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「うん、その通りだね」


 何やら非常に嬉しげに拍手してくれているキースの表情に、マリアは一気に顔が赤くなった。

 平静を装って再び扇子を開き、顔を半分隠す。


「分かって下されば良いのです」

「うん」


 いつにも増して、にこにこと嬉しそうにマリアを見てくる。

 その顔が何か微笑ましいものを見るようなものに思えて、居た堪れない。

 自分の発言を振り返って見ても、なんというか短絡的な子供の主張のようで恥ずかしい。

 

「……何ですの?」


 耐え切れなくて、思わず八つ当たりのように問う。


「えっ、何がです?」

「何故笑ってますの?」

「いや、だって何ていうか」

「はっきりおっしゃって」

「それって、つまりマリアさんは僕の味方って事かなって」

「なっ!?」

 

 予想外の答えにマリアは驚いて動揺した。てっきり子供っぽくて他愛ないなどと思われていると思っていたからだ。


「えっ、違う?」

「そうですけど!」

「あ、やっぱりそうなんだ。ありがとう」


 お礼まで言われてしまうと、マリアとしてはもう大人しくなるしかなかった。

 これ以上何を突っ掛かっても、自分が恥ずかしくなるだけである。


「……どういたしまして」

「でも申し訳ないなあ。これから観に行くお芝居、まさに大事故なんですよね」


 本気で申し訳無さそうな顔をするキースに、何を今更とマリアは思った。

 芝居の演目は、マリアでも内容をだいたい知っている有名な悲恋ものである。


「キース様、小説でも芝居でも恋愛ものであれば女性が喜ぶという認識は改めた方が宜しいかと思いますわ」

「うん、それは分かってるよ。でも、それと同じで男でも僕みたいに恋愛ものが好きな変わり者もいるんだよ。ごめんね、次はマリアさんが選んで」

「……本気でしたのね」


 キースからお勧めされる小説が恋愛ものが多いのは、女性はそういうものを好むという思い込みからだと思っていた。

 本気でお勧めされているとは思わなかったマリアは、少し反省した。

 正直なところ、恋愛に対してマリアは良い印象が無い。身近なところでは両親に愛人がいることとか、色々だ。多分、そういうものとキースの言う恋愛は別物なのだとは分かっている。偏見があるのは否定出来ない。


「キース様は、どうして恋愛ものがお好きなんですの?」

「理由……うーん」


 キースはあれこれ思い悩むように難しい顔をして少し黙り込んだ。


「これっていう説得力のありそうな理由はないんですけど、単純に素敵だなと思ってしまったんですよね。立場も年齢も容姿も関係なく、誰かを一番に愛せることも、誰かから一番に愛されることも。世界一の醜男が世界一の美女と恋に落ちる可能性があるっていうだけで凄く夢がある、なんて僕みたいな凡夫は思ってしまうんですよね。

 あ、あとさっき滅多にない大事故ってマリアさんもおっしゃっていたように、希少だからこそ憧れるっていうのもあるかも知れないです。それと、昔から恋愛小説を読むことを強要されてたからっていうのもあるかな。読んでみると結構面白くて。もちろん、内容的には健全なものだけれど」

「強要されていたんですの?」

「うん、放っておくとどんな朴念仁になるか分からないからって母上の命令で。普通は未婚の男女に恋愛小説なんて絶対読ませないものだけどね」


 それはそうだ。マリアも概要は知っていても、恋愛小説自体をキースから薦められるまで読んだことはなかった。特に未婚の貴族女性は、のぼせ上って貞操を危うくする可能性のあるものは避けられる。

 未婚の娘が恋愛小説を読んでいると知れたら、それだけではしたないと顔を顰められ、婚約で不利になるのだ。

 貴族の恋愛が既婚であれば愛人という形で黙認されているのと同じように、それに関する文化もまた既婚者にしか許されない。


 もしかして、義母はキースに恋愛をして欲しかったのだろうか。物語にあるような、全てを捨てても良いと思えるような。


 いや、違うだろう。


 息子の幸せの為にそれを願ったかも知れないが、義母自身の願いは違っただろうと思う。それがきっと()()()()()()無意識に都合が良いと言う理由だ。

 キースが女であれば国としては都合が良かったが、男だったから母としては我が子を幼いうちに手放さなくて済んだ。

 キースの性格ゆえに、恋愛結婚して平民として生きた方が貴族社会で利用される人生よりも幸せだろうと色々と気を回したが、結局無駄に終わった上に非常に都合の良いマリアとの縁談が持ち上がった。


 そこまで考えてマリアは複雑な気持ちになった。

 第一に幸せになることを望まれているキースと、第一に立派な後継になることを望まれている自分。

 自分だって幸せを願われているとは思う。立派な後継になった上で、その次にという二番目くらいには。

 それが貴族である以上当然だとも思う。

 

「キース様は贅沢者ですわ」

「えっ」

「無い物ねだりの独り言です」

 

 澄まして答えると、キースが珍しく不貞腐れた風な顔をした。


「ユーグもマリアさんも、迷わなくて良い一本道があって狡い」

「狡いって何ですの?」

「無い物ねだりの独り言です」


 その言い方が余りにも子供っぽくて、マリアは思わず吹き出した。


「マリアさんは案外明け透けで率直ですよね」

「キース様は案外素直じゃないですわね」

「えっ!?」


 そんなに驚くことかしら?

