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#82 カルディア生誕祭 3日目 ~宣戦布告の妹~

 

 詠唱魔法は、簡単に扱える代物ではない。と、これまでの教練でも何度か聞かされている。

 絶対的な魔力量と才能がなければ、詠唱魔法は成功しない上に、扱うのが困難なのだとか。更に言えば、同じ詠唱魔法でも行使する者の魔力の違いで、その威力も規模も違ってくる。

 というのが、詠唱魔法について俺が持っている知識だが……


 ミレリナさんという、詠唱魔法を得意とする天才が身近に居るせいで、俺はいつもそのことを忘れてしまいそうになる。


 だから、こうして3人で魔力を結集し詠唱魔法を行使したララティナ達も、冒険者としての将来が明るい訓練生たちなのだと思う。

 事実、空から降ってきた光の柱は完全に制御された詠唱魔法であり、確実に俺達の頭上に墜ちて来た。


 この『光』からは、異なる3人の魔力を感じることが出来る。

 3人で協力してひとつの魔法を行使するという技能(スキル)が、いったいどれ程の高等技能なのか俺には分からないが、少なくとも簡単な物である筈が無い。


 おそらく、『詠唱魔法』を行使するために必要な膨大な魔力を、互いに補い合っているんだろう。


 まさにこの『光』は、彼女達の総力と言ってもいい魔法だ。


 しかし、俺の見上げる先にあったその『光』は――


 ――道半ばで、左右に割れるように消滅した。


 眩しい程の閃光は消え失せ、青空が再び姿を表す。

 全力で振り抜いた俺の右腕が伸びた先で、青空に浮かんでいた巨大な魔法陣に霊槍が突き立つように刺さっている。


 充分に俺の魔力を纏わせた霊槍は、ララティナ達の魔法を消し飛ばし、無事に魔法陣まで到達していた。


 そして――魔法陣をも消滅させる。


 すると大広場は、まるで何事もなかったかのような雰囲気に包まれる。

 さっきまでの眩しい閃光がまるで嘘のような、何も変わったことのない大広場。

 ただ、既に模擬戦は開始されているというのに、歓声はどこからも聞こえてこない。


「……うそ、でしょ」


 ララティナ達が、唖然とした表情でペタリと床に座り込る。

 観客達はどうやら、今ここで何が起こったのか理解が追い付いていない様子だ。


 やがて、何処からともなく戻ってきた霊槍を握り締めて、俺はララティナ達へと向き直った。


「見ての通りだ。生半可な魔力は俺には通用しない」


 さっきの『天照』という詠唱魔法から感じた魔力は、ミレリナさんよりも少ない物だった。

 なら、俺の霊槍が彼女達の詠唱魔法を貫通することが出来るのは当然のことだ。


「…………」


 信じられないのか、ララティナ達は口を半開きにしたまま固まってしまっている。


 そして――


「ま、まさか……君ひとりに、私達の魔法がいとも簡単に消滅させられるなんて、思ってもみなかったわ」


 しばらく呆然としたままだったララティナだが、やがて状況を受け入れることが出来たらしく、よろりと立ち上がる。先の詠唱魔法で、3人ともかなりの魔力を消費してしまったようで、互いに支え合いながらだ。


