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先に弁解じみたことを言うと、僕はとても真剣に考えたということです。誤解しないで欲しいのですが、決してふざけているわけではなく、考え抜いた末にこの例えがあらゆる意味で妥当だと結論したんです。僕の情けなさや、素直というには残念過ぎる単純さや、そういった諸々を考え併せた結果です。
僕は長いこと蜂蜜をお預けされていた熊のようなものでした。子熊の頃夢中になっていた蜂蜜は、一度運悪く毒入りの物に当たってしまい、ひどい目に会いました。それからは怖くなってしまい、あんなに好きだった蜂蜜に手が出せなくなりました。でも蜂蜜を嫌いになったわけではないので、ずっと未練がましく蜂蜜の周りをいつもウロウロしていました。
そんな時、これは安全だよ、安心して好きなだけ食べて良いよと信頼している森の仲間みんなに言われた蜂蜜がありました。
大丈夫だと太鼓判を押された蜂蜜がもうすぐ届くと聞いて、熊はそれはもう浮かれて夢中になりました。本当に大丈夫かな、なんて不安に思ったのは最初のうちのほんの僅かな時間で、蜂蜜の到着を今か今かと待ちながら夢にまで見た蜂蜜の甘さを想像して幸せいっぱいに転げ回っていました。
それが婚約が決まってから婚姻式までの、僕の偽らざる状況です。
マリア・デルフィーネ。
最初に知ったのは名前だけ。一緒に説明書きも手に入れましたが、そういうのは割とどうでも良くて、書面上でしか知らない貴女の名前を胸の中で繰り返しながら僕は貴女に最初の恋をしました。
心の中で貴女の名前を呼ぶ度に、僕は踊り出したいくらい嬉しくて、あれこれ不安に思うことすら楽しくて、僕の無駄に良い血統が貴女の役に立つんだと知って誇らしくて、そうして確実に僕の心に貴女の名前が刻まれていきました。
それから先はもう、加速していくしかありませんでした。名前だけでもそれだったんですから、文通を始めてからの悪化は凄まじいものでした。
悪化というと聞こえが悪い気がしますが、当時を思い返すと勝手に緩んでしまう人には見せられない自分の顔を想像すると、やっぱり悪化であっていると思います。
文通しながら具体性を少しずつ増していく想像上の貴女に恋をし、実際に貴女に出会ってその姿に恋をし、その声に恋をし、今まで抑圧していた分だけ、それはもう自分でも思い返すと呆れるほど僕は全力で恋をしていました。
でも、なんというか多分それは、貴女が言うところの事故ではなく事件だったのかもしれません。僕は恋に恋するように貴女に焦がれていたから。
この時点ではまだ、もし別の人が僕の伴侶として充てがわれていたら、同じようなことになる可能性は高かったと思います。貴女の懸念も不安も、その点では的を射ていたと思います。
けれどこれだけは言っておきます。僕が貴女に向けた優しさや気遣いがずっと同じだったかと言えば絶対にそれは違います。それは僕の今信じている僕の恋の名誉にかけて絶対違うと主張します。
だって僕はそれからちゃんと、恋に落ちましたから。恋に恋するのではなく、ああ、僕は今恋に落ちたなと自覚した瞬間があったんですから!
それが何時だったかは、教えてあげません。僕を疑った罰です。
嘘です、恥ずかしいので書けません。それにあれは本当に掛け替えのない宝物のような瞬間だったので、誰にも見せないで内緒にしておきたい気もするんです。
でも、貴女が僕の手を握って、僕の目を見つめて、知りたいとおっしゃったらすぐにでも白状するかもしれません。僕は貴女の前で隠し事が上手くできませんから。
僕の気持ちは、既に貴女に表明した通りです。
たとえ決められた伴侶であろうとも、そんなことは最早些細なことでしかありません。
だってもう、大人になった僕の世界を照らす太陽は昇ってしまっていて、それはもう取り替えのきかない唯一無二のものですから。
別人のように変わってしまったのは、僕もまたそうです。
恋に落ちたばかりの頃は、たとえ思いを返してもられなくても貴女が笑ってくれるならそれでいいと思っていました。僕に恋をしてくれなくても、何時か生まれてくる僕たちの子供を間に置いて、穏やかな親愛の絆で結ばれればいい。
そんな綺麗事を考えていました。
でも、今はそんなことでは全然足りないんです。
こんなにも僕にとって貴女は特別なのに、貴女にとってはそうでないなんていうことは耐えられない。見返りを求めてしまうことを止められない。
お行儀の良い人形でなんて、とてもじゃないけどいられないんです。
貴女をガラス細工よりも大事に扱いたいのと同じくらい、貴女が傷付いても構わずに貴女の全てを奪ってしまいたいと思っているんです。
察しの良い貴女だからもう気づいているのではないかと思いますが、子供時代の僕の太陽はユーグでした。
貴女に試すようなことをして悪かったと伝えてくれ、そう頼まれました。
でも、許さなくて良いです。
今でも僕はユーグのことは好きではありますけれど、それとこれとは話が別です。僕はこと貴女のことに関しては心が狭いので、絶対何時か一発殴ろうと思っています。悔しいけど顔も良いし、貴女は靡かないと信じていても僕が憧れたあいつは良い男なんです。近付かないで下さい。
キャロにだってあまり近付いて欲しくないくらいです。エペローナに執心していた貴女だ、妹のような存在に弱いのは分かっています。
本当に自分でもびっくりするくらい、嫉妬深いです。
貴女が僕に想いを寄せてくれていなかったら、きっと死ぬまで隠していたどうしようもないドロドロした気持ちです。
でもあんな手紙をもらってしまったので、開き直りました。
僕の優しさが壁なんて言うなら、遠慮なくぶち壊します。まだ怖いと言うなら、忠犬のように待ちます。
好きな人の前では格好つけたがる馬鹿な男なので、いくらだって貴女のためなら我慢できる。
でも、たまに暴走するのは許して下さい。
ああ、なんだか取り留めのない内容になってしまいました。
貴女の手紙に比べると悲しい出来栄えです。
でも、この上なく僕らしい手紙なので、これで良いとして書き直さずにおこうと思います。
実のところ、もう既に五回書き直していて、ちょっと集中力と体力の限界を感じてきました。
もう一つ、どうしても書いておこうと思っていた事柄で最後にしようと思います。
貴女が手紙に書いてくれた一緒に道なき空へ飛び立ちたいという言葉が、僕はとても素敵だと思いました。貴女は義父上の娘なんだなあとしみじみと思いました。
早く貴女と会って、その話をしたいです。飛びたい空を貴女と一緒に見つけたら、義父上に自慢しに行きたい。
僕も貴女と一緒に並んで朝日の昇るのを見たいです。一度と言わず、何度でも。
中央神殿の一番高い塔の上に夜のうちに忍び込んで、王都の誰よりも早く一緒に最初の朝日を見つけたい。
アルマやヴェルナの地の僕の大好きな場所でも、全部一緒に見たい。貴女の故郷で、最高の日の出を見れる場所を一緒に探したい。
貴女と出会ってから僕はずっと、素晴らしい冒険の旅の途中です。
貴女に早く会いたくて仕方ない、恋する愚か者に成り果てた一人の男より




