#73 カルディア生誕祭 2日目 ~顔合わせ~
人の往来の激しい大広場だが、多くの人がそこを避けるようにしながら通過しているようだ。
おかげで、大広場の中にちょっとした空間が出来上がっている。
その中心に立つツキミに、威圧的な態度で接している3人の男の姿がある。
そして近付いて見れば、ツキミの隣にももう1人立っていることに気付いた。
「王都だか何だか知らねぇけど、わざわざ3人で広がって歩くなよ」
ロキだ。
ツキミで隠れて分からなかったが、どうやらロキの奴も一緒らしい。
「チッ。カルディアの訓練生は弱っちいって話だが、態度だけは大きいようだな」
「あ?」
相手の内の1人の嫌味たっぷりなその言葉に、ロキが露骨に怒りを露にしている。隣のツキミも同様だ。
とにかく、このままでは不味い。声をかけることにした。
「おいっ、ロキ、ツキミ! 何やってんだ?」
「「――! シファっ!」」
俺に気付いた2人は、少し安堵したような表情を浮かべる。
「なんだ? お友達の登場か? コイツもカルディアの訓練生か?」
そこに合流した俺を『コイツ』呼ばわりしてくる男。
さっきの聞こえてきた会話から、どうしてこんなことになってしまったのか、大体の予想はつく。
俺は、眉をひそめながら男達を観察しつつ、ロキ達の隣に立つ。
この3人。特に、さっきから偉そうな態度で話すこの男、かなり感じの悪い印象だ。
その後ろの2人の態度も、似たような物。
「おいロキ。コイツ等、一体なんだ?」
確認のために、一応訊ねてみた。
「王都の訓練生らしい。わざわざ広がって歩いているのをツキミが注意したら……こうなった」
ふんふん! と、ロキの隣でツキミが何度も頷いている。
相当頭にキテるらしい。
ロキの奴も、さっきからこの訓練生達を睨み付けたままだ。
さて……どうしたものか。
ここはカルディアのど真ん中。その大広場だ。生誕祭の2日目とあって人も多く、そこら中から視線を浴びている。
と、思案していると――
「おい、お前もカルディアの訓練生かよ?」
薄ら笑いを浮かべながら、男が声をかけてきた。
黒髪をオールバックに固め、左の耳にピアスを付けた男だ。さっきも、ロキやツキミに嫌味を言っていた奴。
「……そうだが?」
「おいおい、また雑魚が増えちまったのかよ。で? お前らは明日の模擬戦の代表に選ばれる程度には強いのか?」
なんだコイツ。
人を見下した態度に、この言動。こんな奴が王都の訓練生なのか。
「そんな話は今はどうでもいい……見たところ、俺の友達が言うようにソッチの態度に問題があるように思えるんだが、どうなんだ?」
今にも手を出してしまいそうなツキミを制しながら、そう言った。ロキはなんとか我慢してくれているようだ。
「あぁ? 俺は弱い奴の言うことは聞かねぇ主義だ。知ってるぜ、カルディアの訓練所はこの模擬戦で負け続けてる。そんな所の奴等の言うことに俺が耳を傾けることなんざ有り得ねぇ! せめて、代表に選ばれる程度の実力を持った奴じゃねぇとなぁ。ま、カルディアの訓練所じゃ、たかが知れてるが」
『負け続けてる』。どうやら、ツキミやロキもその事は知っていたらしい。悔しそうな表情を浮かべている。
これだけ大きな祭で行われる模擬戦で、見物人も多い。知っていて当然か……。
それにしても、よく喋る奴だな。
「……俺はシファだ。カルディア訓練所の代表の1人に選ばれている」
「その言い方じゃ、そっちの2人は違うのかよ」
「「…………」」
ツキミとロキは黙って男を睨み付けるだけで、何も答えない。
そんな2人の反応を肯定と捉えた男の興味は、途端に俺にだけに向けられた。
ニィッと口角をつり上げ、笑う男は――
「ならお前の実力、ちょっと見せてみろよっ!」
「――ッ!?」
言葉と同時に、男の右手の先に出現した魔法陣に、俺は思わず目を見開いた。
これは収納魔法陣だ。
まさか、こんな所で武器を取り出すつもりか?
