#81 カルディア生誕祭 3日目 ~彼女達の挑戦~
沸き立つ観客達の熱気に誘われて、俺達の視線は大広場へと吸い寄せられていった。
王都第1訓練所との模擬戦に快勝した俺達3人は、西大通り側に設けられた待機場所に並んで腰掛けている。俺達のすぐ後ろには、ユエル教官が立ったまま模擬戦を観戦している。
「さっきの"王都第1"との模擬戦であそこまでの結果を残した以上、もうカルディアのことを甘く見ている者は存在しない。実力は充分に示せた筈……」
"王都第2"と"ラデルタ"の模擬戦が開始された円形広場を見つめていると、俺の隣に座るルエルが話し出した。
自然と俺の意識はそちらへと移るが、当の本人は真っ直ぐに円形広場を見据えたまま、更に言葉を続ける。
「だけど、残りの2試合も私達は全力で勝ちにいく。それで良いのよね?」
「勿論だ。俺達はこの生誕祭の模擬戦で全勝する」
カルディア訓練所の強さを、あそこにいる支部長達に見せつけて訓練所を存続させる。
後ろに立っている教官もそれを望んでいる筈だし、それは冒険者組合カルディア支部の支部長幼女への貸しにもなる――
――と言うのも勿論あったのだが、今は純粋に勝ちたい。素直にそう思うようになった。
勝負事は、勝った方が楽しいに決まってる。
それに、こんな所で負けているようじゃ……俺はあの姉に追いつけないだろうしな。
「そ。分かった。少し確認しておきたかっただけよ」
チラリと一瞬、俺の方に視線を向けたかと思えば、ルエルは可笑しそうに笑って見せたが、すぐに模擬戦の観戦へと戻った。
まぁ大丈夫だろう。
俺達は充分に強い。それはこれまでの訓練所の生活と、危険レベル18の玉藻前との実戦形式の特訓で確信に変わった。
この模擬戦で『全勝』することは不可能ではない筈だ。
――なんて、ルエルの横顔を見ながら思ってから、俺は再び前方の円形広場へと視線を戻した。
「は、はわわわわっ!」
視線を戻したと同時に、そんな慌てた声が逆隣から聞こえてきた。
いつものミレリナさんの声。
――何をそんなに慌ててるんだよ? ミレリナさん?
という俺の言葉は、口から出ることはなかった。
何故なら――
『し、試合終了! 全ての代表訓練生の戦闘不能により、"王都第2訓練所"対"ラデルタ訓練所"の模擬戦は……"ラデルタ訓練所"の勝利ですっ!』
耳に飛び込んできた、あまりにも早すぎる試合終了を告げる言葉を受け入れるので精一杯だったからだ。
目を凝らして円形広場を観察してみると……立っているのは3人。
広場中央寄りに立っている2人の男の内、1人はバーゼ。彼等のかなり後方には女性が1人、可愛いらしい笑みを浮かべながら立っている。間違いなく、ラデルタ訓練所の代表訓練生3人だ。
対して、王都第2訓練所の代表訓練生……ララティナは息を荒くして座り込み、残りの2人は彼女のすぐ傍で倒れ伏している。
俺の目から見ても確かに、ララティナ達は戦闘続行が難しい状況だが……。
「悪いな。ラデルタは手加減はしない。たとえ模擬戦だろうが勝負事となれば勝ちにいく。腕相撲だろうが何だろうが、だ。な? バーゼ!」
「あ、あぁ」
かろうじて聞き取れたバーゼ達のそんなやり取りは、更なる盛り上がりを見せる観客達の歓声に呑み込まれていった。
「は? え、マジで終わり? おいルエル!」
「えぇ、終わったみたい。王都第2の訓練生は、成す術なく彼等に敗退した。後ろの彼女は戦闘に参加していないわ」
見ていたのだろう。ルエルは目を細めながらそう説明してくれた。
相変わらず、お前は冷静だな。
それにしても、まさかこんな展開になるとは……。
改めて俺は、溢れんばかりの歓声に包まれる広場に目を向けた。
ラデルタ訓練所の3人が互いに喜びを分かち合っている。
あそこにいるバーゼと腕相撲で勝負して負けたのは記憶に新しい。ついこの間のことだ。
かなりの実力を持っているのは薄々に感じていたが、想像以上なのかも知れない。
「どうやら、そう簡単に勝たせてはもらえないみたいだけど?」
ほえー。と、呆気に取られていた俺に、からかうようなルエルの言葉。
「なんて言いながら、お前もやる気充分じゃん」
あまりにも楽しそうなルエルの表情に、俺は思わずそんなことを口にしていた。
「し、シファくんっ! 私もっ、頑張るからっ!」
「おうっ! 頼りにしてるよ、ミレリナさん!」
ミレリナさんもかなり気合いが入ってるみたいだな。
『それでは、これより半時後に"王都第2訓練所"対"カルディア訓練所"の模擬戦を執り行います。繰り返します――』
円形広場から訓練生達が退場すると響き渡った声。
ここで一旦休憩か。
まぁたしかに、続けて模擬戦を行うと連戦になってしまうからな。少しでも公平性を保つためだろうか。
せっかく気合いの入った所に、少し水を差された気分だが……しょうがない。
休憩がてら、軽い昼食にしよう。
~
