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 マリアさんを怒らせた。

 落ち込んだ。

 

 楽しいはずの午前中の作業はそれで台無しになり、今日はそれから一言も喋ってない。

 

「なあ、ロック。やっぱり僕から謝るべきかなあ」


 予定では今頃マリアさんに、悪い男から逃げるちょっとした技の第二段を教えているはずだった。

 でも、現実はロックと二人でのんびりお散歩中だ。

 最近寝込んだのもあってロックを構ってやれていなかったし、風もなくて良い陽気の晴天だからこれはこれで良いんだけど。

 ヴェルナ家は王都の中心からだいぶ離れた東にあって、敷地を出て更に東に進むと小高い丘に出る。その奥は王家が管理している狩猟場が広がっていて、先月は何度か王家主催の狩猟会に参加した。

 ちなみに王家主催の狩猟会では猟銃の仕様は禁止で、猟犬と古式ゆかしい弓での狩りだったりする。

 好きな人は好きだけど、今時弓を常に訓練している貴族は多くないので、狩猟会と言うよりは狩猟も出来る乗馬会みたいな感じだ。

 かくいう僕も弓の腕前はさっぱりです。

 そのうちの一つにブロックフィールド家の後継である、例のリチャード君の兄君デニスさんも参加していて、話す機会があったんだ。

 御母堂の無礼を随分と謝られてしまった。その流れでちょっと歪んだリチャード君と御母堂の話を聞けたわけだけど、なんだか気の毒になるくらい顔色が悪かった。すっかり広まってしまったあの噂のせいで、デニスさんの婚約が危機に瀕しているらしい。

 若干罪悪感を覚えるけど、あれはどうやっても弁護しようがない事態だったからなあ。

 まあその危機も近いうちに回避されるはずだ。ベン達に忠告されたようにエドワード兄上や義父上にリチャード君のアレな事件を相談したら、さすがというか義父上は既にそれについて動いていた。

 簡単に言えば、ブロックフィールド子爵家は近いうちに代替わりがある。隠居した元子爵夫人はもう社交界には顔を出さなくて良い立場になるわけです。

 うん、僕としても顔を合わせたい人じゃないし、マリアさんもそうだと思うから良いことだ。結果的にブロックフィールド家も助かるわけだし。

 リチャード君の処遇については、最終的にどうするかはまだ話し合われている途中だ。


 確かに、平穏のためには引き離しておいたほうが良い関係っていうのはあると思う。最近知った衝撃の幼少期の事実なんかもあって、血縁だからって無条件に信じられるわけでも仲良く出来るわけでもないって実感したし。

 記憶喪失みたいなことになって心配させたせいで、僕の周りには親族関係だと優しい人たちしかいなかった。

 だから仲違いしていても誠実に向き合えば必ず応えてくれる、分かり合えるなんて思ってるお気楽野郎だったわけだけど。

 リチャード君とは絶対に親戚付き合いしたくない。マリアさんの前に姿を現さないでほしい。


「でも、マリアさんのお母上のことは、違うと思うんだよ。そりゃあ多少先走った感はなきしにもあらずだけどさあ」


 僕の話なんか聞いちゃいないロックは、小高い丘が見え始めると途端に走りたそうに落ち着きが無くなった。

 あー、そうねー、思い出しちゃうよね、狩猟会という名の乗馬会。狩猟会でもあるので気性が荒いロックも度が過ぎなければ許容されちゃうからね、気持ちよく駆けてたよね、僕は振り回され気味で大変だったけど!


