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#78 カルディア生誕祭 3日目 ~カルディア訓練生~

 

 繰り出した右拳から迸る魔力の爆風で、俺は顔をしかめた。


 全力で振り抜いた俺の拳は、激しい轟音と閃光と共に、高めた火力の全てを吐き出し、ベリルを広場の端まで瞬く間に吹き飛ばした。


 どうやら、今俺達が立っているこの円形広場を囲うように見えない壁(結界)らしき物が張られているらしく、炎帝による爆発と爆風が観客にまで届くことはない。

 教官から事前に聞いていたとおりだ。


 そして吹き飛んだベリルは、その結界に激しく打ち付けられ、その場に倒れ伏した。


 うつ伏せに倒れたベリルの様子を、俺は静かに観察してみた。


 完全に気を失っているが……命に別状はないようだ。

 クロド同様、死んでいてもおかしくない攻撃だったが、この場に働いている魔法の力で命は護られている。

 しかし、もう奴がこの試合中に起き上がってくることはないだろう。それだけの手応えがあった。


 あと、奴の持っていた長剣が見当たらない。


 ……どうやら、消し飛ばしてしまったっぽい。

 クロドの槍もだが、これは模擬戦だ。そういうこともあるだろう。致し方なしだな。


「はっ、はっ。……き、君は、いったい何なんですかっ?」


 大いに盛り上がっていたこの大広場だったが、さっきの炎帝の攻撃を切っ掛けに静まりかえっている。

 そんな状況の中聞こえてきた震える声。その声の主は――


 この広場に立っている唯一の"王都第一訓練所"の訓練生、ライドだ。


 だが、かなり顔色が悪く、戦意も失っているように見える。

 足をガクガクと震えさせながら立ち尽くし、今にも座り込んでしまいそうだ。


「何って……お前らが散々馬鹿にしてきたカルディアの訓練生、その代表だよ」


「ば、馬鹿なっ! あり得ないっ! 訓練生の域を超えています!」


 冒険者訓練所に所属する訓練生とは、基本的に高い実力を持っている者しかなることが出来ないものだ。冒険者としての将来が明るい者でなければ、訓練所に入所することが出来ない。

