理をしているのも実は教会なんです。これから、あの子達はそれぞれのパン焼き窯に薪を届けに行くんですよ」


 基本統治者っていうのは、民が平穏無事に暮らせるように取り計らうことが一番大事な仕事になる。神殿も民の生活を支えてこその信仰だから、そこは上手く協力し合うのが一番良い。特に王都にはほとんど全ての神々の神殿があって、それに付随する修道院で職人の修行をする人が多い。つまり独り者が多い上に男が圧倒的に多いので、その衣食住を賄うには各方面が上手く協力し合わないと間に合わないんだ。でも悪いことばかりじゃなくて、だからこそとても良いこともある。

 僕が王都の住人の内訳の特色について簡単に説明するとマリアさんは興味を持ってくれたみたいで、例えばどういったところが一般的でないのかと質問が来た。


「王都の場合、中心部は人口が多いのもあって命に関わる水なんかも厳格に管理されています。中心部から外れた貴族の邸宅があるあたりはまた別なんですけど、基本的に井戸はだいたい二十世帯に一つくらいの割合で、管理もその区画ごとに住人たちがやります。

 薪も煮炊きには必ず必要になりますし、真冬には場合によっては命に関わる。薪を商材にしている商人もいますから全部じゃありませんけれど、庶民が主食にしているパンだけは貧しくてもきちんと手に入るようにその分の薪は神殿が管理しているんです。パンの元である小麦や、それから塩なんかは統治者である王家の管理です。この辺はどこの領地でもあまり変わらないと思いますから、マリアさんも知っていると思いますけど」

「興味深いですわ。デルフィーネでも確かに食料にする分はもちろん、種籾用の小麦や塩の管理も大事な仕事です。でも、水や薪に関しても同じくらい重要ですから、そちらの管理も領主の仕事ですわ。

 薪はともかく、井戸の住人に管理を任せているというのは驚きました。都市部では水の利用の状況も違うからこそなのでしょうけど」

「そうですね、ヴェルナ領でも基本治水を含めて水の管理は領主の仕事です。王都でも運河の整備とか治水関係は王家の管轄ですから、住人に任されているのは井戸だけの限定的なものです」

