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#86 カルディア生誕祭 3日目 ~勧誘~

 

 溢れんばかりの歓声。というやつだ。

 冒険者訓練生達がこれまでの教練の成果を発揮するための模擬戦だが、同時に冒険者組合が訓練生達の実力を確認するための物でもあった。

 しかし、観戦にやって来た街の住民達にとっては関係ない。ただの、カルディア生誕際の娯楽のひとつ。


 そんな娯楽のひとつでもある生誕際最大の催し物(イベント)、冒険者訓練所による模擬戦はどうやら――盛大に成功したようだった。


「シファ……やったわね」

「はわわわっ! 凄い歓声……」


 ルエルは相変わらず冷静に、そしてミレリナさんもいつも通り慌てた様子で歩み寄ってきた。


「あぁ。俺達(カルディア)の勝ちだ」


 間違いなく全勝した。

 俺達の実力は、まさに必要以上に示せた筈だと――俺は視線を横に流す。冒険者組合の支部長達が座っている場所へと。


 幼女が全力で喜びを表現していた。

 いつものあの偉そうな雰囲気など微塵も感じさせず、ぴょんぴょんと跳び跳ねている。満面の笑顔だ。

 そしてその幼女を落ち着かせようとしている一人の美女、長い黒髪のあの女性は――"歌姫"エヴァ・オウロラだろう。

 周囲には他の支部長達の姿もある。


 しかし――姉の姿はない。

 いつの間にかいなくなってしまっていたらしい。

 今の俺達の戦い、見てくれていたのかは分からない。もしかすると、『訓練生同士の模擬戦くらい、勝って当然だよっ』なんて思っているのかも知れないし、見ずに帰ったのかも。


 なんて、少しだけ残念に思ってしまう俺がいる。


「いてて……ちくしょう、まさかユヴァの歌唱魔法で強化された俺達が負けちまうなんてな」

「あぁ、見事だ。俺達の完敗だな」


 とそこで、カイルとバーゼもやって来た。


 色々な属性の魔法剣を扱うカイルも、ミレリナさんの詠唱魔法を完全に耐えきって見せたバーゼも充分凄いと思うが……ここは素直に彼らの称賛を受け取っておくことにした。


 それに……


「もぅっ! 悔しい! もし次があれば……ぜっ――たいに私達が勝つんだからね!」


 ユヴァ・オウロラ。

 彼女の歌は、カイルとバーゼの力を大きく強化させていた。

 バーゼに至っては、ミレリナさんの本気の詠唱魔法を耐えてしまう程だった。


 さらに……


「ちょっとカイル! アンタは油断し過ぎなんだからねっ!

