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 やあ、どうも。

 ようやく結婚式当日を迎えてめちゃくちゃ緊張している新郎、キースです。

 文通はしてたけど、キースとして名乗るのは初めてだし、というか初顔合わせが結婚式なわけで、色んな意味で緊張しすぎて熱が出そう。


 デルフィーネ家には一足先に母上が行って花嫁の支度を指揮している。僕も既に準備は整えて、いつでも出発できるようにしてあるけれど落ち着かなくて。

 無駄にぐるぐる部屋の中を歩き回っちゃうんだよね。

 

「爺や、紅茶をもう一杯淹れてくれないかな」

「そろそろお控えになりませんと、肝心な時に困るのはぼっちゃまですよ」

「ああ……うん、そうだね、出発まであと半刻もないのか」


 うう、胃が痛くなってきた。どうしよう、お嫁さんが僕を見てがっかりしたら……


「ぼっちゃま」

「何?」

「きっと花嫁様も同じように不安になっていらっしゃいますよ」

「……そうだね」


 ちょっと気持ちが落ち着いた。年上で男の僕が動揺してる場合じゃないよな、うん。

 こんなに落ち着かないのは、僕がマリア嬢を好きだからなんだよなあ。

 いや、普通に人にがっかりされるのは誰だって嫌だろうけれどさ、単純な僕は文通だけでお嫁さんになるマリア嬢に好意を抱いちゃったわけで。

 とても字が美しくて、それだけで相当努力家だなって分かるし、丁寧に僕の質問にも答えてくれたし、ミラン兄上のことも褒めてくれて、僕の家族とも仲良くしたいという気持ちを表してくれた。そりゃあお世辞も含まれてはいるだろうけれど、とても感じが良かったんだ。

 あと、最初にくれた手紙からほんのり梔子の香りがしてドキッとした。香水じゃなくて生花から移した香りが奥ゆかしくて。そういうのが、なんだかすごく良いなって思ってしまって。

 毎回ってわけではなくて、それがまた手ずから丁度開花した花を選んで香りを移してくれたのかなって思えて、もうその辺も好き。

 ラベンダー、マグノリア、多分だけれど夜香木。本当にほんのりだから、すぐに失われてしまう香りだけれど、だからこそとてもマリア嬢の心遣いを身近に感じたというか。惚れちゃうでしょう、そうでしょう!

 状況的に仕方ないとはいえ、女性を騙っての文通にも快く応じてくれるなんて優しいし。

 それにしても、ボーダル男爵は何て僕のことをマリア嬢に紹介したんだろう?

 基本的なことは伝えてくれてると思うけど、そのほかの部分が気になる!

 うわあぁ、悪いことは言われていないと思うけれど、今更だけど、気になる!!



 時間というのは無情に、そして正確に流れるもので、予定通りに僕はデルフィーネ伯爵家に着いた。家宰は流石に全てを把握しているらしく、馬車の家紋を見て恭しく出迎えてくれた。そのまま応接室に通され、婚姻の儀式に呼ばれた神官様達にご挨拶した。

 婚姻の儀式は、婚姻を司る女神ハラーレを主とし、祝福を与える神を副として複数の神官で執り行うんだけど、多種多様な祝福をと欲張ればその分神官の数も増えるし、寄進しなければいけないお金も多くなる。人気があるのは、豊穣の女神ディアティア、子沢山で有名な海の神ドーン、幸運の女神ユーステラなど。

 ずらりと並ぶそれぞれ仕える神が違う神官様たちは、結構年配の方が多くて位が高そうだった。ボーダル男爵、随分お金使ったなあ。

 何度か婚姻の儀式には参加したことがあるから、だいたい流れは分かっている。それでも最終確認的な感じで、女神ハラーレに仕える神官様にお話を聞いた。ハラーレ様は正確には契約と裁きの女神様で、神話だとかなり厳しくて怖いお方だ。

 愛人は許しても一夫一婦制が絶対なのは、ハラーレ様が関係する神話に由来していたりする。

 重婚なんてしたら腐ります。何がとは言えないけど……怖い!

 まあ、なんていうか色々細かい手順やらそれぞれの仕える神の紹介なんかを神官様たちから聞いていたんだけれど、気もそぞろっていうか。そわそわしているのを神官様達に見抜かれて、微笑ましげに落ち着きなさいと諭されてしまった。


「花嫁は大変可憐で美しい方でしたし、気がせくのはわかりますが」

「そうですな、初々しくも美しい乙女でいらっしゃいました。我が神も喜んで祝福を授けるでしょう」


 うわあ、婚姻の儀式を数多くこなしている神官様たちから見てもマリア嬢はそんなに素敵な人なのかぁ〜。

 

 ……ずるい!

 ずるいです、神官様!

 花婿の僕はまだ見たことも会ったこともないのに!


 僕がまだ見ぬマリア嬢を想像しつつ、神官様たちに嫉妬して内心でジタバタしていると、ドアがノックされた。

 特別なゲストの到着がそろそろだと告げられ、僕は慌てて表情を引き締めた。

 廊下には両親が揃っていて、家宰に案内されて一緒に出迎えに向かった。


「どういうことなの、お兄様!」


 玄関ホールに差し掛かったところで、甲高い女性の怒鳴り声が聞こえた。

 ええええ……これってもしかして。


「今日はマリアのお披露目と婚約者の選定ではないの!? いきなり結婚式なんて信じられないわ!」

「うるさい。他の招待客もいるのだぞ、口を慎め。それにデビューまでに婚約者が決まらなければという条件付きだったはずだ」

「それは……! 一体誰なんですの!? リチャードよりもその誰ぞが優れているなんて信じられない!」


 やっぱり、話しているのは義理の父になる伯爵と義理の叔母になる人か。

 リチャードって確かマリア嬢の従兄弟でいたし、間違い無いかな。

 僕はちらっと母上を盗み見る。

 無表情で見返された。

 はい、行きます!