「やはり数が多いことが大きな理由なのかしら。デルフィーネだと一番栄えている街でも井戸の数は五十程度ですから。王都の人口は二十万ほどだったかしら?」

「中心部に限定すれば十五万くらいですね」

「それだと井戸の数は優に五百を超えますわね。それだけの数を管理するのは流石に難しいわ」

「まあそうですよね。補修が必要な時なんかはその費用は王家が出しますけど、住人に管理してもらった方が手間が省けるし、役人が管理するよりも大事に使ってくれるから」

「役人が管理するよりも大事に?」

「誰だって自分たちの財産は大事にしますよ。ただで使える他人の井戸より、多少金や手間が掛かっても自分たちの井戸の方が愛着もわくし、大事ってことです」

「なるほど、そういう利点もあるんですのね」


 マリアさんは感心したように僕の話に頷いた。

 ちょっとでもマリアさんの参考になったら良いなと思いつつ、なんでも素直に感心してくれるマリアさんにちょっと照れ臭い。

 これくらい騎士ならみんな知ってるようなことだしなあ。

 あんまりキラキラした目で見つめられると、なんだか純粋な女の子を騙しているような後ろめたさというか、恥ずかしさを感じてしまう。


 そんな微妙な罪悪感に目をそらすと、ちょうど待っていた奴らがやって来たのが見えた。


「お、来た来た。ほら、騎士学校の生徒です」

 騎士学校の濃い灰色の制服を着た少年たちが、子供達の元へ急いで走っていく。

 時間的にちょっと遅刻だぞ、あとであれは扱かれるなあ。


「子供たちと一緒に薪を配るんですの?」

「まあ、それもあるんですけど。あれは一応護衛任務なんです」

「護衛? 薪泥棒が出たりするんですの?」

「いやあ、こんな明るい王都の真ん中でそんなことする馬鹿はいないですけどね。あの子供たちを見て、何か気づきません?」


 マリアさんは僕の言葉に、じっと子供たちを観察する。


「年齢が幼い子ばかりですわね。少なくとも十は越えていないように思います。それに、皆同じような服を着ている?」

「その通り。あの子たちは孤児院の子供達です」

「孤児院の?」

「はい、大きい子たちは郊外にある孤児院の畑や神殿の手伝いをします。小さい子たちは、ああやって薪運びの手伝いをします。ちょっと一緒に行って見ましょうか」


 僕が誘うと、マリアさんは真剣な顔で頷いた。

 五つの班に別れた子供たちと騎士学校の生徒は、それぞれ大通りから目的地に向かう。その一つの班の後ろを、少し距離を開けて着いていく。

 道中、マリアさんは僕に熱心に色々と質問をしてきて僕はずっと喋りっぱなしだった。

 まずは、何故薪運びのお手伝いかということだけれど、それはパン焼き窯に着いてから説明した方がわかりやすいからと言うと、今度は服について聞かれた。

 近づいてみるとよく分かるけれど、子供達が着ている服はかなり不格好。毛織の外套は目の詰まり方が均一じゃないし、丈も右と左で違っていたり、色むらが酷かったり、とにかく何かしら不出来な感じがするものだ。それは靴もそうで、なんだか左右が揃っていないように見えたり、縫い目が曲がっていたり。


「それはですね、職人の見習の中でも駆け出しの人たちが作ったものを着てるからです」

「古着ではないんですの?」

「王都でも神殿は古着の寄付を募りますけど、王都には王都ならではの事情がありまして、そのまま孤児に与えるには問題があるんです」

「どのような?」

「古着が綺麗すぎるんです。商売人が多いですからね、身綺麗にするのが当たり前なので、田舎だとまだまだ着れる服も古着として出されるんです。普通は補修しないとどうにもならない、ボロボロの古着二着で良いところを継ぎ接ぎして一着仕立てるとか、そんな感じです。だから、孤児が着るには綺麗すぎるんです」

「……それのどこが問題ですの?」

「まっとうに仕事をして、まっとうに子供を育てている夫婦が、自分達の子供より孤児の方が良いものを着ているのを見たら、どう思うと思います?」


 マリアさんは、ハッとした顔をしてそれから渋い表情になった。


「王都は地方からも人が出入りしますからね。王都で寄付された古着は他領からの買い付け人に売られます。その売り上げで安い生地や革なんかを買って、駆け出し見習い職人の教材になるんです。

 だから見ての通り不格好でしょう? でも、誰かが着てくれるものを作れるということはとても駆け出し職人にとって励みになるし、職人を育てる神殿側も費用面を含めて助かる」

「すごいわ! 良いことしかないように思えます」


 マリアさんは目を輝かせて感嘆の声を上げた。気持ちはわかる。

 僕も最初に色々知った時は、感動したからなあ。実際、すごく良く考えられていると思う。


「でも残念なことに、それは王都だから上手くいっているっていう部分が大きいですから。あまり参考にはならないかもしれないですけど」

「そんなこと無いですわ、こういうことを知れただけでも嬉しいです」

「そう言って貰えると、こちらも嬉しいです」

「ところで、どうして護衛が必要ですの? ちっとも護衛が必要なようには思えないのですけれど。どちかといえば、荷運び要員では?」

「確かに一見そうなんですけどね」


 薪を積んだ荷車は騎士学校の生徒が押しているし、子供たちはその後に行儀よく並んで歩いて着いて行くだけだ。最後尾に逸れる子が出ないように騎士学校の生徒が二人配置されているところが、かろうじて護衛っぽいと言えなくもないけど。


「パン焼き窯についたら、それも含めてお話しします」


 僕がそう言うと、マリアさんはちょっと不満げにしながらも頷いて、それから今度は別の角度から王都が特殊なところはあるかと色々聞かれた。

 怒涛の質問責めに、僕は必死で頭を働かせたけどマリアさんを満足させられたかは疑問だ。知っていることは答えられるけど、質問されてみると案外知らないことも多くて結構冷や汗ものだった。


 でも、とにかくパン焼き窯の共同広場だ。そこをどうしてもマリアさんに見せたかったから。僕の、王都を故郷と思う一番の素敵なところだから。

 どんな表情を見せてくれるだろう?

 僕はわくわくしながら、子供たちの後ろ姿を見つめた。


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