#8 女の修羅場
投擲した俺の槍は、轟音を響かせながら直進した。
霊槍オーヴァラは、魔法的存在には絶大の効力を発揮するが、ソレ以外には大した効果は見込めない。
例えば、今回のように対人で使用した場合、この霊槍に期待出来る効果は相手の魔力を奪い去ることだ。
つまり、この霊槍が高飛車女に命中したならば、奴の魔力を奪い、戦闘の続行が困難な状態へと追いやることが可能だ。
そう思い、俺はこの槍を選んだ訳なのだが……。
どうやら外れたらしい。
訓練場壁際まで吹き飛んだ高飛車女。
俺の投擲した霊槍は、その高飛車女の顔、僅か数ミリ横の位置に命中し、突き立っている。
やはり霊槍だけあって、あれほどの轟音と勢いにも関わらずそこの壁への物理的影響は少ないようだ。
ただ……高飛車女の髪が僅かに消失して、少し可笑しな髪形になってしまっている。
「……な、なな、なに? ……これ」
チッ。
やはり命中しなければ、あの女の魔力を奪い去ることは出来ないらしい。
もしかしたら意識を奪えているかも。と思ったが甘かった。
ならばと、俺はもう一度収納魔法を使用し、別の武器を取り出しながら駆け出した。
この高飛車女の実力がよく分からない以上、このチャンスを生かしたまま勝負を決める。
本気を出されたら厄介だからな……。
選んだのは、『籠手・炎帝』だ。
姉曰く、『やっぱ純粋に攻撃力が欲しいならコレだよね。運動エネルギーが炎に変わってそのまま攻撃力になるからね。加減もしやすいよ?』とのこと。
剣などの武器はどうしても加減がしにくいからな。
殴打系統のこの籠手なら、丁度良い程度に戦闘不能状態まで持っていけるだろう。
駆けながら、体を横に回転させること2回。
その遠心力が炎に変わり、攻撃力となる。
今の状態の高飛車女ならこれで大丈夫だと思うが、念のためにもう1回転追加しておく。
更に火力を増した右手を、俺は高飛車女の腹に叩き込むべく振り抜いた。
「そこまでっ!!」
「――ッ!? はぁ!?」
突如として俺の耳に飛び込んだ模擬戦終了の合図。
繰り出した俺の右手は、高飛車女の腹を確実に捉えていたが、その寸での所でピタリと停止している。
「え? 終わり? なんで!?」
慌てて声のした方を振り向くと、ユエル教官がこちらに近付いて来ていた。
「終わりよ。よく見て、リーネさんはこれ以上戦闘を継続するのは無理よ」
目の前の女に視線を向けてみた。
「はっ……はっ……はっ」
「え? おい、大丈夫か?」
意識はあるが、軽い過呼吸の症状。
コイツ、どれだけ油断してたんだ?
俺の思わぬ反撃が、よっぽど驚きだったと見える。
とはいえ、コイツは戦闘を継続させることは不可能。であれば――。
「ということは?」
ユエル教官の言葉を待つ。
「そうね……これは引き分けね」
「なんで!?」
「最後のあなたの攻撃。あれは駄目でしょ。私が止めなかったら、あなたリーネさんを殺してたかも知れないわよ?」
「んなバカな」
流石にそれは言い過ぎだ。
あの程度、俺の姉には一切通用しない火力なのだが?
「ほら、皆の反応を見てみなさいな」
ユエル教官がそう顔を向けたのは、今の俺達の模擬戦を見守っていた他の訓練生達だ。
その皆は……。
「……信じられねぇ」
「はわわわわ」
「……………………」
青い顔をしていた。
「ふふ……」
ただ、ルエルだけは笑いながら俺に手を振っていた。
「はぁ……あなた、いったいどんな特訓をお姉さんから受けていたのよ?」
「え? ロゼ姉は『普通の特訓』って言ってたけど」
「……後で話があるから、いいわね?」
軽く頭を押さえながら、ユエル教官がそう言っていた。
なにか問題だろうか? 厄介ごとはごめんなのだが……。
~
「認めないっ! 私は絶対に認めないんだから!」
程なくして、いつもの調子を取り戻した高飛車女。おそらくコレがいつもの調子なのだろう、声を荒げている。
「だから引き分けだっつってんだろーが。何が不満なんだよ」
他の訓練生達も集まってきた中、何を思ったのか俺に突っかかり始めた。
「はぁ!? どうして私があんたと引き分けなけりゃいけないのよ!」
流石に意味不明だ。
皆も同じ感想を抱いたのか、同様に困惑した表情。
コイツ顔は良いのに、それを台無しにしても尚余るほどに性格が悪い。
困った。ここまで来ると、俺もなんて言い返したら良いのか分からなくなってきた。
「あそこで私が転ばなかったら、私が勝ってたんだから! どうして収納魔法が得意なんて言う奴と引き分けなきゃいけないのよ!」
俺と引き分けたことがそれほど不名誉なのか……少し傷つくが、もうコイツと言い合うのも少し疲れた。
適当に流そうと思ったのだが――
「収納魔法を教えることしか出来ない姉の弟に……私が……私が」
コイツ……また――
「貴女、馬鹿なんじゃないの?」
「「「え?」」」
思わぬ所から、思わぬ人物の声に俺を含む一同が驚いた。
「あれだけの戦闘を見て、体験して、それでもまだ分からないの? リーネ……なにさんだっけ?」
「……ななな?」
ルエルだった。
非常に涼しげな表情と青い瞳から感じる冷たさと、冷たい笑顔。
そのルエルが、高飛車女へとゆっくりと詰め寄る。
「お馬鹿な貴女に教えてあげる。彼の収納魔法……あれは普通の収納魔法ではなかったわ」
いや、ただの収納魔法だ。姉に教わった。
「収納魔法とは誰でも扱える基本的な魔法で間違いないわ。でも、本来はある程度の集中力と想像力が必要な魔法よ」
うむ。姉からもそう教わった。
だが念入りに、ひたすら想像力と集中力の特訓を姉とおこなった。
「さっきの彼のように、あれだけの戦闘をこなしながら、そして連続で武器を収納し、そして取り出すなんて事、普通では無理よ。少なくとも私はね」
「た、確かに」
「俺も無理だ」
「じゃぁ、さっきのはいったい……」
無理なのか?
いや、姉はもっと早く、そして複数同時にやってのけるのだが……。
「彼のは、間違いなく収納魔法ではあるけれど、それの応用技能。『超速収納』と呼ばれる物よ」
んん? 初耳だ。
「な……なによ、ソレ」
ルエルの迫力に、高飛車女も圧されてしまっている。
本当、人って外見で判断してはいけないな。
「さっきの彼が見せた収納魔法の技術よ。コレを使える人をひとり、私は知ってる」
「は、はあ? あんた何言って――」
「戦乙女ローゼ」
「ッ!? は、はぁ!?」
「ぇぇぇええ!?」
「いやいやいやいや! えぇ!?」
ローゼ? え、それは我が親愛なる姉の名だが、戦乙女?
「大陸に4人しか存在しない、絶級冒険者。様々な武器を瞬時に取り換えながら戦う乙女。ローゼ・アライオン。あなたのお姉さんの名よね?」
「「「はぁぁ!?」」」
こっち見んな。
俺も状況について行けん。




