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#94 初任務は姉と共に

 

 冒険者組合カルディア支部。

 訓練生として何度か教官(ユエル)に連れられてやって来たことがある。


 冒険者達が依頼を引き受ける時、またその報告などを行う場所だ。

 内装は今更言うまでもないが、一見酒場のような雰囲気。

 多くの冒険者達が互いに情報交換等も行う場所として使用されるため、酒や料理なども振る舞われる。勿論有料で、実際の酒場や宿屋よりも料金設定は少しだけ割高だ。

 にも関わらず、組合では多くの冒険者達が連日飲み食いしているらしい。

 それだけ、冒険者同士の繋がりは重要。ということだろうか。


「シファくんこっちこっち」


 と、改めて組合内を見回していたら、姉は知らぬ間に奥の方へと進んでいた。

 手招きする姉に従うように、俺もそちらへと足を運ぶ。


 壁際の掲示板。

 びっしりと紙が張り付けられているが、これ全てが依頼書だ。


「依頼を受ける時はこの中から選ぶんだよ」


「ふーむ」


 まぁ、そこら辺のことは教練で教えられている。


「指名依頼以外は、自分か編成(パーティー)の等級よりひとつ上の難易度の依頼までしか受けられないんだよ」


 うん。確かにそんな事を教官(ユエル)も言っていたな。

 ……って言うか、周りの視線が気になる。

 "絶"級の姉が親身になって教えている姿が珍しいのだろうか。

 ……まぁ、姉は有名人だからな、注目を集めてしまうは致し方ない。


「ちょっとシファくん聞いてる?」


「え――聞いてる聞いてる。依頼だろ? つまり俺が受けられるのは"中"級の難易度まで。ってことだろ?」


「そ。でも今日は私も一緒だから、どんな依頼だって受けられるよ」


 つまりは"超"級や"絶"級難易度の依頼も受けることが可能な訳だ。

 とは言っても、今俺達が見つめている掲示板にはそこまでの難易度の依頼書は存在していない。

 そもそも"絶"級の依頼が掲示板に張り出されることは滅多に無いらしい。もし、そんな超高難易度の依頼が発生した場合は、冒険者組合が直接冒険者を指名する。

 それが『指名依頼』だ。

 その『指名依頼』にも種類があるって話だが、今は置いておこう。"初"級冒険者の俺にはあまり関係のないことだし。


 まぁそんな訳で、この掲示板に貼り出されている依頼書は、一番難易度の高い物でも"上"級だ。


 それに姉が一緒とは言え初めての依頼任務。いきなり高難易度の物に挑戦するつもりもない。


 ――さて、どれにしようか。

 いまいちどれもピンと来ない。

 チラリと姉の顔を窺うも、ニッコニッコの笑みで俺を見守っている。


「じゃ、これでいいや」


 とりあえず、何か依頼をこなすことから始めよう。


 一応内容を確認してから、掲示板から依頼書をひっぺがした。


 難易度は"中"級。系統は材料調達。場所は、カルディア東側の湿地帯。


 まぁ、最初はこんなもんだろ。


 どう? いいんじゃない?


 と、姉にその依頼書を見せてみたのだが――


「うわ……シファくん、数ある中からソレ選ぶの? 湿地帯だよ? 汚れちゃうじゃん」


「え……」


 うそ……。そんな反応される?


 ジトーと目を細めてしまう姉。

 た、確かに……姉の綺麗な金髪が泥で汚れてしまう可能性があるのか。違うのにした方がいいのか?

 って、既に依頼書をひっぺがしてしまったんだが? 戻していいのかこれ……。

 習ってない。教練で習ってないぞ。


 どうしていいのか分からず、依頼書を摘まんだ俺の右手は空中を行ったり来たり。


 そんな俺を見ていた姉は――


「あはっ、うそうそっ、冗談だから。汚れなんて気にしてたら冒険者やってらんないでしょ? もうシファくんったら面白いんだから」


「――おいっ」


 可笑しそうに笑いだす。

 俺はせめてもの仕返しに、姉にチョップを繰り出したのだった。


 ~


「はい。依頼任務の受付ですね。お預かりします」


 ひっぺがした依頼書を、奥の受付へと持っていく。

 受付のお姉さんは、渡された依頼書の内容を確認し、次に俺の首飾り(冒険者証)へと視線を移していた。


「"初"級冒険者の方ですね? 規則上、何の問題もありませんが、"初"級冒険者の方が等級以上の依頼を引き受けることを……組合は推奨しておりません。それでもお受けになりますか?」


 基本的に、"初"級冒険者は"初"級の依頼をこなしていろ。ということなのだろう。

 冒険者の身を案じて言ってくれている。ソコには何の嫌味も含まれていない。


「大丈夫です。それに、"単独(ソロ)"ではなく編成(パーティー)を組んでいますので、心配ご無用ですよ」


「そうでしたか、それは失礼しました。パーティーの方の等級は――」


「私だよ」


 と、受付のお姉さんの視線が、俺の隣に立っている姉へと移動していく。


 姉の声と、その姿を確認して、受付のお姉さんはギョッとした表情を見せていた。


「ろろ、ローゼ様っ!? 先程帰られたのでは!? え……と言うか、ローゼ様が"中"級の依頼を? ……えぇ? 本気ですか?」


 慌て過ぎでは?


『本気』とは、逆の意味での『本気ですか?』という意味だろうな。

 アンタ、そんな簡単な任務を受けるような冒険者じゃないだろ。と言った所か。


「本気も本気だよ? シファくんとの初任務だから、超本気だから」


「え……シファくん?」


 ――スッと、受付のお姉さんの視線が、再び俺の所へ。

 首飾り。ではなく俺の顔へと向けられる。


 そして――


「――あ、貴方! 今年の生誕祭の模擬戦でカルディアの代表訓練生だった方じゃないですか!?」


「え、えぇ。まぁ」


「私! 模擬戦見てたんですよ! 凄かったです! そっか! 訓練所、出所したんですね、おめでとうございます!」


「えっと、ありがとうございます」


 やや興奮気味に、カウンターから身を乗り出してくる。


「本当に凄かったです! 私、興奮しちゃいました! 特に最後のラデルタとの試合……痺れちゃいました!」


「え、えっと」


 どこか惚けた表情で、俺の手を取りながらそう語る受付の人。

 俺個人としては、そこまで言ってもらえて嬉しいことこの上ないのだが――姉の表情は少しずつ険しくなっていく。


 そして――


「ちょっと。いいから、早く依頼書の受理してくれる? 手、放してよね」


 案の定、姉が割って入る。


「し、失礼しました! ――コホン。それでは、依頼書を受理します。お気をつけて、任務にあたって下さい」


 慌てて姿勢を正してから、依頼書に組合の判を押す。

 そして丁寧に一礼しながら、再び差し出されたその依頼書を俺は受け取った。


「じゃあ行こ! シファくん」


 まるで見せつけるように、姉は俺の手を取って歩き出す。



 とにもかくにも、こうして俺と姉の依頼任務は開始した訳だが、当然この依頼――



 ――姉と一緒ということもあり、何の問題も、何の危険もなく終わったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 危険な目に合わないのは1人の時も一緒だと思うよ笑
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