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 震えながら僕を睨んで喧嘩を売るように言葉を放つ君は、まるで必死で逃げるのを我慢している怯えた子供みたいだった。

 義務を果たさなければならない、そう必死に自分に言い聞かせているようにしか見えなかった。


 そりゃあ、そうだよな。

 マリア嬢の境遇じゃ男嫌いになってておかしくないし、今日初めて出会った男に身を委ねなければならないなんて、男嫌いじゃなくてもきっと怖いし嫌だと思う。

 文通で少しは打ち解けたとか思っていたのは僕だけで、マリア嬢にとって文通相手は架空の人物でしかない。僕がどんな男かなんて、どういう人間かなんて、偽りの文通内容から知れることなんてほとんどない。


 お手本のような微笑みを終始浮かべて淑女然としていた昼間の彼女しか知らなかったから、つい忘れていたけど。

 

 十六歳は、一応大人だ。

 デビューしたわけだし、一人前のレディだ。

 

 でも、と思う。

 

 自分が十六の時、大人と言えたか。

 今だって、胸を張って大人ですと言えるようなものは何もないんだ。騎士の仕事はちゃんとこなしていたし、真面目に家のことも対応してきた。外からみれば普通に貴族の成人男性として認められるだろう。でも、それは当たり前のことだ。大人として誇れるようなことじゃない。

 ましてや十六の時僕はまだ騎士学校の生徒だった。半人前もいいところだ。

 あの頃、出会ったその日に八つも年上の女性と結婚しろと言われたら、僕は素直に受け入れられただろうか?

 虚勢を張って、どうにか初夜を乗り切ろうとするマリア嬢のいじらしさに胸が痛んだ。

 このまま初夜を迎えるのは、きっとお互いの為にならない。

 取り返しのつかないことになる気がしてならなかったし、僕は結婚に夢を見ていたように、初夜にだって当然夢を見ている男だ。

 自分でもどうかと思うけど、仕方がない。

 否定しようもなく幸せな結婚生活に憧れている自分がいる。


 それでも、女性であるマリア嬢に恥をかかせるわけにはいかない。

 これは絶対だ。

 初夜を拒否された新妻なんてひどい立場にマリア嬢を立たせるわけにはいかない。それは本人の心情も含めてだし、それが一番重要なところだ。

 よし!


「マリア嬢、申し訳ありませんが、折り入って相談があるんです」


 言った直後に自分で言っておいて思った。

 馬鹿かと。

 初夜の準備万端なお嫁さんを前にして、相談とか馬鹿なのか。

 

 もっと他の言い方が無かったの!?

 心の中でもう一人の僕が、現実の僕を盛大に馬鹿にしている。

 

 マリア嬢も物凄く不審そうな顔をしている。

 切ない……!

 何が悲しくて一目惚れした奥さんにこんな間抜けを晒さねばならぬのか!

 明るい未来のためだ!

 よし!

 そして目はまっすぐマリア嬢を見つめること!

 うっかり視線を揺らすと自然とスケスケ衣装の胸元に吸い寄せられるので!

 絶対目をそらしてはいけない!

 

「あのですね、僕はなんというか、とても、我が儘なんです。こう、結婚に対してとても理想が高いというか……」


 途端に表情が硬くなるマリア嬢にしまったー!と焦るが何がしまったー!なのか分からない!!


「……どのような女性が好みなのでしょう? 経験はありませんが、演じることは出来るかと」


 そっち方面の誤解か!

 言葉って難しい!