「え!? 王都第1訓練所の連中が棄権した?」
「えぇ。貴方に完膚なきまでに大敗して、何か思う所があったのかも知れないわね。この後に控えていた模擬戦を全て棄権するそうよ」
「「…………」」
本当に軽く昼食を済ませ、もう少しで休憩も終わろうかという時。席を外していた教官が戻ってきたかと思えば、そんな知らせを持ってきた。
これには流石に俺達も驚いた。
「さっき、王都第1訓練所の教官が頭を下げて来たわ」
どうやら、各訓練所の教官の所に謝罪して回っているらしい。
王都第1の教官も大変だな……。
しかしまさか、あの憎たらしい3人が残りの全試合までも棄権するとは、本当にどうした。
「シファが、2人の武器を使い物にならなくしてしまったからだったりして」
「うっ」
グサリと。ルエルの言葉が突き刺さる。
「ふふ。貴方達が心配することは何もないわ。寧ろ、第1の教官には感謝されたくらいよ。『キツいお灸を据えてくれてありがとう』ってね」
良かった……。
教官のその言葉を聞いて、俺も一安心だ。
そしてどうやら、残った3つの訓練所で引き続き模擬戦は行われるということらしい。
その証拠に――
『時間になりました。"王都第2訓練所"そして"カルディア訓練所"の代表訓練生は、中央円形広場まで入場して下さい。繰り返します――』
最早聞き慣れた声が、大広場に響き渡る。
「行ってらっしゃい」
教官に軽く手を振ってから、俺達は中央円形広場に進んで行く。
初戦の時以上の歓声が俺達を包み込む中、王都第2の訓練生と同時に入場を果たし、向かい合った。
目の前に立つのは、3人の訓練生。
全て女性であり、美女だ。
「昨日ぶりね。シファ……という名だったかしら」
「あ、あぁ」
ギロリと、横からのルエルの鋭い視線に怯えながらも、俺はなんとか返事をすることが出来た。
「王都第1との試合、見ていたわ」
ララティナが、どこか諦めたような雰囲気で話し出す。
「きっと、私達は君達には勝てないわね。さっきの"ラデルタ"と言い……本当に、自分たちの未熟さを痛感させられる日だわ」
諦めたように話すララティナだが、決して暗い表情という訳ではない。寧ろその逆だ。
「模擬戦は私達の負けで良いわ。だけどシファくん、私達は君達に挑戦したい」
「挑戦?」
「ええ。私達の全力の魔法が君達に通用するのかどうか、それを試してみたいの。本来なら、こんな試合で扱える魔法じゃない。だから、模擬戦は私達の負けで良い」
むう。
つまりは、試合の結果は度外視として、全力の魔法を俺達に叩き込みたい訳か。
おそらくは、こういった試合には不向きな魔法なのだろう。
だけど試してみたいと、そういう訳かな。
一応、ルエルとミレリナさんの顔を窺ってみたが、反対という様子でもない。
ララティナが嘘を言っているようにも思えない。ということで俺は――
「分かった。受けて立つよ」
そう答えた。
「ありがとう。感謝するわ」
美女3人が、揃って頭を下げる。そして――
『"王都第2訓練所"対"カルディア訓練所"――開始してくださいっ!』
模擬戦開始の合図が響く。すると――
「全力でいくから、覚悟してね」
そう言ってから彼女達3人は互いに手を取り合い、目を閉じる。
変わった雰囲気に、俺達は少し身構えた。
「『我等の望みを叶える光よ――』」
透き通るような3人の言葉が、合わさりながら聞こえてきた。
言葉に乗って、彼女達の魔力が場に溶け込み、空へと流れていくのが分かる。
「し、シファくんっ! 詠唱魔法です! この人達、3人で詠唱魔法を行使するつもりですっ!」
ミレリナさんの慌てた声など気にすることなく、目の前の3人の詠唱は続く。
なるほど、詠唱魔法か。
しかも3人でとは、これは確かに試合向きじゃないな。隙だらけだもん。
今、ここで俺達が攻撃を繰り出そうものなら、その攻撃は間違いなく無防備な彼女達に直撃することだろう。
これが、彼女達の挑戦か。
「シファくん、私が詠唱魔法で相殺する?」
「いや、俺に任せてくれ」
徐々にその姿を表しつつある魔法陣を空に見ながら、ミレリナさんの提案は断っておく。
確信があった――
「『招来に応じて顕れるは"光"』」
一気に、魔力が空へ流れ、魔法陣が輝き出した。
「招来詠唱"光"――」
魔法陣の閃光に、大広場が包まれる。
目を開けておくのも難しい程の光の中で、彼女達の言葉だけが響き渡る。
「『天照』」
天から、光が墜ちてきた。
とてつもない魔力。
彼女達3人の魔力が、この光に集まっている。
だと言うのに、それでもまだ――
俺は、チラリとミレリナさんへと視線を向ける。
可愛いらしくも、眩しそうに空を見上げるミレリナさん。
――この、天から墜ちてくる光に結集された3人の魔力でも……それでもまだ、ミレリナさんの魔力に届いていないのだ。
――俺は、収納から霊槍"オーヴァラ"を取り出した。
あなたのそのPUSH、待っております。




