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「お前と俺は叔父と甥だ。でもな、実質兄弟だし、お前は俺の弟だ。

 物心ついた時には俺の後をついてくるお前がいたし、俺の言うことはどんな馬鹿馬鹿しい嘘でも全部信じるし、何でも俺と一緒にやりたがって英雄に憧れるような目をして俺を追いかけ回すし、俺が無茶やらせるとすぐにぶっ倒れて寝込むくせに全く懲りないし、どう考えても世界でお前が一番好きなのは俺だった。

 ハーマンも最初はそうだったが、あいつはお前より年下のくせにすぐ知恵を付けて俺に騙されなくなったから可愛くなかった。

 父上にお前が古代文字を教わり始めたのも、俺が父上に付き合わされるのが嫌で押し付けたからだし、お前は馬鹿正直に教わった内容を俺に毎回報告してきて、俺が褒めてやるとますますやる気になって父上に教わりに行ってた。

 その間俺はお前から解放されて、自由を満喫した。

 だから本気で腹が立った。

 キースが媚び売ってるのは父上にじゃない、俺にだ!」

「そこかよ!?」


 僕の突っ込みにもユーグは止まらなかった。

 そうだった、ユーグってこういうやつだった。口が悪いし、割と傍若無人。

 子供の頃、そこがすごく格好良く見えたんだった。


「お前が俺より出来が良くても気になんかしたことなかった。むしろ俺のお気に入りの子分すげえだろっていう気分で自慢しまくってた。それを曲解しやがったんだよ、あのクソ婆」

「いつの間にか弟から子分になってるんだけど」

「あの後、すぐにお前も俺も隔離されたから大人の間でどういう話し合いがあったのかは知らない。気がついたらお前は俺より良い点数取らなくなってて、父上のところに古代文字を教わりに行かなくなってて、更には離れに追放された」

「いやいや、ちょっと待ってよ。僕は最初から離れの住人だったけど?」

「そっちの方が間違いだ。少なくともあの日まではお前はあっちで俺やハーマンと一緒に育った。ハーマンは俺よりお前に懐いてたから、お前がいなくなってうざいくらい泣いてたんだぞ。

 俺には信じられなかった。俺からしてみれば、世界がクソ婆の言いなりになったとしか思えなかった。何もなかったみたいに普通にしているお前も、お前を追い出した父上たちも。

 今なら追い出したんじゃなくて離れに保護したっていうのは分かるけどな、当時の俺にはそんなこと考えられなかったし、お前はお前で相変らず俺の言葉は何でも信じるくせに、あの日の話をしようとすると難聴になるし、訳がわからなかった。

 だから俺は世界に反抗することにした。あのクソ婆の思うようにはさせない、絶対に跡取りはキースに押し付けて吠え面かかせてやる。

 俺は後継に相応しくないと主張する活動を始めた」

「え、でも授業は真面目に受けてたよね?」

「そこは例外だ。サボるとセロリだし、オヤツが取り上げられる」

「すごく子供らしい理論」

「そうだ、俺は子供だった。だから俺が考えた活動のほとんどはお前とハーマンを巻き込んだ悪戯大作戦だった。でもそのうち目的を忘れて、悪戯三昧の日々に夢中になった。

 それでその悪戯にも飽きてきた頃、いきなりお前が居なくなった。騎士学校とかいう難攻不落の砦に攫われた」

「まさか侵入しようとしたの!?」

「当たり前だ、子分が攫われたら取り返しに行くのが親分だろ。だがしかし、あの筋肉の壁は越えられなかった。仕方ないから路線変更をすることにした。

 無気力で退廃的で、父上が嫌いそうなやつ。

 俺もお年頃になりつつあったし、そういうのが格好良いなんて思ってたしな」

「絶対後者の方が大きいだろ、それ」


 そこでようやくユーグが止まった。

 僕は突然の思わぬ話に頭が追いつかなかったし、まだ熱もあったからなんだかぼうっとしてしまった。

 全然覚えてないけど、小さい頃僕はそんなにユーグが好きだったのか。というか、可愛がってる子分に嘘吹き込むなよ。

 あの日のことっていうやつも、これっぽっちも思い出せないから自分のこととはまるで思えないけれど、これだけユーグが言うんだから、本当なんだろうな。

 ああ、でもうん。

 懐かしいな、確かに僕はユーグに憧れてた。格好良くて、先頭に立つユーグをハーマンと一緒に追いかけて。どこで覚えてくるのか口の悪いのが似合ってて。

 なんてことを考えていたら、子供の顔から大人の顔になったユーグが落ち着いた声でまた話し出した。


「あのな、キース。お前は全部忘れてるみたいだから今更なんだと思う。

 でも、俺は忘れられなかった。

 どうしても納得いかなかった。それまで俺よりずっと簡単に解いていた問題を解けなくなって怒られているお前も、それを受け入れてしまっている周りも、寂しいくせに何も言わない父上も、何もかも気に入らなかった。

 成長して色々なことが分かるようになっても、納得いかなかった。お前が俺より出来が悪い方が対外的に波風立たないとか、父上とお前が近すぎると周りが馬鹿なことを言い出すとか、平穏が一番だとか、理解はできてもそんなもの糞食らえ、ふざけんなとしか思えなかった。