 その中でも、やはり実力の優劣は存在してしまうのは仕方がないこと。

 そして、"王都第一訓練所"の代表に選ばれているこのライドは、彼等の中では上位の実力を持っているということなのだろう。


 ただ、俺は更に強い。それだけのこと。

 今の俺の実力は、姉との特訓で得た物であり、カルディアの訓練所で学んだ成果でもあり、その結果だ。


 俺とコイツらの実力の差が、こうして明確な形となって表れただけなのだが……このライドは、どうやらそれを受け入れたくは無いらしい。

 いや、認めたくない。そんな感じだな。


「ぼ、僕達が……たった一人の訓練生に、こうもあっさり敗北するなんて……あり得ない。な、何かの間違いだ……か、カルディアの訓練生に負けるなんて……」


 少しイラッとしてしまうが、こらえる。

 カルディアの訓練生というだけで、『弱い』と決めつけていた"王都第一訓練所"の連中だったが、ここに来てもまだ、その姿勢を崩そうとしない。


 どれだけ自分達の力を過信してんだよ。と、呆れてしまう。


 さっさとこのライドも倒して終わりにしよう。


 そう思ったのだが……この広場の体感温度が急激に下がったことに、俺は気付いた。


「僕はまだ負けてない。お前達カルディアなんかに負ける訳がないっ!」


 半ばやけくそ気味に、そう言い放つライドは気付いていないようだ。


 失っていた戦意を少しばかり取り戻し、俺を睨み付けてくる。

 俺達(カルディア)に負けるということは、コイツらの中ではそれほどまでに許しがたい物らしい。


 ライドは目を見開き、その手に持つ杖を高らかに掲げた。

 俺に向けて魔法を行使するつもりらしく、魔力がその杖に集中しているのが分かる。

 さっきも、こいつの魔法を俺は霊槍(オーヴァラ)で消し飛ばして見せたのだが……もう忘れているのか、それとも認めたくないだけなのかは、分からない。


 炎帝を収納に戻し、ライドを見据える。しかし、霊槍を取り出すことはしない。


 どうやら俺以外に、何か言いたいことのある奴がいるみたいだしな。となると、俺の出番はもう終わりか。


 なんて思っている中でも、ライドの掲げる杖に魔力が集まっていく。

 眩しい光を放ち、その魔力が解き放たれる瞬間が近付いているようだ。


「カルディアの分際で、調子に乗るなぁっ!」


 そして、魔力の込められたその杖を、俺に向けて振り下ろそうとするライドだが――


「――ッ!」


 杖は、最後まで振り下ろされることはなく、途中で停止した。


「な、なんだ……これは」


 徐々に体感温度が下がり、肌寒くなった広場。

 ――キィン。という音と共にライドの足下から突如として出現していた氷柱が、鋭利な先端を奴の喉元に突き付けていた。

 冷気を漂わせるその氷柱の存在に気付いたライドは、咄嗟に振り下ろす腕を止めたのだ。


「もう止めてもらえる? 時間の無駄。貴方たち"王都第一訓練所"の負けよ」


 俺の後ろから近付いてくるルエルの声。

 この広場での体感温度が下がったのは、魔力を吐息に混ぜて周囲に行き渡らせるルエルの技能(スキル)『零界』による影響だ。

 今、ライドの喉元に突き付けられた氷柱は、ルエルの魔力によって出現した物。

 ルエルも今日までの特訓で、技能を維持出来る時間が少し長くなっている。


「カルディアだからって、私達の実力を勝手に決めつけていたみたいだけど……私、そういうの大嫌いなの」


「――ッ!」


 ルエルの鋭い視線を受けて、ライドがビクリと肩を震わせた。


 俺達が初めて出会った日、リーネと模擬戦をした後のあの時と同じ声色。

 どうやら、ルエルも怒っているらしい。


「分かった? 貴方たちの負けよ。認めて」


 俺の横に並んで立ったルエルがそう言うが――


「ふ、ふざけるな……ふざけるな。ふざけるなぁ! カルディアの癖にっ!!」


 と、大声を上げながら更に魔力を杖に集中させる。


 コイツ……大人しそうな雰囲気だが、我を忘れると手を付けられなくなるタイプの奴だ。


 もう良いだろう。さっさと気絶させてしまえよ。

 そう思って、俺はルエルを見たが、


「シファ。こういう奴等には、自ら負けを認めさせるべきよ」


 と言いながら、ルエルは首を横に振って見せる。

 そして――


「ミレリナ」


 と、少し離れた位置に立つミレリナさんに声をかけた。


「…………」


 するとミレリナさんは静かに頷き、目を閉じる。


 どうやら、既に詠唱を済ませているらしい。


「破滅詠唱"災害"第(なな)章――」


 ミレリナさんが声を響かせると、俺達が立つ広場を埋め尽くす光が、足下から放たれる。

 光の正体は……巨大な魔法陣だ。


「…………」


 足下に出現した巨大な魔法陣を見たライドが絶句し、固まる。


 それもそうだろう。

 今、俺達の足下に出現した魔法陣から感じる魔力は、はっきり言って途方も無い程の物。

 俺でもそう思うんだ。ライドにとっては、それはもう信じられない程の物の筈。そして、仮にも魔法を得意とするコイツなら尚更だ。


 そんな魔法陣に込められた圧倒的な魔力の持ち主もまた、俺達の後ろに立つミレリナさんの物。カルディア訓練生の魔力だ。


 震え出したライドの腕の先にある杖が、放っていた光を徐々に弱くさせ……消える。


 終わったようだ。


 今度こそ、完全に戦意を失ったらしい。


 ライドは、その場で膝から崩れ落ち、両手を地面に突く。


 未だ光り輝くミレリナさんの魔法陣に恐怖し、圧倒的なまでの"差"を目の当たりにしたライドは……静かに、しかしはっきりと呟いた。



「こ、降参です。僕達、"王都第一訓練所"の……負け、です」



 ライドが、負けを認めた。


 そして――


『試合終了! "王都第一訓練所"対"カルディア訓練所"の模擬戦は、"王都第一訓練所"の訓練生の戦闘不能者2名と、降参者1名により――"カルディア訓練所"の勝利です!』


 高らかに、そんな声が響き渡る。


 静まりかえっていた大広場の観客達からも、一斉に歓声が上がった。



 広場を埋め尽くしていた巨大な魔法陣は、魔法を放つことなく、静かに消えていたのだった。


遅くなって申し訳ない。

王都第一訓練所戦、終了です。


あなたのその応援を、引き続きお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] いいねぇ 久しぶりに見れて嬉しいです
[一言] >「ルエル、ミレリナさん。今回は、俺1人にやらせてくれ」 >ルエルとミレリナさんが後方へ下がってくれたのが気配で分かった。 >何も言わず、そして何も訊かずに俺を信じてくれる2人には感謝しかな…
[良い点] いつも楽しく読ませていただいてます! [一言] 他の方も言ってる通り、徹底的に叩き潰しても良かったかも、と思う反面でそれはそれで今度は恐怖の対象みたいになりそうだなぁと思いもしたので、これ…
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