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 久々に騎士団を訪れた。前に来た時は夏の盛りだったから、だいぶご無沙汰だ。受付を済ませて対応してくれた顔馴染みの事務員と雑談をしていると、程なくして元同僚の友人達がやって来た。

 平民出身のピーターと伯爵家三男のベンだ。

 先に僕に気付いたのはピーターの方で、筋肉隆々の腕を振り上げてどら声を上げた。


「よう、裏切り者! 元気か?」


 暑苦しいピーターを懐かしく思う日が来るなんて予想外だよ。

 僕が軽く手を挙げて応えると、ピーターの隣にいたノッポも笑って肩を竦めた。

 ベンはヒョロっと背が高くて、ピーターと並ぶと視覚的な主張が強い。

 目立つ二人組だ。


「やあ、ジョンの癖に幸せそうだな」

「ほんとにな」


 肩をどつこうとする二人の手をささっと避ける。

 ベンはともかく、ピーターにやられると下手したら脱臼する馬鹿力だ。

 チッと舌打ちされたけど、それすらちょっと懐かしい僕は笑いがこぼれた。


「二人とも相変わらず元気そうだね」

 

 ジョンていうのは、僕のあだ名だ。非番の二人は外出届どころか外泊届も出しているらしく、今日はとことん付き合えなんて言われてしまったけど、帰るからね。


「陽が落ちる前に帰るよ」

「何だよ、付き合い悪いな。さすが裏切り者」

「後からユミルが合流したいってさ、夕飯くらいまでは付き合えって」


 あいつが来るなら仕方ないかな。事務所に家への伝言を頼むと、騎士学校の制服を着た少年が呼ばれた。


「第六学年、タヒルア寮十二番、エイムです!」


 現役騎士の友人二人を背後に従えた僕に、エイム君は緊張気味だ。ちょっと赤味を帯びた焦げ茶の髪がユミルに似ている。


「僕はキース・デルフィーネだ。ヴェルナ侯爵家の場所は分かるかい?」

「はい!」

「離れで執事をしているロウィー・ベレスに伝言だ。夕飯は必要ない。帰宅は深夜に及ぶ可能性がある。以上だ」

「復唱します! 目的地はヴェルナ侯爵家、東第三地区五番! 別棟執事、ロウィー・ベレス氏が目標! 伝言内容は夕食の不要、帰宅時間は深夜に及ぶ可能性あり! 伝言主はキース・デルフィーネ氏!」

「よろしい。では頼んだよ、エイム君」

「はい!」


 走り出すエイム君の後ろ姿を見送りながら、僕はちょっと感傷的な気分になった。


「懐かしいなあ」

「もうかよ、新婚の余裕か」


 そんな風にピーターに笑って小突かれた。


「いや、そうじゃ無くて学校時代の雑用係の方。学校卒業してもそのまま騎士に移行だったからさ、しみじみ懐かしがる余裕がなかったというか」

「お前鈍臭いからなあ。五年経っても新人騎士かって思うくらい上官の前で緊張するし」

「まあジョンだからね」

「煩いよ、お前ら」


 騎士学校の生徒は、六年以上になると雑用係として交代で騎士団に派遣される。比較的平和な王都ではあるけれど、犯罪がないわけじゃないし、住民同士のいざこざも結構あるので、時間通りに仕事が終わらないことも多々ある。

 そんな時、雑用係は伝令の訓練も兼ねたメッセンジャーとなるわけです。寮住まいの場合は必要ないけど、既婚者で家を構えている上官なんかが良く利用する。

 その他にも仕事で手が離せない時に買い物を頼んだりとか。

 王都の地理を良く覚える為でもあるので、あんまり意味の無いお使いもたくさんやらされる。

 例えばどこそこの何屋さんの看板娘の今日の服の色を確認する任務とか。

 それ絶対、あなたの気になる女の子ですよねってその任務出した先輩騎士に思った。

 そんな他愛なく、今となっては面白いと思える色々を話しながら、僕ら三人は健全にもラティアス植物園に入った。

 昼間から大の大人が入り浸れるような、楽しいお店は無い。いや、あるにはあるけれど、色々と差障りがあるので行かないし、行けない。騎士の収入は平民からしたら良いものだけど、貴族としてはもう悲しい感じだ。結婚を夢見ているなら散財なんてとんでもないので、騎士の休日はかなり地味なのが普通。