咄嗟に、俺も収納魔法を行使しようと身構えたが――
――どうやら必要無さそうだ。
「ベリル、止めておけ。ここはカルディアの中心だ。あまり騒ぎを大きくすれば、すぐに騎士団が駆け付けてくるぞ」
「――あ?」
男の右手を掴み、諭すような口調で話すもう1人の男。
静かに魔法陣は消え失せ、武器が取り出されることはなかった。
おそらくこの男も、ベリルと呼ばれた男同様に王都の訓練生だろう。
挑発的なベリルとは対照的に、理知的な印象の見た目だが……。
「どうせ明日の模擬戦で、実力の差はハッキリと分かる。何も今、それを分からせる必要は無い。可哀想だろう? 今は楽しい祭の最中なんだからな」
コイツも同じだ。
このベリルとは違い、冷静な態度ではあるが、根本的には同じ。
俺達……いや、カルディアの訓練生を完全に下に見ている。
「……ま、そりゃそーだ。悪かったよクロド」
毒気を抜かれたように肩を竦めて見せるベリルという男。
だが、相変わらず俺達を馬鹿にしたような笑みは浮かべたままだ。そして、それはクロドと呼ばれた男も同じ。
流石に俺も腹が立ってきたが、ここは我慢だ。
「そこの男の言うとおり、今は祭の最中だ。他の人の迷惑に――」
とにかく、他の人の迷惑にならないように考えてくれ。
そう言おうとした時だ。
「なんだか、物騒な雰囲気ね、君たち」
聞き慣れない声がした。
誰かは分からないが、どうやら俺達に向けられた声だというのは分かる。
声のした方に意識と視線を向ける。
女だ。
堂々とした態度で、こちらまで歩いてくる3人の女性。
皆、歳は俺達と変わらないように見えるが、知らない顔だ。
「チッ。第2の糞女共かよっ」
ベリルの『第2』という呟きと、顔見知りのようなこの態度から察するに……。
「糞女……ね。第1の君たちは相変わらず口が悪いのね。止めて欲しいわ、王都第2訓練所の私達まで同列に思われてしまうじゃないの」
桃色の長い髪を右手ではらいながら、そう言った。
やはり訓練生だ。
王都第2訓練所。つまり、この女性達も、明日の模擬戦で戦う相手。
しかし、まさか3人とも女性の訓練生とは。
「それで、これはいったい何事? 君たち、かなり注目を集めてるわよ? 気付いてる?」
勿論俺は気付いてる。
ベリルは、彼女の言葉でようやく気付いたようだ、周囲から向けられている突き刺さるような視線に。
「ふんっ。シラけちまったぜ。おいクロド! ライド! 行くぞ」
彼女達の登場で、かなり居心地が悪くなったらしく、ベリルはそう言って歩き出した。
しかし、少し行った所で立ち止まり、顔だけ俺に向け、
「シファとか言ったか? せいぜい祭を楽しめや」
そう言って再び歩き出し、行ってしまった。
クロドという男も奴について行ったが、もう1人……ライドと呼ばれた男だけは足を止めている。
小柄で、大人しそうなその男は――
「ベリル君が失礼を言ってしまったみたいで、謝ります」
頭を下げた。
まともそうな奴もいてくれたようで安堵しかけたのだが。
「ですが、言っていることは全て事実です。それは、明日の模擬戦で全て分かります。それでは……」
そう言い残して、去って行った……。
「もうっ! なんなのよあいつら! ムカつくっ! シファ、明日の模擬戦ほんとに頑張ってよね!」
「おうっ! 頼むぜシファ! マジで!」
ツキミとロキが鼻息を荒くして声を上げている。
ツキミに至っては、地団駄を踏みそうな勢いだ。