 こうして見ると、どれだけミレリナさんが凄いのかを実感するな。同じ訓練生でありながら、ひとりで詠唱魔法を行使してしまうんだから。

『詠唱魔法』という物に、俺はあまり詳しくないが、今のララティナ達を見て……素直にそう思った。


「ふぅ……」


 そして、一息ついたララティナ達は顔を上げて――


「「「私達の負けです」」」


 3人、声を揃えてそう言った。


『試合終了! "王都第2訓練所"対"カルディア訓練所"の模擬戦は――カルディア訓練所の勝利ですっ!』


 高らかに宣言されたその声に呼応するかのように、大広場は歓声に包まれる。


「シファ。お疲れさま」

「はわわわっ、シファくん凄いです!」


「あぁ」


 俺達を祝福する歓声の中、背後からそう声をかけてきたのは勿論、ルエルとミレリナさんだ。

 しかし――


「それにしても、結局また……シファひとりで終わらせてしまうのね」


 と、どこかルエルは不機嫌そうだ。


 多分――この模擬戦に向けて俺達は特訓してきた。その特訓の成果を発揮出来ていない現状が、少し気に入らないんだろう。


 だが、次のラデルタ訓練所との模擬戦は、こうはいかないんじゃないだろうか。

 俺達の前に行われた"王都第2"と"ラデルタ"の模擬戦も、なかなかに異常な試合だった筈だ。


「まだ模擬戦は残ってる。次の試合では、2人にも全力を出してもらった方が良いかもな」


「分かってるわ」

「うんっ!」


 勿論、ラデルタ訓練所の模擬戦は2人の方がしっかり見ていたし、敢えて俺が言う必要もなかったんだろうが、それでもルエルとミレリナさんはしっかりと返事をしてくれた。


「私達の完敗だわ。おめでとう」


 と、そんな俺達の背後に掛けられた声に振り向けば、ララティナがやって来て手を伸ばしている所だった。

 その手を、俺はしっかりと握る。


「一応、私達の全力の魔力だったんだけどね。それを『生半可』と言われちゃ、お手上げね」


「わ、悪かった。けど、3人でひとつの詠唱魔法を使うなんてな、驚いたよ」


 少なくとも、俺達にはまだ出来そうにない。想像したこともないからな。

 これは俺の勝手な憶測だが、おそらく……お互いのことを相当に信頼し合っていないと不可能なんじゃないだろうか。


 なんて思っていると、ララティナは「ふっ」と軽く笑ってから、驚くことを口にした。


「まぁね。私達3人、姉妹だからね」


「「「え?」」」


 俺とルエルとミレリナさんの声が揃った。


「私が長女のララティナよ。そして、この2人は私の妹の『ラナ』と『ラティ』よ」


 ララティナの両隣の美女2人が、優雅に一礼したのだった。


 ~


 ララティナ達との挨拶もそこそこに、俺達は円形広場から退場して西側の休憩所を目指す。

 そこら中から聞こえてくる歓声が、少しだけ気持ちがいいが……まさかララティナ達が3姉妹だったとは驚いた。

 近くで見ると、たしかに似た顔立ちをしていたし、3人とも髪の色も綺麗な桃色だ。言われてみれば納得だった。

 協力して詠唱魔法を使えたのも、家族だからということなのかも知れない。


「シファ、あそこ」


 なんて考えながら歩いていたが、ルエルの声に誘われた方に視線を向けてみる。

 休憩所へ向かうまでの途中、その道を塞ぐようにして立つ3人の男女――いや、訓練生の姿がある。


 やがて、彼等の目の前で……俺達は足を止める。


「よう! 試合の前に軽く挨拶にでもと思ってよ」


 ラデルタ訓練所の代表訓練生の3人だ。


 今日の模擬戦、残すのは俺達(カルディア)彼等(ラデルタ)の試合のみだ。少しの休憩を挟んでから行われる。


「俺はカイル。こっちはバーゼだ、知ってるよな? こないだ腕相撲で戦ってたもんな?」


 どうやら、彼等も俺のことを覚えてくれていたらしい。

 もしかして気付かれていないのかも。なんて思っていたが、ひと安心だ。


「あぁ、俺はシファだ」


 お返しにと、俺の自己紹介を含め、ルエルとミレリナさんの紹介も簡単に済ませるが……。


「シファ、と呼ばせてもらってもいいか?」


 勿論構わない。俺は頷いた。


「実は俺達よりも、シファに挨拶しておきたいって奴がいるんだよ」


 カイルがそう言いながら道をあけると、後ろから姿を表した女性。

 彼女も、ラデルタの代表訓練生のひとりだ。


 俺に挨拶とはいったいどういうことなのか、首を傾げるしかできない。

 そんな態度の俺を見て――女性は一瞬クスリと笑ってから話し始めた。


「初めまして。"戦乙女"、ローゼ・アライオンの弟のシファ君……だよね?」


「? あぁ、そうだけど」


 別に隠しているつもりはない。

 だいいち、腕相撲大会には姉も参加していたし、あの場での俺と姉のやり取りを見ていた彼等なら、知っていて当然だ。

 だが、どうやら『それ』を確認しに来た訳でもなさそうだ。


「私の名はユヴァ。ユヴァ・オウロラよ。"絶"級冒険者の"歌姫"、エヴァ・オウロラの妹よ」


「――!?」


「お姉ちゃんから君のお姉さんの話はよく聞かされてるの」


「お、おう?」


 今一状況を掴めない俺は、またしても首を傾げる。

 しかし、そんな俺に構うことなく彼女は――「すぅっ」と大きく息を吸い込んだ。


 そして――


「ぜっ――たいに、負けないからっ!」


 力強くそれだけ言って……背中を向けて去っていった。


「え……」


 相変わらず状況について行けていない俺。

 ルエルとミレリナさんも多分、唖然とした表情で、今去っていった彼女の背中を見つめているんじゃないだろうか。


「わ、悪いっ! ユヴァの奴、同じ"絶"級冒険者の弟のお前に、かなりの対抗心燃やしてるみたいなんだよ。なんか、姉同士もあまり仲が良くないんだろ?」


 それは初耳だが、そう言えばさっき見た姉も、その"歌姫"と何やら口論しているみたいだったな。と、思い出した。


「と、とにかく……お互い頑張ろうなっ」


 そう言うなり、カイルも慌てた様子で去っていった。


 そして


「よろしく頼む」


 と、礼儀正しく頭を下げるバーゼに俺は――


「あ、あぁ。こちらこそ」


 と、挨拶を交わしたのだった。


あなたのその評価、待ってます。

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― 新着の感想 ―
[一言] くっ、もうポイント入れたから、これ以上ポイント入れられない!!!もっとポイント入れたい! って感じで、安定している最高な作品です。
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