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 午後の散歩が終わってマリア嬢と別れた後、実は僕はロックに弱音を吐きに行った。

 そんなことより散歩に連れていけと鼻息が荒いロックの首を抱きしめ、ひとしきりメソメソした。


「なあ、ロック。散歩中に気付いちゃったんだけど、偽名って封書だけで良くない?

 いや、使用人に見咎められたら困るし、めちゃめちゃ張り切っちゃったんだけどさ、普通主人宛の私信の中身を盗み読むような使用人なんて……完全に、解雇案件だよね。

 流石にそんな完全真っ黒なことをしそうな使用人を、大事な跡取り娘の周囲に置かないよね。

 例えばだよ? 例えば封書だけ偽名で中身は普通に書いたとするよね?

 そしたら、中身を読んだマリア嬢は使用人に読まれたら不味いって分かるわけで、厳重に保管するよね?

 更に言うなら、アレだよね。あからさまな偽名過ぎて、逆に不審に思われそうっていうか!

 ラフって思い付きで決めたけど、そんな名字聞いたことないし!

 うわぁあ……駄目すぎる。

 考えれば考えるほど駄目です、本当僕は駄目な子です。死にたい。

 しかも本気で女性を装って、女文字まで頑張っちゃうとか変態とか思われたらどうしよう!

 折角デルモットたちと準備した庭なのに、それに気がついちゃったせいで、頭がぐちゃぐちゃでまともに会話できなかったし!

 どうやってこの失態を埋め合わせしたら良いんだよ。

 なあ、ロック、何か良い案無い?

 おいってば、僕がこんなに困ってるんだから相棒として何か言ってって、うわぁ!!」


 盛大に鼻水を吹っ掛けられた……。

 

 僕がしょんぼりと厩舎の隅で膝を抱えていじけていると、デルモットがひょっこり顔を出した。


「坊ちゃん、声がデカイですよ。いろいろ筒抜けになっても知りませんよ」

「え!? 何言ってるか分かった!?」

「いや、何か坊ちゃんが騒いでるなぁくらいしか」

「はぁ〜。……今日の僕は、きっともう何をやっても駄目だ」

「何言ってんですか、今朝あんな事言っておいてもう白旗出すんですか?」

「……出さないよ」

「だったら、しゃんとして下さいよ。ロックだって相棒のそんな情けない姿見たくないですよ」


 見上げると、柵の向こうで不機嫌そうにロックが足を踏み鳴らしている。

 ロックの気持ちになったら、ものすごく僕の行動は理不尽だよな。

 ここのところ、色々準備とかで忙しくて構ってやれてないし。


「ごめん、ロック。明日の朝は散歩に行こう。ブラッシングも念入りにしような」

「坊ちゃんは能天気なのが良いところなんですから、そんなかびが生えそうな顔だと失恋しますよ」

「それは嫌だ」

「だったらとっとと水でも被ってスッキリしてきて下さいよ。マリア様に贈る花を選ぶんじゃなかったんですか?」

「……デルモット、僕の良いところ三つ言ってくれない?」

「はあ? 面倒臭い事言いますね。能天気で、適当で、立ち直りが早い。こんなとこでどうです?」


 心底どうでも良さそうに言うデルモットに、僕は思わず笑った。


「うん、ありがとう。元気が出たよ」

「そりゃ良かった」


 結局僕は僕でしかなくて、今更ジタバタしたところで仕方ないんだよなあ。

 デルモット言うところの能天気で、適当で、立ち直りが早い僕は、全部正直に話せば良いかなと心を決めた。

 つまるところ、ぐちゃぐちゃ考えちゃうのはマリア嬢に落胆されたくなくて実情以上に格好良く見せたいとかそういうセコい根性がジタバタしているからで。

 でも、よくよく考えたら僕に格好良さなんて無かった。無いものを有るように見せるのは詐欺だと思う。詐欺は良くないよね、うん。

 思い返すと結構今日は気取ってた気がする。

 文通していた時、女性を装っていたこととは別に、内容は結構素の部分が出てたと思う。それでもマリア嬢はそういうエペローナに好感を抱いてくれたんだから、素直に気持ちを伝えた方が変に誤魔化すよりもずっと良い気がして来た。

 そうだよ、変に作った僕を好きになって欲しいわけじゃない。僕を知ってもらうには、正直になるのが一番だ。

 あ。でも、ちゃんと紳士的な行動の範疇に収まるようにはしないと。

 ……ちょっとくらいなら外れても良いかな?

 でもマリア嬢が本当に困るようなことはしません、そこは守るぞ。




 とまあそんなことを考えて、割と心のままの言動にしてみたら、とっても可愛いマリア嬢がたくさん見られて幸せでした。

 キャロのことは流石に大人気なかったなあと思うけど、でもマリア嬢との時間を奪われるという危機感は今でも減らないから善処は出来ない気がする。

 年下の可愛い妹みたいな女の子に弱いみたいだし、もしかしたら最大のライバルはキャロだったなんてことになりかねない!

 これからも適宜警戒していきたいと思います。


 それでなんでこんな回想をしているかというと、帰りの馬車の中で何故か物凄く緊張感が高まっておりまして、若干現実逃避していました。

 マリア嬢の微笑みから尋常じゃない圧を感じております、声を掛けられない!

