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#70 カルディア生誕祭 1日目 ~久しぶりの姉~

 

「私が来たからにはもう安心だよ! 任せてよっ!」


 そう言いながら前へと出てきた姉。


 この腕相撲大会を見守っていた多くの人だかりからは、僅かなどよめきが生まれている。

 無謀な挑戦者だと思ってる者が殆どの中に、男女問わず姉に見惚れる者や、冒険者としての姉を知っているのか――「ま、まさか」と驚愕の表情を浮かべる者など、様々な反応だ。


 しかし、そんな周りの反応など一切気にも留めず、姉は満天の笑顔で俺の傍までやって来た。


「シファくん探したよー、訓練所にも顔を出したんだからね!?」


 と、姉は俺の右手を取り、優しく両手で包む。


「…………」


 俺の右手を握ったまま微笑を浮かべながら、目を細める。

 不思議な感覚が伝わってくる。


 な、なんだろうか。何か、右手を通じて俺の中を覗かれているような……そんな感覚だが、ハッキリとは分からない曖昧な感覚だ。


 いや、それよりも周囲の好奇な視線が恥ずかしい。


「ちょ……ロゼ姉なんでいるんだよ」


 やんわりと右手を引っ込めた。


「えぇ!? え、いちゃ駄目なのっ? 私、シファくんのお姉ちゃんだよっ!? え……私に会えて、嬉しくないの?」


 慌てふためき、終いにはこの世の終わりかのように落ち込んでしまった。

 少し言い方が悪かったかも、言い直しておこう。


「いや、ごめん急に出てきたからびっくりしただけだよ。勿論、会えて嬉しいよロゼ姉」


「シファくん……」


 姉と最後に会ったのは確か……玉藻前の一件以来だ。

 訓練所では教官と生活しているし、毎日の教練や訓練生(友達)のおかげで寂しさは紛らわされているが、こうして姉の姿をこの目で見ると改めて思う――


 ――やっぱり俺は姉のことが大好きなんだな。と。


 とは言え、今は感傷に浸っている場合ではない。


「そこのお姉さん! まさか本気で、このバーゼ君に挑戦するつもりかい!?」


 そう。この主催者の言葉のとおりだ。

 ――この姉、本気か?


 勿論、主催者も俺と同じ感想を持っているのだろうが『意味』が全然違う。

 訓練生(多分)のバーゼに、現役の冒険者(それも"絶"級)の姉が勝負を挑むなんて、正気の沙汰とは思えない。


 しかし。


「勿論だけど」


 俺と話していた時とは一転して、すぐさま凛とした表情を浮かべてそう言った姉。

 すると主催者が「信じられない」と言った様子で近付いてくるが……。


「――え……えぇっ!?」


 どうやら姉の首輪に気が付いたらしい。


 冒険者について多少の知識を持っている者なら皆が知っている――冒険者の等級を表す紋章。

 初級なら一本線、中級なら二本線。上級で三角形となり超級で四角形。

 そして姉の首輪には、"絶"級である証の五角形の紋章が刻まれている。


「――えっと」


 自分の見ている物が信じられないらしく、何度も目をゴシゴシと擦っているが、間違いなく姉は"絶"級だ。見間違いじゃない。

 この大陸に数人しか存在しないらしい"絶"級冒険者。

 その中でも最強と姉が言われていると知ったのは、俺も訓練生になってからだ。

 とは言え、俺の親愛なる姉は――例えどんな存在であろうと姉だ。俺にとってはな。


 そんな姉との距離は、今は果てしなく遠くなってしまってはいるが……。


 そしてようやく、主催者は再び口を開く。


「し、失礼ですが……御名前を御伺いしてもよろしいですか? 冒険者の方なら、その等級も是非……よろしくお願いします」


 どうやら本人に確認することにしたらしい。

 主催者は声を震わせながら、そう言った。


「"絶"級冒険者のローゼです」


「――ッ!」


 姉のその言葉で、主催者だけじゃなくほぼ全ての人に衝撃が走ったらしく、やたらと騒がしくなった。


「な、なな、なぁんとぉ!! 新たな挑戦者はあの、あの最強と噂されている冒険者! ローゼ様だぁ!!」


 なるほど、姉の姿などは知らずとも、名前は多くの人に知れ渡っているらしい。


「しかしこの腕相撲大会、魔力の使用は一切禁止。いくら"絶"級だからと言っても、このバーゼ君に勝てるかどうかは怪しいですが、そもそも現役の冒険者がこの大会に参加することを良しとするのかという……」