「そ、そういうことではなく……! マリア嬢は好みの女性の遥か上なので! そういう問題は全然無いんです!」


「そのような気遣いは無用ですわ。自分が可愛げのない女だという自覚はございます」


「え!?」


 無理やり笑みを作っているマリア嬢に、僕は訳が分からなくなって目を丸くした。

 いや、だって可愛いしかないし。天使だし。

 蝋燭の灯りしかないのに、僕の目にはマリア嬢が昼間と同じくらいか、それ以上にキラキラ輝いて見えた。

 今は薄暗さにほとんど色が隠されてしまっているけれど、蝋燭の小さな灯りを受けて星みたいに煌めいている瞳が不安そうに揺れている。

 こうして改めて見ると思ってたよりキリッとしたつり目なんだね。

 不安そうにしているのに、真っ直ぐ僕の瞳を見つめ返してくれるのがすごく嬉しい。

 昼間と違って今君の瞳にちゃんと僕が映ってるんだなんて思うと、幸福感がすごい。

 あ、今キュって軽く唇噛んだ。可愛い。キスしたい。

 睨まれて嬉しいとか初めてかもしれない。どうしよう、変態かもしれない。


「……図星ですのね?」


 え? 図星って?


 マリア嬢に見惚れてて、直前の会話を思い出すのにちょっと手間取った。

 当然、思い出した瞬間僕は大いに焦った。


「いや、何でそうなるんですか!? むしろ天使かと思うくらい綺麗で可愛いです! ヴェールを上げた時衝撃でした! 一目惚れです!」


「……」


 絶句するマリア嬢以上に、僕も頭が真っ白になっていたと思う。

 やってしまった。

 いや、想いを告げること自体は悪いことじゃないし、いずれちゃんとするつもりだったけど!

 今じゃない、今じゃないだろう!

 僕はユーグいわく童貞拗らせ過ぎた夢見がちフェアリーだからね!

 理想の告白に夢いっぱい憧れいっぱいだった!

 ちくしょう!

 ああ、でもそんなことより目の前のマリア嬢だ。

 どうにか、話をまとめないと!


「……」


 だけど今更こみ上げる恥ずかしさとかもあって、何にも思いつかない!

 無意識に頭を抱えようと両手が上がるけど、この状況で頭抱えるって言ったこと後悔しているように見えそうだとハッとなって途中で動きを止めた。

 中途半端に上がった両手、どうしようこれ……。

 どうにもならなくて、何故かそのままえいやっと両手を突き上げてしまった。

 ビクッとなるマリア嬢。

 そりゃそうだよね、目の前で不審な動きする男とかビクッとするよね……。

 落ち着けー、落ち着くんだー。

 僕はどうにか深呼吸にたどりついて、息を吐き出すのと一緒にゆっくり両腕をおろした。

 そして一度居住まいを正す。

 うん、まだちゃんとマリア嬢と視線は合ってる。

 マリア嬢も、背筋を伸ばしてちゃんと真剣に僕の目を見てくれている。

 見つめ合うって、心臓にすごく負担かかるんだね。

 でも目を逸らしちゃダメだ。特に下の方向。

 顔が熱くて耳まで熱くて、なんだこれ、思考がうまくまとまらない。


「……あの、ですね。その、僕は結構血筋のせいで面倒な立場にいて。女性に対して積極的な行動を控えなければなりませんでした。つまり、その。今みたいに挙動不審になるほど、全く、その手の経験がありません」


 男同士の猥談で、魅力的な体つきの女性なんかを鼻血モノ、なんて揶揄したりするけれど、こういうことかーって初めて分かった気がする。

 ドキドキなんて可愛いもんじゃないぞこれ、頭が沸騰しそう、本当に鼻血出そう。


「しかも、その、貴女が一目惚れした相手なので、こうやって目を合わせているだけで心拍数が全力疾走中というか……!

 真面目な話、このまま初夜というのは自分の命が危ういのです。心臓発作を起こす未来しか想像できません」


 大袈裟!!

 幾ら何でも大袈裟すぎるだろ!

 あれ? でも本気でそうなりそうな気もしてきた。

 だって見つめ合うだけでこれなのに、ほんと世の中の恋人同士ってどんだけ強心臓なの!?

 あ、なんかマリア嬢もちょっと赤くなってる?

