#77 カルディア生誕祭 3日目 ~"最強"の弟~
ルエルとミレリナさんが後方へ下がってくれたのが気配で分かった。
何も言わず、そして何も訊かずに俺を信じてくれる2人には感謝しかないな。
今日までのカルディア訓練所での生活で、俺やルエル、そしてミレリナさんの強さを……俺は充分に理解している。
それは、俺を信じて後ろに下がってくれた2人も同様に理解しているのだろう。
目の前に立つ、この3人の力量も……なんとなく分かる。
「馬鹿かテメェ、カルディアの連中は頭も弱いのかよ」
「ベリル……望み通りにしてやれ。少しでも恥をかかないためにと思っての行動だろう。俺達3人相手に1人で挑んだという美談にでもするつもりなんだよ」
「…………」
そう言いながら、俺の目の前に立つ3人は各々の武器を収納から取り出した。
長剣に槍と杖。それらを手にした王都第一の連中は構えらしい構えをとっていない。完全に俺のことを舐めているらしい。
気にせず、俺は集中する。
――模擬戦開始の合図を待つ。
少し駆け出せばすぐに間合いが詰まる程度の距離で、俺と奴等は向かい立っている。
腰を落とし、構える。
「テメェ、武器を収納から取り出さねぇのか?」
「…………」
いつまでも武器を取り出さない俺を見て、ベリルという男が怪訝そうに訊ねてきたが無視だ。
答える義理は無い。
「チッ、無視かよ。弱小野郎が……」
そんなベリルの悪態も、俺は特に気にすることなく集中を続ける。
玉藻前との訓練の日々で、俺達のパーティーとしての実力は確実に上昇した筈だが、その成果を発揮するのは今じゃなくても大丈夫だろう。
何故なら――
『"王都第一訓練所"対"カルディア訓練所"――開始してくださいっ!』
――この3人より、俺の方が強い。
そんな確信を持ちながら、俺は前を見据えていた。
模擬戦開始の合図が響くと同時に、状況は動き出している。
ベリルが瞬時に俺に肉薄していた。
相変わらず人を馬鹿にしたような笑いを浮かべながら、長剣を下段後方に構えている。今にも俺に向かって振り抜いて来そうな雰囲気だが――これはハッタリだ。
コイツの視線が一瞬、俺の後方に立つルエル達の方へと流れたのを俺は見逃さなかった。
だが、ハッタリにはハッタリだ。
俺は一瞬……体を強張らせ、身構える。
「ハッ! 馬鹿がっ! 誰が糞真面目にテメェの相手だけをするかよ!」
自分の思い描いていた通りの俺の反応に、ベリルは満足な笑みを浮かべながら素早く俺を飛び越えた。
見せかけの攻撃動作から即座に跳躍し、俺の後方のルエル達をベリルは目指す。
そして――
「お前の相手は俺だけで充分だ」
槍を構えたクロドという男が姿を現した。
ベリルの背後に隠れていたようだが、俺は気付いていた。
「終わりだ――」
的確に俺を捉えた槍が一直線に迫る。
意表を突いた一撃。充分に魔力を通わせた槍は確かな威力を誇りながら俺へと迫る。
その槍を、俺は充分に引き付ける。
そして、槍が俺の体に触れる寸前で……クロドはニヤリと笑みを浮かべた。
自分の攻撃が俺に命中するのを確信しているようだが――
その槍が俺に触れることは無い。
一瞬早く、俺は全力の瞬発力で左足を軸にして体を回転させ、クロドに自らの背中を晒す。いつか姉にやられた回避動作だ。
そして背中で隠しながら、俺は即座に収納から聖剣を取り出し――そのままの流れで振り抜く。
「――ッ!? なっ!? 剣……だと? いつの間に――」
意表を突いた鋭い一撃を躱されたことと、一瞬で取り出した聖剣を見たクロドが心底驚いたような表情を浮かべているのが見えた。
「悠長に話している暇があるのか?」
「――ッ!?」
俺がそう言うと、クロドは慌てて槍を戻し聖剣を防ぐべく動くが――無駄だ。
「――はぁっ!!」
魔力を込めた聖剣を、俺は全力で振り抜いた。
――ガァンッ! という甲高い音が一瞬鳴り響いたのは、クロドの槍を俺の聖剣が打ち砕いた音だ。
そして聖剣の勢いが止まることは無い。
「――ぐっ……」
槍を砕き、そのままクロドをも切り払い、吹き飛ばす。
剣撃の余波が、周囲に迸った。
確かな手応えがあった。おそらく、これで奴は戦闘不能だ。
本来なら死んでいてもおかしくはない程の一撃だが、広場の周囲に置かれている魔水晶がクロドの命を護る。
どうやら、教官が言っていた何かしらの魔法が働いているようだが、今はどうでもいい。
少し離れた所で倒れ伏すクロドの姿を見届けるまでもなく、俺は次の行動に移る。
聖剣を収納に戻し、魔力を込めた足で地面を全力で蹴る。
後方のルエル達へと向かったベリルの対処のためだ。
ベリルは、今にもルエルへと長剣を振るおうとしている所だったが、ルエルとミレリナさんはこれっぽっちも動く素振りを見せない。
そんな2人の態度に、俺はつい笑ってしまう。
信用されているようで、嬉しくなってしまった。
「テメェら、もう諦めてんのかぁ!? じゃぁさっさと――」
と言いながらルエルに長剣を振り下ろすベリルの背後に、俺は瞬時に駆け付ける。地面を踏み締めると同時に、床が抉れる感触が足に伝わってきた。
そのまま俺は、ベリルの首根っこを右手で掴み――