 夜も酒場で暴れたりしたら懲戒免職ものだから、大人しいものだったりする。平民出身の騎士もいるけれど、基本的に学校に入るのに馬が用意できるほど裕福で、伝手があるとなると貴族の縁戚であることはほぼ確定なので、平民が目にする貴族の最前線が騎士なわけだ。

 というわけで、騎士というのは第一に品行方正であることが求められる。犯罪者と戦うよりも、自分の心に巣食う悪魔の囁きとの戦いの方がよっぽど多いのであった。

 そんなわけで休日の気分転換の散歩先といえば、騎士団の本部からも近いラティアス植物園が定番なわけです。ここの植物園はグレースリー準大陸特有の植物を集めてあるところで、外から来る人向けに作った場所だ。地元民の僕たちからしたら、花が美しいとかそういう売りの無いとっても地味な場所になる。僕としては落ち着くので気に入っているんだけども。

 中央に噴水があって、その周りに配置されたベンチで一人でぼーっとするのが楽しみだった。今日はそのベンチに三人で座る。

 

「そんでまあ、色々調べてはみたんだけどさ。ヤバイぞ、リチャードってやつ」


 ピーターが話し始めるとベンも真面目な顔になって頷いた。


「がっちりブロックフィールド家の当主に根回しして釘刺しといた方が絶対良い」

「そんなに?」


 二人の余りの低評価にちょっと驚いた。二人とも他人に厳しい方じゃないし、どちらかというと寛大な質なのに。

 僕がピーター達に頼んだのは、マリアさんの婿候補筆頭だったリチャード・ブロックフィールドについての情報収集だった。

 横から掻っ攫った形の僕だから恨まれてそうだなと思うけど、ブロックフィールド子爵家とはこれからも親戚として付き合いは続く。僕自身マリアさんの婿になったかもしれない従兄弟は気になったから。

 結婚前から自分自身でも色々情報収集しようと思ったけど、ブロックフィールド家と接点のある貴族家でヴェルナ家と交流がある家が無いんだよね。

 結婚してからも僕とマリアさんが出席するのは義姉上や母上が吟味したものなので比較的格が高くて、社交範囲が重ならない。

 そもそも、一番情報を持っていそうな義父上が苦い顔をして話したがらないし。ジョスラン公爵っていう強大な肩書き持ちの我が母上の前で、実の妹に大失言されて伯爵家の体面に泥を塗りまくられたからなあ。

 まあそんなわけで、貴族家の次男以下が集まる騎士、文官の伝手を辿ってリチャードがどういった人物か調べて貰ったんだ。


「文官として働いているんだよね? 確か法務局」

「それは情報が古い。今は国土局だぞ」

「えっ、随分急だね」

「詳しくはユミルに聞け。あいつの従兄弟が部署違いで法務局にいて色々聞いて来たらしいから。とりあえずベンの情報から先に聞いとけ」


 ピーターに促されて、ベンはリチャードが文官見習い時代のことを話し始めた。

 文官になるには、騎士のように学校は無いが見習いとして現役の文官の雑用係になることが第一歩だ。基本貴族の子弟なので、最低限の教養はあるという前提だから、重要度の低い書類の整理や部署間の連絡係などから始める。そして半年毎に試験があり、官僚としての適正や理解度を測る。


「知ってると思うけど、この試験は難易度もかなり幅広くて点数が相当バラける。リチャード君は意外にもかなり好成績でね、上には期待されてたらしい。彼も上にはかなり良い顔をしていたから、受けも良かった。ところが、同期の同じ見習いにはすごい傲慢な態度でね。上の人間が見ていないところで自分の仕事を押し付けまくってたらしいんだ。

 第四の副隊長って分かるよな?」

「うん、青髭さんだよね?」

 

 髭が濃すぎて剃っても午前中に青々してくるので、皆にそう呼ばれていた。ちょっと強面だけど、性格はすごく陽気で楽しいおじさんだ。


「そう、その青髭さんの甥っ子がリチャードと同期の見習いだったんだよ。俺らがリチャードの情報集めてるってどっからか知って、俺のところに押しかけて来たんだ。

 それで自分から洗いざらい知っていること全部話してくれた。鬼の形相で」


 青髭さんが鬼の形相。もはや悪い予感しかしなかった。


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