まぁ、分からなくもない。あそこまで言われて、腹を立てない方がおかしいしな。
「あぁ。分かってるよ」
王都第1の連中が去って行った方を見ながら、俺はそう呟いた。
「君たち、カルディアの訓練生ね? それで君は、代表?」
そこに、王都第2の訓練生らしき桃色の女が話しかけてきた。
非常に綺麗な女性だ。
後ろの2人も綺麗だが、この人だけ飛び抜けて目立っている。
「あぁ。俺はカルディア訓練所のシファ。模擬戦の代表に選ばれた1人だ。他の2人はここにはいない」
「そ。私はララティナ。私達3人、王都第2訓練所の代表よ。明日の模擬戦、よろしくね」
どうやら、さっきの連中とは違い、このララティナはまともだ。かなり。
「あぁ、よろしく。さっきはありがとう」
差し出された右手を握り、握手を交わす。
ララティナ達が来なかったら、俺達は未だにベリル達と揉めていたかも知れない。
その礼はキチンと言っておく。そうしないと、明日の模擬戦に差し支えそうな気がした。
「いえ。王都の訓練生が皆、彼等みたいな者達ばかりだと思われたくなかっただけよ」
次第に、周囲の状況は落ち着いて行く。
ベリル達がいなくなり、俺とララティナが握手を交わすことで、突き刺さるようだった周りの視線はすっかりと消え失せる。
人の流れも、元通りになっていた。
「王都第1訓練所は、完全な実力主義。あんな態度の彼等だけど、実力は間違いなく本物よ」
そう言いながら、手を放すララティナ。
「ま、私達も負けるつもりは無いけど、催し物の模擬戦よ。気楽にやりましょーね」
ニコリと、聖母のような笑みを向けてくれる。
確かに、ただの模擬戦。気楽にやって良い物なのだろう。
だが、支部長コノエとユエル教官。そしてあの話を聞かされた俺達3人にとっては、明日の模擬戦は重要な物だ。
――敗北は許されない。
「明日の模擬戦。俺達は全力でやるよ。今日のお礼に、それだけは伝えておくよ」
「――ッ! そう。なら私達もそのつもりで相手をさせてもらうわ。それじゃ、また明日ね」
俺の言葉がそれだけ意外だったのか、ララティナは一瞬驚いたような表情を見せてから、3人揃って人混みの中に消えて行った。
「おぉ……シファ、やたらと気合い入ってんなぁ」
人混みを見つめていたら、そんなロキの呟きが耳に入ってきた。
~
ツキミ達と軽く雑談を交わしてから別れ、ようやくユエルと合流した。
大人風味な焼きそばは、それなりに美味しく、ユエルも気にいってくれたようで何よりだ。
ラデルタの訓練生に、王都第1、第2の訓練生。そのどれもが、良い意味でも悪い意味でも個性的な奴等だった。
模擬戦は明日だ。
今日のこともあって、余計に負けられなくなった。
「なぁユエル」
「何かしら?」
大広場の一角に設けられた休憩所で、俺はユエルに訊ねる。
「明日の模擬戦って、どんな魔法、攻撃をしても、相手が命を落とすことは無いんだよな?」
「――ッ!」
一瞬、ユエルは目を見開くが、すぐにいつもの表情に戻る。
そして、答えてくれた。
「ええ。安心していいわ。ミレリナのどんな詠唱魔法でも、たとえルエルの魔法で凍り漬けにされても……シファ、貴方がどんな強力な武器で、どれだけ全力で戦っても、相手が死ぬことはないわ」
ユエルは、笑いながらそう言っていた。
今後の展開を予想するような感想は、控えて下さいね。
あなたのその評価を、今日もお願いします。