 僕も微笑みを貼り付けてどうにか平静を装っていますけれども!

 本当、どういうこと!?

 女性陣の方で何かとんでもない話が出たとか!?

 いやほんと勘弁して下さい、母上!

 何言ったんですか!


 焦っているうちに離れに到着。

 笑顔でお互い機械仕掛けのようにエスコートしつつされつつ、待機していた爺やに迎えられました。

 深夜までお疲れ様です。

 

「今夜はこのまま寝るよ。湯浴みは明日、朝駆けしてからにするね」

「畏まりました。おやすみなさいませ」

「うん」


 うう、爺やのいつもの穏やかな微笑みに励まされるよ。

 今から頑張って来ます!

 何か大変な事態が進んでいる気がするんだけど、気合いで乗り切ります!

 

 階段を登りきったところで、息ぴったりにマリア嬢と僕はお互いを見た。

 なんだかぐわっと高まる緊張感に頬がヒクッと痙攣した。

 いや、怖気付いてる場合じゃない!


「「あの」」


 声が揃ったー! 気が合いますね! ええとここはやはりレディファーストかな。


「「どうぞ」」


 声が揃ったー! 気が合い過ぎますね! いやそうじゃなくて、ここは譲り合ってても仕方ないから僕が


「少し……お時間を頂けないかしら?」

「あ、はい。僕もお話ししたいことがあって。居間で良いですか?」

「お任せしますわ」

 

 あーうー、マリアさんに先を越されました。

 なんでこう、僕っていつも締まらないんだろう。

 しかもいざ話し始めたら、謎の緊張感が霧散したという。

 一体何だったんだ。


 二階のテラスのある居間に入り、ランプに火を灯す。

 大燭台使った方が雰囲気も良いし明るくなるけど、いかんせん蝋燭の数が多い。話をするだけならランプで十分かなと思う。

 ローテーブルにランプを置いて、長椅子に並んで座る。

 うん、ちょっと落ち着いた。今度はちゃんと僕から話そう。


「お話ししたいことは、エペローナ・ラフについてです」

「その前に……手を。貴方の手に触れても、良いかしら?」


 ……え?


「あ、あの、マリアさん?」

 

 全く予想外の展開についていけない僕の右手を、マリア嬢の綺麗な両手がそっと包み込んだ。

 ランプの暖かなオレンジの光の中で、マリア嬢がなんだか神々しいくらいに優しい顔で僕の右手をぎゅっと握ってくれている。

 僕は石像のように動けなくなって、ただ呆けたようにその姿に見とれた。


「キース様」

 

 うわあ……女神様に名前を呼ばれてる。僕の名前が。

 初恋の人が、名前を親しく呼ぶ意味を承知で僕の名前を口にしてくれる。感動だ。


「……はい」

「わたくしね、博物図鑑でアホロートルを調べてみましたの」


 アホロートル……アホロートルってなんだっけ? ああ、ミラン兄上がいつだったか僕に似ているって言ってたサンショウウオか。どうせ弄り倒されてからかわれるだけだから意地でも調べるもんかって思って無視したやつ。

 絶対調べたら反論したり抗議したくなる系だと思ったから、思う壺にはまってやるもんかーって。

 なんだか間抜けな名前だと思ったけど、マリア嬢が口にすると格式高い何かに聞こえてくる。

 おゝ、至高なるアホロートルよ!


「サンショウウオの図解の絵は少し詳細に過ぎて生々しいというか、最初は余り好感を持ちませんでしたの。けれど、ちょっとだけ想像してみたのです。色白で、金髪の、青い瞳のアホロートルを。目と目の間隔が広くて、小さい円らな瞳で、目に比べると大分大きな口で、のんびりとした性格で」


 金髪碧眼のサンショウウオ……想像つかない。こういうのって擬人化って言うんだっけ? 聞いてるとお間抜けな感じしかしない。でも、なんで夜中にアホロートルの擬人化について真剣に話しているんだろう?

 そういえば、トカゲの絵皿も気に入っていたし、もしかして爬虫類が好きとか!

 爬虫類って飼えるのかな? トカゲはともかく、アホロートルは入手困難かも。

 ここはミラン兄上の伝手に頼るか。


「……とても、愛らしいと思いましたの。美しいかと問われれば、それは否と申しますけれど。愛嬌があって、とても可愛らしいと」


 なんだか気恥ずかしそうに、照れたような笑みを浮かべてマリア嬢が僕をそっと上目遣いで見上げてきた。

 可愛い。何これ、好きな男の子にこっそり秘密を打ち明けちゃう的な甘酢っぱい雰囲気に似た至高の上目遣い!

 よし分かった、すぐにもアホロートルを調べよう!

 絶対飼う!

 そして一緒にその愛らしさについて語るぞ!


「殿方には、余り言うべき言葉ではないかもしれませんけれど。キース様は、ミラン卿が仰る通りアホロートルに似た愛嬌があって……とても、慕わしく思います」


 えっ。

 ちょっと待って。

 えっ、これってどういう……えっ、えええ!?


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