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#97 《戦乙女と妖獣》

 

 最愛の弟(シファ)と共に編成(パーティー)を組む。


 弟が『冒険者になりたい』と言ったあの日から、実は密かに楽しみにしていたことでもあった。


 荷物配達から、要人の護衛。そして魔物の討伐と……なんてことない雑用から、命の危険すらある様々な依頼をこなすのが"冒険者"。

 難易度の高い物になればなる程、手に入る報酬が多いのは基本だ。中には例外も存在するが、高難易度の依頼とは――基本的に命を落とす危険度も、同じく高い。


 (ローゼ)の心情としては、そんな危険な『冒険者』にはなって欲しくない。というのが本音だったが、最愛の弟の望みは可能な限り叶えてやりたかった。

 だから、必要以上に過酷な特訓を施した。

 魔物や魔獣に負けることがないように、ただひたすらに。


 更に……弟には才能があった。

 厳しい特訓と実戦で様々な武器の扱いを会得して、収納魔法も完璧に使いこなすようになった。


 弟の成長は、まるで自分のことのように嬉しかったのだ。


 そして、得手不得手が自分と同じな所と、たまに感情的になってしまう所……その全てが姉弟の証のように思えて、どうしようもなく幸せだった。


 とにもかくにも、そんな最愛の弟が冒険者になったのは、ローゼにとっては喜ばしいことである反面、不安でもあった。


 しかし今日1日の――共に依頼をこなしていた時と、組合から報酬を受け取っていた時の弟の顔を見たら、感じていた不安よりも嬉しさが勝ることとなった。


 ローゼは――弟を鍛え、訓練所に入所させて良かったと……心から思ったのだ。


「さてと……」


 そんな弟の寝顔を見ていると、また暫く離ればなれになるのが少し寂しくなるが、仕方ない。


 夜明け前。

 まだ深く眠っている弟のための簡単な朝食と、暫くカルディアを離れる旨を記した書き置きをその場に残し、ローゼは自宅を後にした。


 本当は弟に直接話してから出ていっても良かったが、それをすると……ズルズルと出発が遅れそうになってしまいそうだった。

 もし、『俺もついていく!』なんて言われた時が一番困るのだ。


(流石に、これには連れていけないなぁ……)


 家を出た所で立ち止まり、昨日支部長から渡された依頼書に視線を落とした。


 難易度は"絶"級。系統は『調査』及び『討伐』。場所は『大陸全域』

 更に……重要度の項目には『最重要』と赤字で記されている。


 詳細の欄には、この依頼の概要がこと細かに記されていた。


 もう一度、ローゼはその欄を軽く確認する。


(竜種凶暴化……新たな"幻竜王"誕生の兆し……ね)


 まだ報告されている数こそ少なく、ローゼ自身も実際に確認出来てはいない。しかし、大陸の各所で竜種が凶暴化している。という報せが組合に寄せられていた。

 ただでさえ凶暴な竜種が、更に凶暴化する結果に起こるのは――共食いだった。


 過去に"幻竜王(バハムート)"が出現した時にも、多くの竜種が凶暴化したという事実がある。

 その過去もあり、組合は早急に調査を行うことにしたのだった。


(集合場所は……王都(グランゼリア)か)


 そしてこの依頼、ローゼだけでなく他の上位冒険者にも依頼書が発行されている。

 大陸各所の調査を行わなければならないことから、それなりの人数が必要であり、また場合によっては多くの竜種を討伐しなければならないという理由で、冒険者の中から実力者のみが選ばれている。


 更に――


(王国騎士団との合同は、初めてだなぁ……)