 す、少しは……ドキドキしてくれたとか……ないよね、驚いてるだけだよね、うん。


「その……お話は、理解しましたが、後継は必要なので……」

「はい。なので、相談なのですが。段階を踏めばきっと大丈夫だと思うのです」


 そうだ、段階だよ。すっ飛ばし感半端ないからいけないんだ。


「段階」


 マリア嬢も真剣な顔で確かめるようにそう口にしてくれた。


「はい。通常、結婚に至るまで数年、短くとも一年は婚約期間があるものですよね」

「そうなのですか?」

 

 そこで僕の頭にピカッと閃くものがあった。

 うん、そうだよ、それがいい!

 もともと兄上も一年は婚約期間が無かった代わりに新婚生活満喫しろよ期間だって言ってたわけだし!


「そうなのです。普通はその間に心の準備などをするのだと思います。婚約者として二人で出かけたり、お互いの家を訪れあったり、少しずつ距離を詰めていくんです」

「なるほど。ですけれど……状況的にそれを再現するのは難しいのでは」

「全くその通りでなくても構わないんです。先ほど演じることは可能とおっしゃって下さいましたので、その、お願いなんですが」

「はい」

「ごっこ遊びのようで恥ずかしいんですが、婚約したてという設定でしばらく僕に付き合ってもらえないでしょうか」

「……ごっこ遊び」


 マリア嬢はちょっと顔を顰めながらも頷いてくれた。


「まずは腕を組んで外出するところから。これが越えられないと夜会でダンスも多分無理です」

「それは困りますね」

「そうなんです、困るんです。なので、申し訳ないのですけれど訓練と思って婚約したての初々しい二人ごっこからお願いします」


 言ってみて思った。

 なんだそれ、めちゃくちゃ楽しそう。


 そう思ってしまったら、止めどなく泉のように妄想が湧き出した。


 お互いに少し意識し始めて微妙に距離を置いてしまう二人ごっことか、愛称を初めて呼び合って照れまくる二人ごっことか、付添人を伴わないお忍びデートで初めての食べ歩きごっことか!

 夢が膨らみすぎる!


「あの……一応確認なのですけれど」


 あとは初めての舞踏会で、ぐっと縮まる二人の距離とかも!

 やっぱり初めてのダンスだって大事だよね。でも、その前に二人きりで夜空の下で練習とかどうかな!


「はい」


 流石にベタ過ぎるかな?

 はっ、それ以前にそんな状況に誘い出せるような高等技術が僕にはなかった!


「そのごっこ遊びには、何段階ありますの?」

「無限です」

「え?」


 あっ、うっかり本音が!

 僕は焦って真面目な顔を取り繕った。


「いえ、進捗具合によって変わってくるかと。どの程度の訓練で貴女の存在に慣れるのか全く見当がつかないので」

「今は分からないということですか」

「はい」

「わかりました。ですが、対外的には夫婦としての振る舞いでお願いします」

「それはもちろんです」


 そういえば、夫婦で出席することが決まっている最初の夜会って四日後だったような。

 あれ? 思ったより頑張って急がないといけない?


「……」

「……」


 これ、どうやって終わらせたら良いんだろう。ずっと見つめ合ってるのも大変だけどいや僕的にはまだまだいけそうな気もするけど


「……では、就寝ということでよろしくて?」


 とか思ってたらマリア嬢がバッサリ締めてくれました。


「あ、はい。僕は長椅子で寝ますから、ゆっくり休んで下さい」


 最後までなんだか締まらない自分にガックリしたけど、明日からは生まれ変わった気持ちで頑張ろう。

 同じ部屋にいるマリア嬢のことが気になって眠れるかなあとかちょっと心配だったけど、思ったより疲れていたらしくてあっさり眠りに落ちた。


やっと元の短編に相当する場面に辿り着きました。

こんなに長い前置きに付き合って下さった読者の皆様に感謝です!

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