 マリアはそう思う。話を聞くと、キースはとっくの昔に選択しているように感じたから。考えることから逃げるということは、その可能性を潰すということだ。


「初めて言われました。ちなみにどこら辺が素直じゃないと思われます?」

「それだけ愛されているんですもの、出会うか分からない大事故よりも皆様と一緒に居たいとおっしゃれば良いのに。違います?」


 言葉を失くして唖然としているキースに、マリアは大いに気を良くした。

 いつもしてやられている気がしているので。




 


 その日の観劇は悲恋物ではあったが、政治的な駆け引きなどもあって中々に楽しめた。

 主人公二人は小競り合いの絶えない二つの国、それぞれの国の王子と王女だ。正体を隠して出席した第三国の舞踏会で出会い、恋に落ちた。

 お互いの正体を知った後、両国の橋渡しとして平和をと政略結婚を画策するが、平和になられては困る野心家の将軍、王子の国を憎む王女の父王、王子の失脚を狙う異母弟、漁夫の利を狙う第三国の思惑などが入り乱れる。

 最終的に王子が暗殺され、その犯人に王女が仕立て上げられた。その為両国で戦争が勃発したのだが、その最中に忽然と姿を消した王女は、王子の霊廟で自殺しているのを発見される。発見したのは神官長であり、二人の相談相手でもあった彼から二人が愛し合っていたという真相が語られるというものだった。

 そして彼らの犠牲を悲しいと思うならば、平和を願っていた二人の思いを汲んで争いを止めよと。

 

 話の概要は知っていたが、芝居として舞台で観ると迫力があった。

 役者というものは、なるほど凄いものだ。平民でありながら、立ち振る舞いは確かに王子王女に見えた。まあそうでなくては、貴族達が高い金を払っても見たいと思わないだろうが。衣装も一昔前の古めかしい意匠だからか、余計に本物らしく見えた。

 音楽も場面を盛り上げるのに大いに寄与しており、王子の遺体を前にしての王女の自殺前の独白ではマリアも思わず涙が滲んだ。

 幕が降りても、少し頭がぼうっとする。

 ヴェルナ家が常に押さえているというボックス席には今日はキースとマリアの二人しかいないので、余計に気も少し緩んでいた。

 観劇に来るのは今日で三回目だが、過去二回は神話絡みのお伽話に近いものだった為に趣が異なった。

 虚構だと分かってはいるが、今日の芝居には現実的な重みがあったというか。

 その重みをそのまま受け取るわけでなく、おそらくキースとは別の意味で現実的だと思っている自分がいる。


「どうでしたか?」

「重かったですわ」


 マリアが率直に感想を言うと、キースは意外そうな顔をした。


「黄昏の庭がお好きなら、好きなんじゃないかと思ったんですが」

「ええ、好き嫌いで言うなら、嫌いではありませんわ。迫力もありましたし、特に戦闘場面は音楽の盛り上げもあって手に汗握りました。歴史小説のようでもあり、それぞれの思惑や欲望が交錯する様はとても真に迫っていましたわ」

「恋愛として観ると、どうです?」

「正直に申し上げても?」

「どうぞ」

「では。胡散臭いですわね。わたくしはそもそも一目惚れを信じていないので。それに余りにも話が出来過ぎていて。お芝居なのですから、当然と言われればその通りなのでしょうけれど」


 他はドロドロした現実的なあれこれが渦巻いているのに、舞踏会で一目惚れ同士。見つめ合って、それだけで二人の世界というのは、そこだけが浮世離れしているように感じて違和感だった。


「あー、うん……まあそうだよね」

「そもそも王子や王女の身分に生まれて、一目惚れというのはどうかと思いますのよ。それに平和の為の政略結婚という体裁を取るくらいですから、そう考えられるような方々が容姿に惑わされるようには思えませんの。

 ですから、逆にわたくしは考えてしまいますわ。

 第三国の思惑を察知して、このまま小競り合いを続ければじわじわ疲弊していく二国は良いカモだ、けれど長年続いた不和を無かったことには出来ない、それゆえの純然たる政略結婚があったと。

 ところが、思惑を裏切るように王子が暗殺されてしまい、小競り合いどころではない全面戦争になってしまった。完全に第三国の笑いが止まらない状況でしょう?

 王女を生贄にして、悲恋と美談で糊塗した真実で無理やり戦争を止めさせたように思えてしまうのですわ」


 話しながら、マリアはだんだんと鬱々とした気分になってきた。

 自分でも、何て可愛げがないんだろうと思う。素直に悲劇的な最期を迎えた二人に涙出来ればいいのにと。

 駒として利用された王女の無念さを勝手に想像して悔し涙が滲んだなんて、言えない。

 気落ちしたような、キースの様子を見てしまえば余計にそう思う。

 

「ごめんなさい、こんな捻くれた感想お聞きになりたくは無いですわよね」

「いや、そんな事ないです。マリアさんは本当に歴史がお好きなんですね。歴史学者なんか向いているんじゃないかな」

「歴史学者ですか?」

「うん。語られる歴史は勝者の視点のものが残るんだから、都合良く改竄されるのは当たり前のことだし。真実を知りたいと思うのは、探求者としては当然の欲求じゃないかな。僕はそういう視点で考えたことが無かったけど、なるほどなあって思いましたし」


 慌てて取り成すように言ってくれるキースの優しさに、マリアは少し気を取り直した。

 だったら、自分も違う視点を持つキースの感想を聞いて、なるほどなあと思ってみたい。 


「……キース様はどうご覧になりましたの?」

「うーん、マリアさんの感想聞いた後だと言いづらいんですけども」

「聞かせて下さいませ」


 渋る様子を見せるキースにマリアが重ねて強く願うと、うかない顔をしながらもじゃあと話始めた。


「ええと、僕はまず一目惚れを信じています、本気で。運命の相手っていうのも信じています、割と本気で」


 真顔で語り出したキースに、マリアは一瞬頭が真っ白になった。



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