#89 《戦乙女の英才教育》
「『――同じ訓練生であるにも関わらず、訓練所間に存在する非常に大きな実力差。この実力差を少しでも小さい物にするべく、"絶"級冒険者――ローゼ・アライオン殿に特別教官として、訓練生への教練を依頼する』」
あっさりと自己紹介を済ませたローゼは、その手に持つ一枚の紙に記された内容をスラスラと読み上げる。
紛れもなく、冒険者組合より発行された依頼書だ。
王都第1の訓練生達は、ローゼが読み上げた内容に黙って耳を傾ける。――いや、話の流れについていこうと必死なだけだった。
唐突に現れた大陸最強の冒険者にまず驚愕し、混乱した。そしてそんな彼女が話す言葉は、彼等にとっては屈辱的な物だったからだろう。
――お前達は弱いから、仕方なく私が鍛えてやることになった。
簡単に言えばこういうことなのだと……彼等は徐々に理解していく。
「10日間というあまり長くはない期間だけど、出来る限り君達のことを鍛えることになってるから、そのつもりで――」
顔を上げ、ローゼが再び口を開いたのだが。
「ふざけんなぁぁぁああっ!!」
言葉を遮るようにして怒鳴り声が発せられ、ローゼは視線だけを反応させた。
「何の冗談だこりゃぁ!? あぁ!? 教練なら間に合ってんだよ! 別にアンタにわざわざ教えてもらわなくてもよぉ、教練が終わった後に自主練でもなんでもできんだよっ! 今更部外者が出張ってくんじゃねぇっ!」
その場で立ち上がり、思っていることをそのまま口にして叫ぶ訓練生がひとり。
彼の周囲にも、ローゼへと鋭い視線を向ける訓練生が何人か存在している。
「君……ベリル・グレイスだね。筆頭実力者、代表訓練生として模擬戦に参加していたね」
依頼書とは別の、もう一枚の紙に視線を落とす。
"絶"級冒険者として依頼を受けた以上、ローゼは必要最低限の準備を済ませている。
王都第1訓練所の訓練生の顔と名前は、既に記憶していた。
「だったらどうだってんだよ……」
「君達のその自主練と教練じゃ、カルディアとラデルタとの絶望的な差は少しも縮まらない。組合はそう判断したんだよ」
「てめぇ、ふざ――ッ!」
またしても声を荒げ、言葉を遮ろうとするベリルを、ローゼは鋭く睨み付け……黙らせる。
そして話を続けた。
「過去のカルディアも負け続けていたけど、今年程の実力差は訓練所間では存在していない。でも、君達が悪いという訳でもないよ。カルディアとラデルタが少し強かっただけで、君達は"普通"だからね」
ベリル達代表訓練生とて、今ローゼが話したことは現実として受け入れている。
実際にカルディアの代表訓練生と戦い、完敗を喫してしまっている。彼等の自信は既に、完膚なきまでに叩きのめされてしまっていた。
しかし、だからこそ、ここで新しい者に教えを乞うなど、許せる訳もなかった。
そしてそれは――
「別にそこの馬鹿の肩を持つつもりはねぇが……」
同じ訓練所に所属している、他の訓練生も同じらしい。
「まさか"絶"級様がお出ましとは思わなかったぜ、恐れ入ったよ。だが、俺も今更部外者がしゃしゃり出てくるのは気に入らねぇな」
何かとベリルと対立を繰り返してきた訓練生。
ローゼがやって来る少し前に、ベリルに罵声を浴びせていたのも彼である。
「おい! お前達、いい加減にしろっ。この方を誰だと――」
あまりにも分を弁えない訓練生の態度に、控えていた本来の教官が声を上げようとするが、ローゼはそれすらも……視線だけで制してしまう。
「…………」
教官は、自分の出る幕では無いこと悟り、静観することを決める。
「君は、ネイジ・ニルガだね」
「俺達のことは既に勉強済みってか? 流石、"絶"級冒険者様はひと味違うな」
あからさまに肩を竦めて見せるネイジ。
すると、ローゼは少しだけ微笑んでから――訓練生全員を見渡しながら再び口を開く。
「君達の言いたいことも分かるよ、たしかに私は部外者だからね。けど、私も冒険者として依頼を受けた以上、責任があるから」
そしてローゼは、まるで彼等訓練生を挑発するかのように言った。
「それじゃ君達には、君達自身の実力を理解してもらうために、私と少しだけ戦ってもらおうかな」
あくまで自分はお前達の格上である。そう誇示するかのように、また、妖艶な笑みを見せながら――
「まさか、ビビって逃げたりしないよね?」
~
全ての冒険者訓練所には必ず存在する――訓練場。
主に訓練生同士の模擬戦や、実技的な教練の際に利用されるこの場所に、ローゼは訓練生を連れ立ってやって来た。
そして、広い訓練場の中心に立つローゼを取り囲むように、訓練生達がズラリと並んでいる。その数、総勢40名。
「ひとりずつ相手にするには時間が掛かっちゃうから、まとめることにするよ」
ざわつく訓練生に構わず、ローゼは当然のように続きを話す。
「と言っても、流石に40人をまとめて相手にすると訳分かんなくなっちゃうから、5人編成を組んでもらうことにするね」
「おい、その前に確認だ」
ベリルが一歩前に出る。
「本当に訓練生の誰かがアンタに一撃でも加えられたら、アンタは特別教官の依頼……蹴るんだな?」
「良いよ。って言うか、既に依頼は引き受けちゃってるから……この場合は依頼失敗扱いだけどね。約束してあげるよ、ただし――」
優しい笑顔から一変し、鋭くなったローゼの視線がベリルに向けられる。
「もしそれが無理だったなら……君達は今日から10日間、私を特別教官として認め、大人しく教練を受けること。わかった?」
「じょ、上等だよ……」
ここに来る前に、双方で交わされた約束。
それを再認識したところで、ローゼは再び話を戻していく。
「じゃぁまずは――"ベリル・グレイス"、"クロド・ジニア"、"ライド・ウォゼル"、"ネイジ・ニルガ"、"ユナ・レイオルフ"。この5人の相手をしようか」
「――ッ!?」
今、ローゼが名を呼んだ5人。
内3人は代表訓練生として模擬戦に参加していた者達……に加えて、実力上位者4番目と、5番目の訓練生に他ならない。
その5人をまとめて相手にするという発言に、ベリル達は一瞬驚く。
そして――
「大丈夫だよ。私は収納魔法を一切使わないし、左手も使わない。あと――」
左足を大きく上げたかと思うと、勢いよく地面を踏みつけた。
「この左足も、地面から一瞬たりとも離さないと誓うよ。もし破れば、その場合も君達の勝ちで良い」
「「……………」」
シーンと、静けさに包まれる訓練生達。
「「ふざけんじゃねぇぞ……」」
ベリルとネイジが声を揃えて、訓練生の列から数歩前に出ると、2人に続いて先ほどローゼに名を呼ばれた3人も足を踏み出した。
そして、それ以外の訓練生達は後ろに下がり、彼等が思う存分戦闘が行える程度の広さが確保されると――
「私を殺す気でかかって来ないと、君達じゃ……触れることも出来ないよ?」
クイッと、彼等に向かって指を傾ける。
そんなローゼの仕草に――
――ブチりと、怒りを露にした2人の訓練生は、収納からそれぞれの武器を取り出した。
そしてその荒ぶる感情のままに――ベリルとネイジはローゼへと肉薄して、武器を振るうのだった。




