#69 カルディア生誕祭 1日目 ~本当の最強~
――ダァンッッ!!
静寂の中に響いたそんな乾いた音が、いったい何を意味するのか、ほとんどの者は気付いていない。
「…………」
「…………」
俺とロキは未だに向かい合ったまま。
そしてゆっくりと、ロキの視線は斜め下へと移動していく。
「……え?」
視覚情報として捉えたにも関わらず、信じられないらしい。堅苦しい苦笑いと共に、そんな声が溢れるが――
「な、ななな……なぁんとぉ!! 瞬殺っ!! 瞬殺だぁっ!! ここまで連戦全勝してきたロキ君、ここで敗れるぅっ!」
「――ッ!!」
「「オォッ……」」
やたらと盛り上がる主催者のその言葉と集まっていた人だかりの歓声で、ロキはようやく今の状況を理解したようだ。
ロキの右手の甲は、ベッタリと机に伏している。その手を押し倒したのは勿論、俺の右腕だ。
ふっ――ロキの奴、確かになかなかに強かったようだ。
もしこれがお互いに初戦、つまりはロキにこれまでの疲れが無かったのなら、もう少し苦戦を強いられたのかも知れない。
だがまぁ、姉から譲り受けた様々な武器――小太刀や長剣に大剣、そして籠手と、どんな武器も扱えるようにと特訓させられ、更にそれらを振り回していた俺の腕力の方が上だったらしい。
「悪いなロキ。重度のシスコンの俺の勝ちだ」
ドヤッと、俺は口角をつり上げる。
「ま、負けた……だと? この、俺が?」
よっぽど腕相撲に自信があったのか、かなり悔しそうだ。
って、ちょっとキャラ変わってない?
……まぁいい、敗者に用は無い。
俺はスッと立ち上がる。
「君、名前は?」
「シファだ」
すると主催者は、スゥッと息を大きく吸い込み――
「勝者はぁっ……シファくんっです!!」
そう高らかに宣言した。
沸き上がる人だかりの視線が俺に集まり、かなり照れ臭いが、勝者らしく右拳を高く突き上げた。
昔は人と話すのが少し苦手だったが、こんな祭も十分に楽しめるほどに俺も成長した。
それもこれも全部、姉のおかげであり、教官のおかげ。そして訓練所の皆のおかけだ。
しかし勝負事となれば話は別だ。悪いな、ロキ。
歓声を浴びながら、俺はそう頭の中で敗者に謝っておく。
とにかく、これで賞金は俺の物だ。
流石に今の戦いを見て、俺に挑もうとする奴は現れないだろう。
俺の優勝だ、そう思っていた――
「おぉっとお!? なんとなんとなんとぉっ! ここでまたしても、新たな挑戦者の登場だぁっ!!」
――分かれる人だかりの中から悠然と登場してきた男。短く切り揃えられた黒髪が男らしく、筋骨逞しい偉丈夫の姿を、見るまでは。
~
「頑張れよバーゼ! 訓練所1の腕力を持つお前ならきっと勝てるって!」
「カイルの言う通りよ! あの賞金で、模擬戦優勝の祝勝会をするんだからね!」
「……任せておけ」
この偉丈夫、どこかで見たことあるなと思っていたが――そうか、昨日俺達に"蓮華亭"という宿の場所を尋ねてきた奴等だ。
後ろの連れ2人の姿を見て、ハッキリと思い出した。
そう言えば、蓮華亭はこの大通りにあったな。
――そして俺は確かに聞いた。
『訓練所』『模擬戦優勝』という言葉を。
なるほどこの3人、王都もしくは北方都市ラデルタ。そのどれかの訓練生だ。
つまりは、生誕祭最終日の模擬戦の相手だ。
――面白い。模擬戦の前に腕相撲で倒してしまうのも面白いかも知れない。
「参加費用は5000セルズだよ」
「……うむ」
何も問題はない。とでも言うような表情で、偉丈夫は5000セルズを主催者に手渡した。
値上がり方が異常だが、自分の勝利を信じて疑わない挑戦者はその参加費用を躊躇うことなく支払う。この腕相撲大会、考えられている。
賞金に2500セルズが上乗せされた。
相手が他所の訓練生なら、先のロキとの戦い以上に負けられない。
準備万端の俺の前に腰を下ろす、挑戦者である偉丈夫の姿を見ながら、そう思った。
「……よろしく頼む」
「ああ、こちらこそ」
ペコリと頭を下げる偉丈夫に俺がそう返してから、互いに右手を握り合った。
「魔力の使用は一切禁止。単純な力比べだよ。それじゃ、準備はいいね?」
偉丈夫の手を握っている俺だから分かる。
――この男、相当強い。
右手を通じて伝わってくる圧力が、ロキの比にならない。
俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
そして――
「――始めっ!」
「ふんっ!!」
「ぬうっ!!」
開始の合図と共に全力で右腕を倒そうとするが、ピクリともしなかった。
「ぐぬぬぬぬっ!」
「ぐっ…………」
互いに握り合う右手が、その場でプルプルと震えている。
「おぉっとお!! これはなんとも互角っ! 両者一歩も譲らない!」
「シファ行け! 俺に勝ったのに他の奴に負けるんじゃねえぞ!」
「お前が勝たねぇと俺の金が返って来ねぇだろ!」
くっ、レーグとロキが応援してくれている。
負けられんっ!