「はいはい、分かったよ。でもあの丘の上までだぞ」


 僕は軽くロックの腹を蹴って、ご希望に添う旨を伝える。すると待ってましたとばかりにロックが駆け出し、僕は油断なく手綱を握って疾走する心地良さに身を委ねた。



 丘の上は少しだけ風があった。でも寒いというほどではなく、火照った頬には気持ち良く感じる涼風だ。

 僕はそこで小休止をとることにして、ロックから降りた。


「あんまり遠くへは行かないでね。頼むよ師匠」


 言われるまでもないという様子でブフフンと鼻を鳴らして、ロックは自由を満喫しに行った。



 丘の上から見下ろす王都の眺めは、一見の価値有りだ。

 白壁と橙色の屋根の家々が並び、そこから背高く抜きん出た尖塔を持つ中央神殿の屋根は青いタイルで、陽の光を反射して輝いて見える。

 晴天の青空の下で全ての色が際立って、贔屓目で描いた風景画よりも絶対に綺麗だ。

 他の国の首都は知らないけれど、僕にとっては間違いなく世界で一番美しい都。

 騎士として隅々まで歩きまわり、貧民街にだって知り合いがいる。

 僕にとってはヴェルナの地と同じくらい大切で、掛け替えのない故郷だ。

 デルフィーネの地も、同じくらい愛せたら良いな。

 マリアさんもこの眺めを愛してくれたら良いな。


「あー、もうどうしよう」


 結局マリアさんに思考が回帰する。

 僕は草の上にひっくり返って大の字になった。

 途端に視界が青一色に染まる。

 本当にめちゃくちゃ青いな。

 なんで空ってこんなに青いんだろう。

 今頃マリアさんは何してるのかな。

 なんだか寂しいよ。

 思った以上に、僕は傷付いてるみたいだ。


 マリアさんの口から家族について語られることが殆ど無いことは、気になってはいた。特に義母上については一度も聞いたことが無い。

 僕が知らない色んな事情があるのかもしれない。

 でも、僕が知り得た情報に価値が無いなんてことはないと思う。僕のために母上達が調べてくれたものだ。その上で問題ないとの判断が下されたのだから、マリアさんの母上は僕が義理の母上として慕うに値する人だ。

 マリアさんを産んでくれた人を、僕は家族として、マリアさんの夫として大事にしたい。

 だから挨拶だけでも今年中にしておきたいと思って、義父上とボーダル男爵に手紙を出した。結局体調が思わしくなくて、今年中には無理という回答だったけれど。

 

 “勝手に余計なことをしないで下さい!”


 マリアさんに投げつけられた言葉を思い出すと、泣きたくなる。

 言われた瞬間はむっとして、思わず言い返しちゃったんだけどさ。

 外から見れば夫婦なのだから、義理の母親に挨拶もしていないなんて常識的におかしいでしょう、それに対処しようとすることが余計なことなんですか、なんてさ。

 お陰で拗れちゃったよ。

 死にたい。

 なんてことだ、僕の心はびっくりするほど弱いらしい。

 今なら世を儚む薄幸の美少女にだってなれる気がする。それくらい感傷的になっているんだ。

 きっとマリアさんはそういうつもりじゃなかったと思う。

 でも、家族になることを拒絶されたみたいで辛い。

 この世の終わりくらい悲しい。

 何でもかんでも知りたいわけじゃない。マリアさんのことなら何だって知りたいけど、そういうことじゃなくて。

 思い出したくもない過去や、誰にも言えずに抱えたものなんて、誰にだって多少はあるものだ。

 傷口を抉って、それで相手を知った気になるような愚かな真似をしたいわけじゃない。

 でも、もっと深くマリアさんの人生に関わりたいんだ。

 傷口をそっと見せてくれるくらいには、近くに置いてほしいんだ。

 

「あーうー、空の青さが目にしみるぞー」


 青が滲む前に僕は急いで目を閉じて、言い訳をする。

 情けないな、今の僕は子供みたいだ。欲しい欲しいばっかりで。

 きっと心情的にとても繊細な配慮が必要な部分なんだと思う。マリアさんにとって母親との関わり合いというものは。

 急いだりしちゃいけない、そういうものなのかもしれない。

 でも、傷付いた僕の心はどうしてくれるんだよって思う。

 全然理性的に考えられなくて困る。

 足りないんだ、君の特別が。

 今よりももっと、君にとって特別な僕になりたいよ。

 誰かに否定されれば傷付くけど、死にたくなったりしない。

 僕だってガラス細工の心なんです、局地的に。

 僕の生死を握っているんだから、ちゃんと自覚して慎重に扱って欲しいんです。

 ああ、また欲しいって言った。

 ダメダメだ。

 理性は謝れって言う。

 でも不貞腐れたヘボ詩人殿は謝るなって言う。

 今のところ後者の方が優勢だ。

 お休みのキスがない現実に耐えられそうもないから、きっと折れちゃうけれど。

 今、この時くらいは主張しよう。

 傷付いた僕の心を甘やかしたって良いじゃないか。

 

「僕は! 謝らないぞ!」


 主張してみたけど、なんか涙声っぽくてすごく格好悪かった。

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