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 ベンが話してくれた内容は、その悪い予感が大的中って感じだった。

 要約すると、青髭さんの姉が嫁いだ子爵家はボーダル男爵と割と大きな取引があり、甥っ子は実家のこともあってリチャードの奴隷扱いに逆らえなかった。リチャードがいずれ自分はデルフィーネ家に婿入りしてボーダル男爵の商会も継ぐとかなり強く匂わせていて、甥っ子と同じような理由で逆らえない見習いが数人いた。そういう鼻は驚くほど利くらしく、利害関係の薄い他の見習いや上には完璧な外面の良さを見せていたらしい。

 奴隷扱いされた内で一番気が弱く、お人好しだった青髭さんの甥っ子は特に虐げられていた。

 自分の分の仕事と押し付けられた仕事で睡眠時間もろくに取れず、持ち物を取り上げられたり、影で暴言や暴力も振るわれたりもしていたらしい。文官見習い用の寮住まいだった甥っ子は誰にも相談できず、自殺未遂を起こすまでに追い詰められてしまった。

 幸い命は取り留めたものの、身も心もボロボロの状態で叔父である青髭さんのところに引き取られた。

 まともに話すことも出来なくなっていた甥っ子を献身的に看病したのは青髭さんの奥さんで、仕事が休みの時は青髭さんも必死で甥っ子が生きる気力を取り戻せるようにあれこれ心を砕いたそうだ。

 その中で甥っ子に何が起こったか、ポツリポツリ話してくれるようになった。当然青髭さんは激怒してリチャードを呼び出し、問い詰めた。


「そしたら、悪びれもせずにこう言ったって。自分は出来の悪い甥っ子君を同期のよしみで鍛えてあげようと親切にしただけだ。あの程度のことに耐えられないなんて欠陥品だろう、自分を責めるのはお門違いだとね」

「うわぁ……御母堂もちょっとアレな人だったけれど、それに輪をかけて酷いなあ。確かに強烈な選民意識を持っている人はたまにいるけど、それとはまた違う感じ?」

「だよな。昔のユミルも酷かったけど、そいつに比べたら遥かにマシだった」


 ユミルは名門公爵家の三男で、騎士学校時代は本当に色々やらかしてくれた。今でもちょいちょい選民思想が見え隠れするけれど、友人として付き合える程度には落ち着いた。


「ユミルは馬鹿だが根は悪い奴じゃないだろ。比べるのは可哀想じゃねーか?」

「陰湿さはないからな、ユミルは。文官の世界は結構陰湿だって聞くし、確かに珍しくない事態のかもな」


 騎士になったら、たとえ公爵家の子息だろうと上の命令には絶対服従だから、出自で偉そうになんてしたら即鉄拳制裁だ。学校だと特にそれは徹底していて、まず家名を名乗ることが禁止だし。

 文官だとその辺の意識が貴族社会の上下関係に準じたものっていう感じだ。


「そもそも貴族社会自体が陰湿なとこあるから。ある程度強かに立ち回れないと厳しいよ。そのイジメがなくても、遠からず潰されてたかも」


 僕が言うと、ピーターは不機嫌そうに胸糞悪いと吐き捨てた。ベンはそんなピーターの肩を落ち着けよと叩いてから僕に聞いた。


「で、ジョンの方は何か新しい情報ある?」

「僕の方はブロックフィールド家の跡取りの長男と少し話す機会があったよ。随分真面目そうな人だった。その時聞いた話からすると、リチャードの性格が捻じ曲がったのは、多分ご母堂の影響が大きいと思う」

「デルフィーネ伯爵の実の妹だったか」

「そう。夫人はデルフィーネ家にひどく執着してて、長男ほったらかしでとにかく次男のリチャードを婿に送り出すことだけに熱中していたらしいんだ。執着の原因は色々根深いみたいで、濁されたけど」

「ああ、お前の結婚式で何かやらかしたんだって? 社交界から締め出し食らってるらしいな、あちこちで噂されてるぞ」

「ピーター、お前まだ知らないのかよ。あのイングリット殿下の前でご子息様をどこの馬の骨扱いしたんだぜ」

「まじかよ。せめてどこのジョン・ジョンビルくらいにしときゃ良いのに」


 心底呆れ驚いた顔でそう感想を述べるピーターに、僕とベンは笑った。


「ユミルのやつのそういうセンスは良いよな、振り返ればジョン・ジョンビル」

「確かにね。自分でもぴったりだと思う」


 ジョン・ジョンビルは間抜けな田舎男爵って意味だ。今となっては笑い話だけど、ユミルは僕を弄りまくってたイジメっ子筆頭だった。

 僕は後ろ姿だけは派手な金髪もあって、良い感じの貴公子に見える。ユミルがそう呼んでから、僕のあだ名はずっとジョンだ。今では結構気に入っていたりする。


「僕の方はそのくらいかな。子爵領の経営の方は数字で見る限り順調みたいだし」

「んじゃ次は俺な。青髭さんが捩じ込んだ一件で、奴は仕事場では自重するようになったらしい。青髭さんだって伊達に副隊長やってねえから、裏から手を回して見習いがいない部署に配置換えさせられたからな。それで、どこに鬱憤ばらしの矛先が向いたかと言えば、花街のお姉さんだよ。分かってると思うが、ここから先は俺が話したことは内密にな」