「すげえよあの人……あのバーゼと互角だ。兄貴との特訓で必要以上に力だけを付けたバーゼと、やりあえる奴がいたなんて……」
どんな特訓だそれは。
だがしかし、言うだけのことはある。
ミシミシと、ゆっくり俺の右腕が後退していく。
「ぐぬぬぬぬぅぅ……」
そして――
ペチリと、右手の甲に冷たい感触が伝わってきた。
「決着ぅぅっ!! シファくん敗れたりぃっ!! 上には上がいたぁっ!!」
「ぜぇっ、ぜぇっ」
主催者の決着の言葉と、偉丈夫の荒い息づかいが耳に入ってきた。
――敗けてしまった。
掌を上に向けてしまった俺の右手が、何よりの証拠。
まさか、こんな馬鹿げた力の奴が存在していたなんて……。
俺は、未だにソコに座っている男へと視線を向けた。
すると――
「……ギリギリだった。良い勝負だった」
と、右手を差し出してくる。
この偉丈夫と後ろの連れの男女はおそらく、模擬戦で戦うであろう3人だ――どうやら向こうは気付いていないらしいが。
模擬戦で戦う相手、それがどんな奴等なのか気にはなっていた。カルディア訓練所にとって大きな意味のある模擬戦だ。対戦相手が気になるのは当然のことだが……。
どうやら、少なくとも目の前にいるこの3人とは――友達になれそうな気がした。
「あぁ。俺の敗けだ。優勝おめでとう」
グッと俺達は、右手を握り合う。
さっきまで互いの右腕を押し倒そうとしていた右手は、今度は互いを認め合う物へと変わったのだ。
俺達が握手を交わし、この日1番の盛り上がりを見せる中、主催者の男が高らかに宣言する。
「熱い男の友情と共に、この場で最強の腕力を持つ男がここに決定したぁっ!! え……と、君の名前は?」
「バーゼだ」
「腕相撲大会午前の部。その優勝者は――」
今度こそ終わりだ。
このバーゼに勝てる自信がある奴は流石にいないだろう。
主催者もそう思っているからこそ、挑戦者を探すことすらしない。
優勝おめでとう、バーゼ。そう、思っていた――
「その大会、ちょっと待って!!」
――人だかりのどこかから声が上がる。
そして自然と人だかりが割れて道になり、ゆっくりと歩く女性。その姿を見るまでは。
「なんということだっ! あまりにも無謀っ! この状況で彼に挑戦する愚か者は――まさかの女性っ!」
主催者の言うように思う者がほとんどだろう。
今の俺とバーゼの戦いを見て、まさか現れるとは思っていなかった挑戦者が女性なのだから。
しかし一部の者は違う反応だ。
と言うより、言葉を失っている。
この女性の首輪に刻まれた紋章に気付いた者と、そうでない者で、全く違う反応を見せている。
まぁ俺は、顔を見ただけで開いた口を閉じることが出来ないわけだか……。
「シファくんの仇は、私が取るよっ!」
そう言いながら、金色の髪を揺らすのは――我が親愛なる姉だった。
あなたのその評価、実は気にしています。