 カイルがあそこでその……この綺麗な青い人――」


「ルエルよ」


「そうっ! ルエルさんの魔法を躱して凍らされてなかったら、違った結果になってたかも知れないんだからねっ!」


「いてっ、あんまり叩くなよっ! こっちは疲れてんだよっ! っつかあんなの躱けれねーだろ。そんな次元の話じゃねーよ!」


 ユヴァには、全然疲れた様子が見られない。

 あれだけの強化を施す魔法を使い続けていたのにだ。

 彼女もまた、バーゼ達以上の実力を持った訓練生なのかも……。


「とにかく俺達の負けだが、満足のいく試合だった」


 後ろでカイルとユヴァが言い合いをしている中で、バーゼが右手を差し出してくる。


「あぁ。いい試合だったよ」


 そのバーゼの右手を、俺はしっかりと握ったのだった。


 ~


 西側の待機場所へと戻って来た俺達を、ユエル教官はいつも通りに出迎えてくれたが、その顔には嬉しさが滲み出ているのが分かった。


 全ての模擬戦を終えても尚、興奮冷めやらぬ大広場だったが、ピタリと静けさが訪れる。

 理由は簡単。大広場中央、円形広場に入場する人物が現れたからだ。


『あー、こほん』


 支部長コノエだ。


『まず、自分の持てる実力を最大限に発揮してくれた訓練生の皆に労いの言葉と感謝の言葉を送る――』


 朝と同様に、冒険者組合を代表して我らが支部長コノエ様が最後の挨拶をするようだ。


 俺達(訓練生)への労いの言葉に始まり、集まってくれた観客達への感謝。そしてカルディアという街への感謝が述べられる。


 そして、支部長コノエは最後に――


『今、皆が目撃したように……このような若者達が訓練生である限り、冒険者の未来は明るいと言えるだろう!』


 そう締め括った。


 再び巻き起こる歓声の中、支部長コノエは堂々と退場していく。


『以上で……冒険者訓練所、その代表訓練生による模擬戦を終了します。お集まりいただいた皆様は、充分お気をつけてお帰り下さい。繰り返します――』


 終わった……。

 どうやら、本当に終わったらしい。

 集まっていた観客達も次々と解散し、それぞれの大通りへと進んでいく。

 模擬戦終了を告げた声と、少しずつ人が散っていく光景を見て、ようやく実感する。


「はぁ」


 途端に、俺の力も抜ける。ぐったりと、椅子の上で脱力してしまった。

 どうやら、知らず知らずの内に気を張っていたらしい。変に疲れてしまっている。


 隣に座るルエルとミレリナさんも似たような物だ。

 ルエルも珍しく、ぼうっと人の流れを眺めている。


「ふふ。お疲れ様、見事な試合だったわ。貴方達はそこで少し休んでなさい、後の面倒事は私の仕事よ」


「え、面倒事?」


 完全に脱力しきっている俺達に優しい表情を見せながらも、そんなよくわからないことを言って、教官は立ち上がる。

 そして、一歩二歩と俺達の前に進み出る。

 まるで、自らの背中で俺達を守っているような立ち位置だ。


 少しして、教官の行動の意味を理解した。


「君達……ものすごく強いのね」


 なんて言いながら、前方からゆっくり近づいてくる一人の女性。

 冒険者という装いではない。勿論……組合の関係者でもないだろう。

 この女性の装いは紛れもなく……王国騎士だ。


「あら失礼。私は、王国騎士団第一部隊所属のレイナ・ジオリアと言います」


優雅に一礼してから、俺達の前に立つ教官を無視して話し出す騎士。


「さっきの試合見てたわ。君達……特に君、ものすごい実力を秘めているわね。どうかしら? 君さえ良ければ明日からでも、騎士団第一で面倒見てあげるわ」


 俺が勧誘されているらしい。


「王国を守護するための第一騎士団よ。君の実力なら、すぐには無理でも、必ずその実力を活かせる日が来るわ。三食昼寝付き。将来の安寧も約束してあげるわ」


 ぐ、グイグイ来るなぁ……。

 ルエルとミレリナさんも呆気に取られている。


 しかし――


「用件は分かったわっ」


 騎士が俺に近付いて来るのを、教官がその体を盾にして防いでくれた。


「彼はまだ()()()訓練生よ。彼への用件は私を通してもらえる?」


「……"超"級冒険者、"一閃"のユエル・イグレインだったかしら?」


「えぇ。そして今は、貴女が口説き落とそうとしている彼の教官でもあるわ」


「別に、私は貴方と話すつもりはないのだけれど? 後ろの彼に話があるだけで」


「その『話』は、私から彼に伝えておくわ」


「…………」

「…………」


 互いに黙って睨み合う二人。

 緊張する時間が続くかと思ったが、意外にも騎士の女性があっさり視線を逸らしてしまった。


「ふふっ」と軽く笑ってから、再び話し出した。


「私は別に、騎士団第二と違って貴方達冒険者と敵対したいとは思っていないのよ」


 そう言いながら、クルリと体を翻す。


「じゃぁ貴女からそこの彼に伝えてくれる? 『もし騎士団に興味があるのなら、いつでも待っているわ。その時は王国騎士団第一部隊副長――レイナ・ジオリアを訪ねて』とね」


 長い茶髪を揺らしながら、そのまま立ち去ってしまった。


 なるほど、これが『勧誘』というやつか。

 騎士団に入る気はないが、実力を見込まれて誘いを受けるというのは、正直悪い気はしないな。

 だが、俺が本当に認めてもらいたいとおもっているのは――姉だ。


「シファ、騎士団の方が貴方を迎え入れたいそうよ」


「いや聞いてたからっ」


 教官に、一応突っ込みを入れてから――



「断っておいて下さい」



 きっぱりとそう言い切った。



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