 王国騎士団から選抜された精鋭もこの調査に参加するということが……依頼書にはしっかりと明記されていた。


 ~


 ローゼは、王都へと向かう前に寄り道をする。


 カルディアの街を素通りして、北へ。

 暫く歩いた所にある分岐を東に進み、森の中へ。


 東の空が少しずつ白み出しているおかげか、森の中はほんのりと明るい。


 異常に高く育った木々が立ち並ぶ――カルディア高森林だ。


 ローゼは、慣れた足取りで森を進む。


 やがて、拓けた場所へと到着した。


 あいにく今は月が出ていないが、満月の夜はそれはもう綺麗な月明かりがこの場所を照らし出す。


 ローゼは――誰もいない場所だが、必ず存在しているであろうソコへ向かって声を上げる。


「タマちゃん? いるんでしょ? 話があるんだけど」


 すると――ボウッと音を上げながら、青い炎が出現したかと思えば、いつの間にかその場所にはひとりの女性が姿を現していた。


 ピコピコと、綺麗な銀色の髪の間から生えている狐耳を震わせ、彼女自身よりも大きな、フワフワとした九つの尻尾を揺らす女性。


 危険指定レベル18。妖獣――玉藻前。


「聖火の傷は、完全に治ったようだね」


 汚れひとつない綺麗な衣服と、きめ細かな白い肌。そして絹糸のような銀髪。

 彼女の全身を一通り観察してから、ローゼはそう確信した。


「うむ。お陰さまで、我はこの通り完全に力を取り戻すことが出来た」


 そう言って、玉藻前は頭を下げる。


 そして感謝の言葉を口にするが――


「本当に感謝しておる――姉上よ」


「ッその呼び方はやめてっ! 君を妹にした覚えはないからっ!」


 ――この狐、油断も隙もないな。と、ローゼは鋭いツッコミをいれる。


 やれやれ。と、少し呆れながら、本題へと話を移す。


「もう少しで、山岳都市イナリの復興が完了するよ。都市への立ち入り制限も解除される筈」


「――っ!」


 ピクリと、玉藻前の尻尾が大きな反応を見せた。

 構わず、ローゼは次の言葉を口にする。


「帰りたい?」


 玉藻前は、少し躊躇いながらもゆっくりと頷いて見せる。


 山岳都市イナリの、イナリ山。その山のどこかに存在する『イナリ(やしろ)』の護り神と言われている玉藻前は、本来の居場所へ帰りたいと思う一方で、この高森林に残りたいとも思っている。


 そんな玉藻前の心境を理解しながらも、ローゼは話を続ける。


「タマちゃんに危険がないことは()()は理解しているけど、君が危険指定種であることは事実なんだよね」


 ――シュン……と玉藻前の耳と尻尾が垂れ下がるのを、ローゼは見逃さない。


「私にも"絶"級冒険者の責任があるからね。もし帰ると言うのなら――君が他の冒険者に狙われないための『護衛』と、君が人間を襲わないかの『監視』として、冒険者に同行してもらうことにするよ」


(ま、建前なんだけどね)


と、心の中で呟いた。


「し、しかし姉上! 我に同行して、護衛してくれるような冒険者など……」


「いるよ? タマちゃんを護るためにその『冒険者』に喧嘩を売った……君の大好きなシファくんは、立派な冒険者になったよ」


「な、なんと……」


 ローゼは徐に一枚の用紙を取り出して、何かを記入し始める。


「私からの指名依頼という形にしておくよ。難易度は"上"級。系統は『護衛』だね。報酬は――」


 スラスラと内容を記入していくことで、依頼書が出来上がっていく。


 冒険者個人を指名しての『指名依頼』に、冒険者等級による制限は存在しない。

 受けるか受けないか。個人の判断に任されるのみだ。


 そしてローゼは、依頼書の最後の項目である『報酬』の所で手を止めていた。


「報酬は、シファくんが納得する物をタマちゃんが選んであげて」


「…………」


 ローゼのあまりの手際の良さと思い切りに、玉藻前は『何か狙いがあるのか?』と邪推してしまうが、皆目見当もつかない。

 しかし実際、イナリ山へ帰ることを望んでいるのは事実であり、シファが行動を共にしてくれるのであれば、これ以上のことなど存在しない。


 カルディア高森林に居座り続けることが不可能なのは、玉藻前自身もよく理解していることだ。


「そしてタマちゃんは、もしシファくんが危険な目に遇うような事があれば、護ってあげること」


 それだけは絶対条件だと言わんばかりに強調する。


「ひとりでイナリへと帰るのは、"絶"級冒険者として許可することは出来ない。どのみち高森林に居続けるのは無理なんだから、この条件、のんでもらうよ?」


 自分の命を護ってくれたシファとローゼ。そしてルエルの言うことは、最初から従うつもりだった玉藻前は――


「よろしく頼む」


 頭を下げながらそう答えた。


「よろしい。じゃ、この依頼書は私が組合に提出しておくから、タマちゃんはここでシファくんが来るのを待っててよ」


 そう言い残して、ローゼはその場を立ち去ったのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 報酬は…妾の身体でどうじゃ/// [一言] 駄目駄目そんなの!お姉ちゃん認めないよ! …ってやり取りがきっとあった
[良い点] 玉藻前といい、嫁ちゃんといい…ツンデレといい…あわわっ娘といい…積極的な娘が多くて嬉しいねぇ! [一言] フラグがどんどんたっていってて最高だねぇ!
[一言] ローゼが優しすぎて、どんだけシファが好きなんだよって思う。 唯一の家族として、世界一愛してるんだろうな。 将来的に討伐依頼で共闘することがあれば、ローゼはめちゃくちゃ張り切りそうだな。
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