「――ぐほぁっ!!?」
地面に叩き付けた。
ベリルの顔面が激突した衝撃で、床が僅かに抉れてしまった。
「お前らの相手は俺1人だって言っただろ?」
床にへばりついているベリルの頭に向かって話しかけると、
「て、テメェ……な、なんで……クロドはどうした……」
押さえ付けられている顔を無理矢理に起こそうとしながら、そう何とか口にした。
何が起こっているのか理解できない。そんな表情だ。
「お前の連れなら、もう倒した」
「あぁ!?」
どうやら信じられないらしい。
コイツの中では、俺達は格下の相手。
そんな俺からの『倒した』という言葉は、到底受け入れられる物ではないようだ。
その俺に、こうして身動きを封じられているというのに……まだ実力の差を理解していない。
「放せや! こらぁっ!」
必死に起き上がろうとするが、魔力を込めた俺の右手はピクリとも動かない。
体は起き上がろうとするが、顔面が地面から離れないために、立ち上がることが出来ない。
「グッ……テメェ、いったいどんな魔法を使ってやがる」
「別に何も。ただ手で押さえ付けているだけだ」
そんな俺達の光景を、ルエルは静かに見下ろしている。
口を挟むつもりも、手を出すつもりも無いようだ。
どうやらミレリナさんも同様だが、口をパクパクさせている。きっと心の中では『はわわわっ!』なんて言ってるんだろうな。
…………。
そんな時、背後から僅かな魔力の気配を感じ取った。
これは……魔法が行使された時に感じる魔力だが、いつもミレリナさんの魔法を間近で見ていただけに、なんとも矮小な物に思えてしまう。
とは言え、魔法が行使されたことには違いない。それは、どうやら俺を狙っての物のようだ。
仕方がない。
右手をベリルから離し、振り返る。と同時に、収納から霊槍を取り出した。
振り返れば、視界を埋め尽くす程の雷撃が轟音を鳴り響かせながら、眩しい閃光と共に迫り来ている所だった。
雷撃を放ったのは、向こうで杖を高らかに掲げている小柄な男。ライドと呼ばれていた男だ。
「ハッ! 馬鹿がっ! ライドの魔法だ! テメェじゃどうしようもねぇよ、終わりだよ馬鹿が!」
そんな捨て台詞を残しながら距離を取るベリルとは対照的に、俺達は一歩も動かないし、動じない。
激しく雷撃が迫る中での俺達のそんな様子に、一瞬ライドが怪訝そうな表情を見せるが――その顔が驚愕の色に染まるのは、直ぐのことだった。
迫った雷撃の嵐に――俺は慣れた手つきで霊槍を軽く振るう。
それだけで、雷撃は跡形もなく消え失せ、轟音と閃光が収まった。
僅かな風のみが、俺達を通り抜けていく。
全然大したことのない魔法だ。
ミレリナさんの魔法すらも打ち消せる霊槍だ。これは、俺達にとっては当然の結果だった。
勿論、俺の魔力を充分に通わせた霊槍だからこその結果ではあるのだが……。
しかし、王都第一の連中にとっては、今目の前で起きた光景は信じられない物だったらしく――
「…………」
「な……」
目を見開き、言葉を失っている。
「なんだ、テメェ……いったい何をした? 槍? いつの間に? 今の一瞬で、取り出したのか?」
流石に、互いの実力差を理解し始めたようだ。
ベリルの表情から、僅かに戦意が失われていることが分かる。
だが、もう遅い。
「昔のカルディアがどうだったのかは知らないが――」
霊槍を収納に戻しながら、俺はコイツらに言っておきたかったことを口にする。
「今のカルディアの訓練生は俺達だ」
唖然と立ち尽くしたままのベリルとライドを睨み付けながら、俺は収納から炎帝を取り出した。
「覚えとけ。教官は無能なんかじゃねーし、俺の友達にも弱い奴なんて1人もいねーんだよ」
腰を落とし、足に魔力を込める。
そして――力強く地面を蹴り、体を捻りながら鋭い角度に跳躍する。
体を回転させながら、俺は一瞬でベリルの懐へと入り込んだ。
「――ッ!?」
ベリル達は、俺の動きに一切ついてこれていない。
俺が肉薄したことにコイツらが気付いた時には既に、俺は右拳を振り抜いている所だった。
爆発力を孕んだ右拳が、ベリルの胸に直撃するまでの刹那に、俺は思う。
この王都第一訓練所の連中も、決して弱いということではないのだろう。
姉に、冒険者になりたいと告げたあの日から、俺は厳しい特訓の日々を過ごした。
教官に聞かされて、その特訓の内容と時間が異常な物だと知ったことも、今となっては懐かしい。
長い年月、姉に言われるがままに特訓をしていた俺は、どうやらとんでもない強さになっていた。
こうして同じ訓練生と実際に戦ってみて、改めて思う。
だが、それは訓練生の中での話だ。
冒険者の中には、もっと強い人間も存在する。
事実、教官には勝てる気がしないし、未だに俺は姉に一撃すらも入れられていない。
その姉に追い付くためにも、俺は今の実力で満足してはいけない訳だ。
そして――
振り抜いた拳が、ベリルの胸に直撃する。
確かな手応えと共に、衝撃波が広場を駆け抜ける。轟音が鳴り響き、眩しい閃光が大広場に集まった全ての者の視界を奪った。
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