#85 カルディア生誕祭 3日目 ~火柱と竜王と歌~
ミレリナさんの言葉に呼応して、俺達の足下全体に、燃えるように赤い魔法陣が浮かび上がる。
ミレリナさんの本気の詠唱魔法……であることが分かる程に、魔法陣が眩しい光を放っている。
バーゼは堪らず顔をしかめた。足下から放たれる閃光と、魔法陣から感じ取れるミレリナさんの魔力に驚いているらしい。
俺は即座に、ユヴァへの進行を中止して魔法陣の外である後方へと退避する。ミレリナさんの詠唱魔法をまともに喰らっては、俺まで戦闘不能になりかねないからだ。
視界の端で、ルエルも俺と同じ選択をしていることが確認できた。
カイルは下半身が凍り付いてしまい、行動することができず、バーゼも咄嗟のことで判断が遅れている。
2人とも……魔法陣の上だ。
そして、ユヴァは……。
どうやら、歌いながらでも行動することは可能らしい。
俺達と同様に魔法陣の外へと退避すべく動き出している。
おそらく、ミレリナさんの詠唱魔法に気付き、瞬時に判断して行動に出たのだろう。
しかし問題ない。
ユヴァを戦闘不能に出来ずとも、この2人を戦闘不能に追いやれば……結果的には同じことだ。
そして――
「――――」
聞こえていたユヴァの"歌"の声が、更に大きく、そして力強くなったのを……俺は聞き逃さなかった。
その歌声に対抗するように発せられた――
「『大火炎災』」
ミレリナさんの言葉と共に、大広場に巨大な火柱がそそり立つ。
閃光と熱と轟音を放ちながら伸び、遂には天にまで達した火柱に……カルディア大広場に集まった全ての者が視線を向けて、そして見上げている。
ミレリナさんの魔法に恐怖している者もいるだろう。
それだけの迫力が――この魔法にはある。
しかし大丈夫だ。
このミレリナさんの魔法が、彼女の意思に反して暴れることはもうない。
かつて、カルディア西の大森林、その深層である草原地帯を焼き付くしてしまった魔法だったが、今は完全に制御されている。
本気の詠唱魔法ではあるが、過剰な魔力は込められていない。
目を閉じて、静かに息を吐くミレリナさんの今の姿を見て、更にそう確信した。
徐々に、火柱の勢いが弱くなっていく。
弱くなるにつれて、火柱による轟音が収まると聞こえてくるのは――ユヴァの"歌"だ。
やはり、ユヴァは魔法陣の外に退避していたか。
となると――
俺は腰を落として集中する。いつでも動けるようにと。
「シファ? ――! まさか……」
そんな俺の様子に怪訝そうな表情を見せたルエルだったが、すぐに気付いたらしい。
何より、ユヴァが未だに歌うのを止めていない。
いったいどれだけの強化が"歌"に込められているんだよ。と、若干呆れてしまう。
だが少なくとも、かなりの体力は削れている筈。
そう思いながら睨み付けていた火柱が、今まさに消えようとした時、薄らと見えた人影がひとつ。
バーゼだ。
腰を落として踏ん張り、またしても両腕を交差させて体の面積を極力少なくすることで、ミレリナさんの詠唱魔法までも耐えていた。
カイルは……どうやら戦闘続行は困難な様子だ。
バーゼと違って、ルエルの氷によって身動きを封じられていたのが効いたようだ。
そして俺は――その姿を認めた瞬間、即座に地面を蹴りバーゼへと肉薄する。
この隙を見逃す訳がない。
だが、バーゼも即座に反応を見せた。
鋭い角度から的確に、俺の顔面へと繰り出される右拳。
ミレリナさんの詠唱魔法をまともに喰らったとは思えない動きだが……少しだけ、動きに固さが感じられる。
体を捻り、回避する。
体を回転させながら俺が取り出したのは――
大剣――幻竜王だ。
「なっ――」
身の丈程もある大剣の出現に、バーゼが目を見開いている。
大剣を構えながら俺はバーゼに問いかける。
「バーゼ。お前と超獣……どっちが硬い?」
「な、なに? ベヒーモス? いったいなにを――」
ユヴァの"歌"で強化され、ミレリナさんの詠唱魔法を耐えきったバーゼの方が硬いし、強いだろう。
そしてカイルが戦闘不能になった今、人数で勝る俺達はその利を生かして、ユヴァを攻めることも出来るが――俺はどうしても、この今のバーゼを倒したかった。
「腕相撲の借りを返すぞ――」
「――ッ!?」
全力で大剣を振り抜いた。
俺に対して攻撃を繰り出そうとしていた拳を戻し、バーゼは必死に防御の体勢に入る。
両腕を交差させて、大剣を受け止めようとした。
回避を選択しなかったのはやはり、ミレリナさんの魔法の影響が足に残っているのだろう。
大剣が、バーゼの体に纏う魔力を突き抜け、防御のための両腕に激突する。
一瞬、バーゼが苦悶の表情を浮かべる。
そしてそのまま――大剣は振り抜かれ、バーゼは大きく後方へと吹き飛ばされた。
小回りもあまり利かず、聖剣に比べると使い所の難しい大剣ではあるが、ミレリナさんの詠唱魔法の影響が多少なりとも残っていたおかげか、バーゼの魔力を突破することは簡単だった。
しかし、まだ模擬戦は決着した訳ではない。
すぐさま俺は大剣を収納に戻し、駆ける。
バーゼを追ったのではなく、最後の1人に向かってだ。
駆けながら聖剣を取り出し、充分に間合いに入った所で振り抜き、そしてピタリと止める。
――ハラリと、綺麗な黒髪が数本……宙を舞う。
パチリとした大きな黒い瞳が俺を睨み付けている。気付いてみれば、彼女は歌うことを止めていた。
俺の聖剣は、彼女の喉元へと突き付けられ、寸での所で停止した状態だ。
互いに暫く見つめ合い、沈黙が続く。
俺は決して目を離さない。
すると、ようやく観念したのか――
「~~ッ! もうっ! 分かった! 分かったわよ! ラデルタの負けよっ! 認めるからっ!」
ムキーッとした表情で、ユヴァがそう宣言した。
『し、試合終了っ!! "カルディア訓練所"対"ラデルタ訓練所"の模擬戦は、"カルディア訓練所"の勝利ですっ!』
今日一番の歓声が、カルディアに響き渡ったようだった。
『これにて、各冒険者訓練所による模擬戦が終了しました。各代表訓練生は、所定の待機場所にてお待ち下さい。繰り返します――』
鳴りやまない歓声を聞きながら、俺は内心ホッとして聖剣を収納に戻した。
「…………」
相変わらず、ユヴァは俺を睨み付けたままだ……。