 誰ぞはリチャードよりも優れていますよ! 血筋で!

 僕は無言のプレッシャーに押され、なるべく高貴に見えるようにゆったりと、堂々と言い争う二人のいる玄関ホールに姿を現した。

 

「あれですの!?」

 

 花婿の正装を着た僕に気がついたご婦人に、鬼のような顔で睨まれた。

 顔が引き攣りそうになる。


「アルマ子爵だ」


 伯爵、ご紹介どうも!

 これでおとなしくなってくれるかな。


「アルマ子爵ですって?」

 

 あれ? なんか勝ち誇ったような顔されてるんですけど。


「あの爵位はヴェルナ侯爵の隠居後のものでしょう? お兄様、騙されておいでだわ!」


 なんだってー!?

 僕は驚愕した。

 義理の叔母予定のクラリス・ブロックフィールドって子爵夫人だよね!?


「お前はもう口を閉じろ!」


 閉じてー! せめて小声で!!

 それ以上恥の上塗りしちゃ駄目です!


「そうは行きません! 今すぐその得体の知れない馬の骨を叩き出さねば!」


 なんて言葉を言っちゃうの!?

 どうしよう、背後の母上がすごく怖い!


「クラリス!」


 え、ちょっと、止めようとした伯爵を押しのけてこっちに来るんですけど!?

 え、手を振り上げて!? これは甘んじて叩かれるべき!?

 

 こんな時に女性に恥をかかせてはいけないという意識が働いて、僕は動けなかった。


 “女性の平手打ちは、男として甘んじて受け入れるべし”とか顔を腫らしながらドヤ顔でユーグが言っていたのを思い出した。

 何故今!?


「失礼マダム」

「何ですの、あなたは!?」

 

 叩かれると思った瞬間に、僕の前に頼もしい背中が現れた。

 ミ、ミラン兄上〜〜!!


「ミランですよ、ミラン・ヴェルナ。お久しぶりですね、クラリス。相変わらず恋の季節のヒヨドリのような人だ」

「なっ!!」


 ぶっ。

 不謹慎ながら吹き出しそうになった。でもクラリス夫人は褒め言葉だと思ってるみたいだ。真っ赤になって固まった夫人の振り上げた手をそっとつかみ直した兄上は、そのまま流れるように手の甲にキスを落とす。

 こういうところ、ミラン兄上はソツがないというか、慣れてるよなあ。

 ちなみに発情期のヒヨドリはめちゃくちゃ甲高い断末魔のような鳴き声で絶叫します。


「何やら誤解があるようなので、友の名誉と弟の名誉を守りにきた次第です」

「……どういうことなの?」

「アルマ子爵を名乗っているのは間違いなく弟です。特例なんですよ、我が弟はもう六年前からアルマ子爵を名乗っています。ほら、今日の特別ゲストがいらっしゃいましたよ」

 

 うわ、さらっと六年も貴族年鑑のチェックを怠ったって嫌味をぶちかましちゃったよ。ミラン兄上、結構怒ってる?

 騒ぎを聞きつけてかいつの間にか玄関ホールには招待客たちが集まっていて、

ようやく自分の失態に気づいたクラリス夫人はアワアワと人目を避けるように隅の方へ移動した。

 そしてざわめきの収まらない中、開け放たれた玄関扉の向こうから、“特別ゲスト”がお出ましになられた。

 ざわめきが一瞬にして静寂に駆逐され、驚きと共に皆が頭を下げた。

 僕は両親と一緒にすぐ前まで進み出てから跪く。


「キースや、立ちなさい」

「はい、お祖父様」

「うむ」


 僕が立ち上がって目を合わせると、お祖父様は僕を見上げてくしゃりと相好を崩し、満足そうに何度か頷いた。全部承知で僕のためにここに来て下さったんだと思うと自分が情けないけど、僕もつられてつい顔が崩れる。

 皆の前での孫扱いは慣れてないし、年齢的にもちょっと恥ずかしい。でも、子供の頃みたいに抱きついたりできないのがもどかしい。

 


「皆も顔を上げて楽にするように」

 

 お祖父様の声に皆立ち上がって、お言葉の続きを待った。

 お祖父様はまず、我が両親といつの間にかそばに来ていた長兄一家、デルフィーネ伯爵を順に見渡す。


「まずは、孫の結婚式に参加したいというわがままを聞き入れてくれた両家に感謝する。お忍びでこうして此処に来られたのも、当日の今日まで秘密裡に準備を整えてくれた両家の気遣いあってのこと。苦労を掛けた」

「勿体無いお言葉でございます。殿下にご臨席を賜るなど、末代までの誉。深く感謝に絶えません」

「うむ」

「ではご案内させて頂きます。どうぞこちらへ」


 お祖父様の言葉に代表して伯爵が答礼し、続けて伯爵自らが婚儀を行う礼拝堂に案内するため先頭に立って移動を始めた。同行の護衛たちもそれに続き、ややあってからざわめきが戻って来た。

 寝耳に水の王弟殿下の御来訪と、これがお茶会ではなく結婚式だと理解した招待客が興奮した様子が見える。

 デルフィーネ伯爵家側の親族たちは呆然として顔色が悪い人が多いけど。

 ええと……御愁傷様です。

 僕に言われたくはないだろうけど、だまし討ちみたいな状況に若干罪悪感。

 って、母上怖い!

 笑顔の威圧がすごいです!

 すみません、しゃきっとします!

 あ、はい、移動ですね、はい!


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