#84 カルディア生誕祭 3日目 ~"詠唱"対"歌唱"~
炎帝を装備した俺の右拳は間違いなく命中した。
バーゼの攻撃を回避しつつ籠手へと蓄積された運動量は――火力となってバーゼを襲った筈。
俺の目測では、訓練生が耐えることのできるものではない。
なのに……どうして――
お前はそこに立っているんだよ……。
「恐ろしい突破力を秘めた攻撃だ……」
若干の恐怖心が込められた言葉だが、バーゼの声はしっかりと聞こえた。
バーゼは、籠手を装備した俺の右拳を――その逞しい両の腕を交差させて、完全に防いで見せた。
ジジジ……と、バーゼの腕からは僅かな炎が燻っている。多少の焼け傷があるものの、地面に足をつけて力強く立っている。俺の予想していた光景には程遠い。
そもそも、完全に直撃コースだった。一瞬の隙を突いたんだ、防御する余裕なんてなかった。
――なにがどうなってる? 姉じゃあるまいし、今のバーゼの動きは人間離れしているように思える。
――そして、どこからともかく聞こえてくる、この"歌"。
などと考えごとをする余裕がある訳でもなく、バーゼが再び攻勢に出た。
力強く踏み込み、魔力を込めた右拳を振り抜いてくるが――?
バーゼが纏わせている魔力が上昇しているように感じる。
とにかく、バーゼの攻撃を喰らうのは危険だ。
一歩引いて、その攻撃を躱そうとするが――
「――ッ!?」
予想していたよりも、バーゼの動きが速い。さっきよりも、確実に。
俺は慌てて体を捻る。
ジッ――と、鋭い右拳が俺の頬を掠めた。
タラリと、頬を熱いものが伝っていく感触を少し不快に思いながら後方に下がり、バーゼから距離を取ることにした。
ルエルの様子が気になり、視線を横に向ける。
そこには、カイルと激しく剣を打ち付け合うルエルの姿があった。
しかし、かなり分が悪いように見える。
自らの魔力で生み出した氷の剣を巧みに操るルエルだが、何度か打ち合う度に……氷剣はカイルの強烈な一撃により砕かれてしまっている。
そしてその度に、ルエルは再び氷の剣を生み出す。
しかも、カイルの持っている剣……。
「なるほど……魔法剣士か」
剣に魔法が付与されている。
時には『風』を帯びて、疾風のような剣筋を見せたかと思えば……今度は『炎』を帯びて烈火のごとき攻撃を浴びせている。
ルエルにとっては、かなり相性の悪い相手に思える。
「あぁ。カイルは数多くの属性を扱うことの出来る魔法剣士だ」
再び、バーゼが腰を落とし構えを取る。
声に誘われて、俺の意識は再び目の前の敵に向いた。
改めて集中してみるとよく分かる。バーゼの肉体に漂う分厚い魔力が。
なるほど。
バーゼは、魔力を自らの肉体に纏わせることで攻撃力と防御力を得ることに特化しているらしい。
俺が武器に魔力を纏わせて戦うのに対して、バーゼは己の肉体を武器にして戦うようだ。
そして、バーゼの肉体に纏う魔力が格段に跳ね上がったのは――突如聞こえてくるようになった、この"歌"が聞こえてからだ。
魔力だけじゃない、反応速度から何まで、あらゆる『戦闘力』が上昇しているように思える。
おそらくは、カイルもだろう。
チラリと、俺は視線をバーゼの後方へと移す。
歌っているのは勿論――ユヴァ・オウロラだ。
そんな俺の視線に気付いたバーゼは、不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「気付いたな。ユヴァの"歌"は俺達に力を与える。あいつが歌っている限り、俺達は負けん」
支援魔法を極めた"絶"級冒険者――"歌姫"エヴァ・オウロラ。その妹の彼女も、支援魔法に特化しているということか。
ならば、この歌を止めさせれば良いだけの話だ。
見たところ、ユヴァは支援のみで攻撃には参加しない様子。本当に"支援"専門なのだろう。
ユヴァを戦闘不能にさえ追いやれば、バーゼ達の戦闘力は低下する筈……しかし。
バーゼ……隙が無い。
ユヴァの下へと向かうのは、このバーゼが許さないだろう。厄介だな。
しかし――
急激な周辺温度の低下を肌で感じた俺は、ほくそ笑む。
「バーゼ、この模擬戦は3対3だぞ」
「ぬっ!?」
――キィン。と、涼しげな音が鳴り響き、バーゼとカイルの下半身が凍り付く。
ルエルの『零界』だ。
しかしどうやら、後方のユヴァまでは効果が及んでいない。
カイルとの激しい攻防の中では、大広場全体に魔力を行き渡らせるのは不可能だったようだ――が、充分だ。
俺は腰を落とし、踏み込む。見据える先は、今も歌い続けているユヴァ。
2人の動きを封じたこの少しの時間があれば――間に合う。
そう思い、俺が地面を蹴ると同時に聞こえてくる――バキリと何かが砕ける音。
目の前に立ち塞がるように飛び出したバーゼの姿を見て、ルエルの氷が即座に砕かれたのだと思い至った。
「3対3……そんなことは分かっている」
ユヴァの"歌"で強化されたバーゼは、ルエルの氷すらも――魔力を纏う肉体によって砕いてしまったらしい。
真っ直ぐに振り抜かれた拳と共に呟かれたバーゼの言葉に、俺は視線を下に向けて、こう答えた。
「いや、分かっていない」
そして、次に聞こえてきたのは――
「破滅詠唱"災害"第肆章――」
――破滅の言葉だった。
あなたのその評価のために。




