#93 距離感
新章開始です。
どうか今後も心優しい目で、ゆっくりと見守ってください。
約1年間に及ぶ冒険者訓練所での生活を終えた俺は、そのままの足で我が家へと帰ることにした。
訓練生としての最後の日となった今日の教練は、ユエルから簡単な説明と挨拶、そして冒険者証を貰うだけだったために、まだ日は高い。
俺は最後までひとり残り、暫くユエルと話し込んでしまったが、それでもまだ昼間と言って差し支えない時間だ。
晴れて冒険者となった今。
このまま冒険者組合に立ち寄り、冒険者として依頼を受けることも出来るが、俺は久しぶりに自分の家へと帰ることを選択した。
ちなみに、一時は魔境化してしまい"危険指定区域"となって立ち入りが制限されていた南山脈一帯だが、とっくにその制限は解除されている。
解除されてはいるものの、家の状況が少し気になる。そういった理由もあって、ひとまず俺は帰ることにしたのだ――が。
西大通りを歩いていると、見えてきた巨大な建物。
立ち止まり、顔を上げる。
――冒険者組合、カルディア支部だ。
俺が今後長きに渡り世話になる場所。
――少し覗いてみようか?
既に俺は『訓練生』ではなく『冒険者』。何も気後れする理由もなければ、不似合いということもない。
明日、ルエルとは冒険者組合で待ち合わせする約束もしているし、その前に少しだけ……中の様子でも確認しておこう。
別にこれが初めてという訳でもないが、『冒険者』として組合に入るのは初めてだ。
内心ドキドキしながら、俺はその立派な建物に足を向けた。
――瞬間。
――カラン。という音と共に組合の扉が開かれた。
勿論、俺が開けたのではない。誰かが組合から出てきたのだ。
ふと、視線をソチラに向けると――
「シファくんっ!」
「――え?」
心地好い声。聞き慣れた声で、名を呼ばれた。
大きな金色の瞳を輝かせる女性が立っている。
見慣れたその姿を視界に捉えると、ついつい頬が緩んでしまう。
「ロゼ姉……」
姉だ。
「良かったぁ……なんとか間に合ったよ」
たった今、俺が足を向けた冒険者組合の扉から出てきたのは他でもない――我が姉だった。
姉にしては珍しく、少し疲れた様子。
しかしすぐさま俺の所まで駆け寄り、手を握る姉。
「訓練所を出所する日が今日でしょ? だから迎えに行こうと思ってたんだけど……急に高難易度の指名依頼が出されちゃってさ……でも大丈夫! 速攻で終わらしたから!」
「へ、へぇ」
どうやら、姉は俺のことを迎えにくるつもりだったらしい。
しかし急に出された指名依頼で出遅れて、これから訓練所へと向かう所だった訳か……そしてここで俺と鉢合わせしたと。
なるほど、この姉の疲れ様はそういう理由か。
「冒険者訓練所、出所おめでとうシファくん」
俺の胸元にある、一本線の紋章が刻まれた冒険者証を見つめながら、姉は微笑んでくれた。
そんな姉に俺は
「あぁ。ありがとうロゼ姉、訓練所に入れてくれて」
そうお礼の言葉を口にすることしか出来ない。
姉から貰った物に対して俺は、まだ何一つ返せない。
姉の首輪に刻まれた紋章は"五角形"。に対して、俺の首飾りに刻まれているのは一本の線。
同じ冒険者でも、俺達の間にはこの紋章のように大きな距離がある。
いつか――俺も姉と同じ所に立てるようになって、これまでの恩は必ず返そう。
そして俺は、姉を超えるのだ。いつになるかは分からないが、この姉を護れるだけの男に……俺は成りたい。
「ん。それでシファくん、組合に何か用事?」
とまあ、俺の大好きな姉はそんな事一切気にしていない。
"恩"を返して欲しい。なんて微塵も思ってはいないだろう。
当然だ。俺が姉を大好きなように、姉も俺のことを大切に思ってくれている。
お互い、たったひとりの家族なんだから当たり前のことだ。
「いや、用事ってわけじゃないけど。冒険者になった身としては、一応組合の雰囲気を味わってみようかなと思っただけ」
さっきまでは本当にそう思っていたが、姉がいたのなら話は別。
久しぶりの姉との再会なんだから。
――そんなことより一緒に帰ろうぜ!
と、俺が続きを話そうする。その前に――
「じゃぁシファくんっ! 私と一緒に依頼受けてみようよっ!」
「……え?」
「ね? 良いでしょ? 新米冒険者に、色々教えてあげるよっ!」
「え……でもロゼ姉、今指名依頼片付けたばっかりで疲れてるんじゃ……」
「全然疲れてないよ? シファくんと入れ違いにならないか心配で、ちょっと慌ててただけだから」
な、なるほど。
姉と一緒に依頼か……ということは、姉とパーティーを組むということか。
い、良いかも……。
ちょっとルエルには悪いが、お先に冒険者としての活動を開始させてもらうとしよう。
「さっ! シファくん行くよ! まずは組合で自分の実力に合った依頼を探すところからだよっ」
「ちょっ、ロゼ姉……引っ張んなっ、待ってっ」
姉もかなり乗り気だ。
返事を待たずして、俺の腕を引っ張りながら組合の中へと足を踏み入れていく。
こうして、俺は冒険者になったその日に、まずは姉と共に依頼をこなすことになったのだった……。