 でも、収まるところに収まっている今のままで行くのが一番良いんだってことも分かってた。なんだかんだ、父上の跡を継いでヴェルナの地を守って行くことは覚悟もしてたし愛着もある。

 お前もとうとうお婿に行ったし、そろそろ潮時かとは思ってたんだ。ただ、最後の最後で踏ん切りがつかなかった」


 ずっと長いことユーグが気にして心を痛めてたんだなってことは、伝わってきた。思い出せないから、いまいち実感がないけれど。

 心を痛めるっていうのが全然ユーグに似合わなくて違和感すごいけど。

 でも、ユーグの立場で想像してみたら泣きたくなった。

 ごめん、ユーグ。僕が忘れちゃってたから、もう気にすんなよって言ってやれなかった。


「それでな、そんな俺に引導を渡してくれたのがお前の嫁さん」

「えっ、マリアさんが?」


 まさかの人物がユーグの口から出てきて、僕はびっくりした。

 

「お行儀の良い人形にもなれず、徹底抗戦もできない半端者ってバッサリやられた」

「ちょ、ユーグお前何言ったんだよ、マリアさんにそんなこと言われるなんて!」


 基本的に優しいマリアさんが、そんなこと言うなんてよっぽどだろ!

 一気にしんみりした気分が吹き飛んだ!

 そしたらそんな僕を見て、ユーグが笑い出した。


「あーもう、馬鹿みたいだな俺。結局お前は忘れたフリしてたわけじゃなくて、本当に忘れてるし、全然犠牲になんかなってないし、幸せそうだし、もっと早く確かめときゃ良かった」


 今までのアンニュイ貴公子何処行ったんだってくらい、スッキリした顔のユーグを見て思った。

 悪かったよ、そんなに気にしてたなんてさ。忘れてて本当ごめん。

 でも、だからって拗らせすぎじゃない? お前幾つだよ。


「なんかごめん。でも一つ言っていい?」

「なんだよ」


 僕が騎士学校に入ったのって十年以上前だ。


「反抗期長すぎ」

「お前のせいだ、反省しろ」

「でもなんかホッとした。やっぱりユーグは今の方が良いよ。昔に戻ったみたいでさ」

「そうだ。お前なあ、嫁に俺のこと勇者ユーグとか言うのやめろよ。恥ずかしいだろ」


 あれ? 思い出話した時に言ったっけ?

 でも、散々小さい頃に弄られまくったらしい僕としてはやり返すのもやぶさかじゃないな。


「分かった、思い出せる限りの勇者ユーグの英雄譚を話しておく」

「ふざけんな」

 

 頭を軽く小突かれたので、病人は労われと言ったら子分の分際で生意気だと返された。

 

「もうお前だって子供じゃないし、あんなことは無いと思うけどな。

 二度とすんなよ。

 あの時は無意識だったんだろうけど、自覚があれば違うだろうし。俺ですらこれだけ拗らせたし、大人だってみんなお前のことを心配したんだ。俺たちの悪戯に寛大だったのは、きっとそのせいだろうな。あれだけ色々やらかしても、俺やハーマンが離れに遊びに行くことを禁止されたりもしなかったし」


 そう言われて、僕は初めて家族みんなに、それから爺ややナタリー達に心配かけたんだなってことに気がついた。

 僕は随分甘やかされて育ったんだな。

 贅沢者だって、マリアさんに言われるわけだよ。


「何かあった時、嫁さんを悲しませるような選択はすんなよ」

「そんなの、言われるまでもないよ」

「それから嫁さんに伝えてくれ、試すようなことして悪かったって」

「試したってなんだそれ。本当にユーグお前何したんだよ」

「それはキャロに聞け。危うく成敗されかけた」


 肩をすくめながら立ち上がるユーグを、僕は胡乱な目で見上げた。

 成敗されかけるようなことしたんだな。

 よし、完治したら一発殴ろう。


「俺はしばらく冒険の旅に出る」

「は?」

 

 またユーグが訳のわからない事を言い出した。


「勇者ユーグの新しい冒険譚をキャロがご所望なんだよ。そんなわけで、父上達によろしくな」

「えっ、ちょっと待てよ、それって家出って言わないか!?」

「じゃあな」


 慌てる僕にお構いなく、ユーグは意気揚々と出て行った。

 僕は深くため息をついて、それから体をベッドに深く沈めた。

 頭が鈍く痛む。

 絶対、熱が上がってるなこれ。

 勇者とか言う前に病人労われよ。


 閉じた両目を、右の手の甲で覆う。

 目尻から涙が滲んだ。


 もう、ユーグは僕の勇者じゃない。

 それが悲しいわけじゃないし、辛いわけじゃない。

 ただ、勇者ユーグは僕の子供時代に輝く太陽だった。

 もうとっくに終わっていた僕の子供時代の最後の残照。

 惜別の情が、静かに胸に広がるだけだ。


 頑張れよ、ユーグ。

 今度は一体誰の勇者になるんだろうな。




 その翌朝、一通の手紙が僕に届いた。


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