 主催者の言いたいことも分かるが……。


「冒険者は参加しちゃいけない。と、どこかに書いてあるのかな?」


 わざとらしく露店のあちこちに視線を向けるが、そんな一文はどこにも記されていない。


「……俺は構わない。相手が誰であろうと、俺は戦う。寧ろ、かの"戦乙女"殿と一戦を交えることが出来るとは夢のようだ」


 既にバーゼは準備万端な様子で腰を落ち着けている。

 周囲の人だかりも、姉の正体が分かって大いに盛り上がっている状態だ。

 あとは主催者が、姉の参加を認めるだけ。

 しかし――。


「い、いやぁ。ですけどねぇ」


 渋っている。

 おそらく姉の参加を認めると、今後も冒険者の参加を認めざるを得なくなってしまう。それを少し気にしているのだろう。

 冒険者が参加していると、一般の参加者が減ってしまわないかと心配しているらしいが……果たして、この腕相撲大会に参加する冒険者が姉以外に存在するのか、それはちょっとだけ疑問だ。


 と、そこに。


「私は参加費用として10万セルズを支払うよ」


 ドサリと、革袋を丸机の上に置いた。

 何がなんでもバーゼを倒すつもりらしい。


 ――姉よ、それでは多分……勝ったとしても赤字だぞ。

 などとは言わない。

 どうやら、姉にとってはお金の問題でもないようだし。


「さぁっ! 新たな挑戦者はぁっ! ローゼ様だぁっ!」


 大金を前に、あっさりと姉の参加は認められた。


 最高潮の盛り上がりの中、姉は金色の長い髪を揺らしながら進み、バーゼと対面するように腰を下ろした。


「お、おいシファ……あの人、本当にあの?」


「あ、あぁ。俺の姉だ」


「マジかよ。本物かよ。俺、初めて見たわ」

「俺も」


 そんな様子を見守っていた俺に声をかけてきたレーグとロキに、姉を紹介しておいた。

 ってか見惚れ過ぎだろお前ら。

 バーゼを見習え。バーゼの奴は一切表情を変えずに精神統一の構えだ。


「それじゃ、両者準備してくれるかい?」


 主催者がそう言うと、姉とバーゼは――ガッシと右手を握り合った。


「準備はいいね?」


 この腕相撲大会は、魔力の使用は一切禁止だ。

 男性冒険者ならまだしも女性冒険者では、流石にあのバーゼには勝てないんじゃないか? 殆どの者は、そう思っているのかも知れない。


 しかし、実際にバーゼと腕相撲で戦い、実の姉のことをよく知る俺は思う――


「――始めっ!」


 ――せめて、バーゼが怪我をしない程度には手加減してやってくれ。と。


 ~


「いやー、楽しかったねシファくんっ!」


「そ、そうだな」


 俺は姉と並んで、西大通りを歩く。


 にしても不思議だ。

 いったいこの細い腕から、どうやってあそこまでの力が出せるのか。

 女性として、出る所はしっかりと出ている姉だが、腕は細い。


 結局さっきの腕相撲、必死な形相で全力を出していたバーゼを、姉は見事に一捻りして見せた。


『えいっ』という僅かな声と共に、バーゼの右腕は机に倒れ付したのだ。

 魔力を使用している素振りは一切無かった。


 ――わからん。


 パクッと、そこの露店で昼食がてらに買った"魔鳥の唐揚げ棒"を口に運ぶ姉を見ながら、俺は首を捻る。


「さっ、次はどこ行こっか!」


「え、ロゼ姉……今日時間あるん?」


「勿論だよっ! 今日はシファくんと生誕祭を回るために帰って来たんだよ?」


 なんと!

 嬉しすぎる誤算だ。まさか姉と祭を回れるとは。

 姉の言葉に、自然と俺の頬も緩んでしまう。


「明日以降はまた用事があるんだけどね。それよりシファくん、模擬戦に選ばれたんだってね!」


 いったい誰に聞いたのやら、と思ったが、多分ユエル教官だな。さっき訓練所に行ったと言っていたし。


「頑張ってね!」


 簡単な言葉だが、姉のその言葉は、他の誰の応援よりも俺の胸に入ってくる。

 ――本当に敗けられなくなってしまった。

 そもそも、いつの間にか俺の目標はこの姉になってしまっている。訓練生の模擬戦で敗けるようじゃ、俺はいつまで経っても姉の横に並べないだろ。


 ま、もとより敗けるつもりは微塵も無い訳だけど。



 久しぶりに会えたこともあってか、俺と姉は他愛ない話で盛り上がりながら大通りを進む。

 昼食時ということもあり、露店で買い食いしながら、俺達は生誕祭を大いに楽しんでいる。


 そしてようやく、俺は西大通りを抜けた。


少し更新頻度を落とさせてもらっております。


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[一言] パクッと、そこの露店で昼食がてらに勝った"魔鳥の唐揚げ棒"を口に運ぶ姉を見ながら、俺は首を捻る。 勝った→買った
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