 手紙には書けないと綴られていた内容は、騎士団内部から出すのは御法度の情報だ。危ない橋を友人に渡らせたことに申し訳なく思いつつ、僕は真剣に頷いた。


「奴はさ、そこそこのランクのある娼婦に通常の五倍近い料金を払ってかなり際どいことをやっていたらしい。傷が残るようなことはされなかったし、金払いが良いから、最初のうちは良い客だったんだろうよ。頻度もまあ月一程度で、イカれ趣味の貴族って括りだったら可愛いもんだ。んで、ここ半年指名は無かったそうだ。お見限りかと思っていたところで、久々の指名が入った。

 デビュタントの舞踏会の二日後、つまりお前の結婚式の翌日だ。支払われた金は相場の十倍で、その次の日に死ぬ一歩手前って酷え状態で発見された。金は払っているし、相手が娼婦だから事件性はないともみ消されているけどな」


 話が進むにつれて、血の気が引いて行くのを自分でも感じた。


 何だそれ、何だそれ!!


 僕は、初夜のマリアさんの怯えた様子を思い出して、絶対何かあったと思った。あんな、死を覚悟したみたいな、必死な顔をさせた男の一人だ、絶対そうだ。


「……被害者の外見的特徴は?」

「年齢は二十二、中背、痩せ型、瞳は緑、髪は栗色」


 冷や汗でべとつく手を握りしめ、僕は呻いた。


「やっぱり共通点多いか?」


 気遣わしげなベンの問いかけに、僕は辛うじて頷いた。

 ぶっ潰す。それしかない。


「もみ消したのは奴の所属していた法務局だ。あそこは隠蔽体質が酷いからな。その一件で多分奴は厄介払いされて、国土局に飛ばされたんじゃないかってのが俺の予想。詳しいことはユミルに聞いた方がいい」


 絶対ぶっ潰す。特に股間。


「おい、ジョン。しっかりしねーか!

 実質的に奴は今野放しの状態だぞ、青くなってる場合じゃねえ。

 出来る限り手を打っとけ。

 コネでも親の権力でも何でも使えるもんは使っとけ。

 ああいう奴は、確実にまたやる。分かるだろ?」


「分かってるよ、ピーター。

 でもちょっと待って。今は潰すことしか考えられないから。物理的に」


 僕は脳内で一通りリチャードの股間を物理的にぶっ潰す想像をして怒りをやり過ごした。

 拉致して物盗りに見せかけた上でぶっ潰す。

 事故に見せかけてロック師匠の蹴りでぶっ潰す。

 天罰的な何かでぶっ潰す。

 何が何でもぶっ潰す。

 

「それだと片手落ちだろ。やるなら精神的にもぶっ潰せって」

「それもそうだね」

「お前ら、おっかねーな。まあ同意するけどよ」


 少し落ち着いてきた僕は、なんだか妙に感覚の鈍くなった気がする両手を開いたり握ったりしながら働かない頭を動かそうとした。


「使えるものは何でもって言うけど、立場的に個人的な思惑で力を使える人たちじゃないから。思いつく限りの手は打つつもりだけど」


 母上たちにそれをさせてしまうと、どこかに借りを作らせてしまうということになったり、弱味を握られる状況になりかねない。もちろん、その辺は見極めて動いてくれると思うけれど、それを最初から期待して頼るのは情けないし、違う気がする。


「それでも、相談くらいはちゃんとしとけ。いざという時の保険を掛けるつもりでよ。俺らも協力できることはするし。なあベン?」

「そうそう。何か起きてからじゃ取り返しがつかないだろ? でもまあ、自分の手で守りたいってお前の気持ちも分かるよ。惚れてんだな、嫁さんに」

「……惚れてるよ」

「なら尚のこと用意周到にやらないとだろ? 奴は嫁さんの従兄弟で実の叔母の息子なんだから、表沙汰にするなら上手くやらないとお前と嫁さんの継ぐデルフィーネ伯爵家に飛び火するぞ」


 なんだかんだ親身になってくれる二人の言葉に、僕は頷く他なかった。言われてみればもっともだし、やっぱり僕は貴族としては全然なってないなと思った。二人の方がよっぽど貴族社会で生き抜く方法を知ってる。


「平和ボケしすぎだよね、僕は」

「お前と違って俺らは貴族社会では底辺だからな、危機感持って日々生きてて当然だろ」

「これでも頭使って生きんてんだぜ? 筋肉じゃ乗り越えられない壁ってやつが貴族社会にゃ多すぎるからな」

「まあ何にせよ、個人の問題じゃなく家の問題にしてしまうことだ。それが出来ればより効果的に家の力が使える」


 悪巧みをするようにベンがニヤリと笑い、ピーターは気合い入れろよと背中を叩いてきた。今度は流石に避けられなかったので、僕は痛みと衝撃に盛大に咽せることになった。


 


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