#68 カルディア生誕祭 1日目 ~挑戦者~
――ペシペシペシッ! という軽快な音と共に、俺達の放った輪ゴムは狙っていた物へと間違いなくぶつかった。
思い描いていた通りの形。
――完璧だ。確かな手応えと共に、俺はそう確信した。
もしかして俺とリーネって……案外息が合っていたりするのかも。
なんて――大きく口を開け、瞳を輝かせながら前を見ているリーネの横顔を眺めながら思う。
そして顔を向け直した先には、棚からゆっくりと落下していく、俺達の狙っていた小さな箱形の商品の姿があった。
「あちゃーっ、お見事! アンタ等の勝ちだよ! 持っていきな!」
「「「おぉっ……」」」
後ろから聞こえる小さな歓声にリーネは若干赤くなりつつも、店主が床から拾って持って来てくれた商品を見て、顔を綻ばせる。
「し、シファ……これ」
しかし店主からそれを受け取るも、リーネの視線は……俺とその両手に収めた小箱を交互に行き交う。
「あぁ。それはお前の物だよ」
俺が手伝ってしまったこともあってか、その商品を素直に受け取って良いものか躊躇っている様子。
勿論今言ったとおり、それはリーネが受け取るべき物だ。
使ったお金も――うん……そこの床の散らかり具合から察するに、結構な額が輪ゴムと化してしまったみたいだし。
それに、俺は600セルズ分以上に楽しめたしな。
「そ、そう。ありが――ッ!」
と、若干照れ臭そうにしながら礼を言うのかと思えば――
「ふ、ふんっ! 別にアンタがいなくても1人で落とせたんだから! いい気にならないでよっ!」
プイッと唇を尖らせる。
若干頬を染めてチラチラと俺の反応を窺っているのは、もういつものことだ。
これはそう、ツンデレというやつだとルエルが言っていたな。
リーネのこの皮肉や嫌味の雑ざった発言も、以前と違って少しばかりの可愛らしさがある。
そして俺が見守る中、リーネはようやくその手に持つ小箱に意識を向け、手をかける。
実はずっとその中身が気になってました。
このリーネがここまで欲しがる物ってなんなのか。と。
何やら模様の入った小箱だと思っていたが、近くで見ると、どうやらその模様は小箱の表面を花の形に彫刻した物なのだと気付いた。
――パカリと、リーネが開けた小箱の中に入っていた物。
「へぇ、綺麗な花だな」
髪飾りだ。
赤い花の髪飾り。
「…………」
リーネは、その俺の言葉に若干頬を緩めつつ、取り出した髪飾りを右耳の上、額の横の髪に装着した。
リーネの茶色い髪に咲いた一輪の赤い花。
良く似合っていた。
決して強過ぎることのない主張だが、その存在感を発揮し、リーネに一層の華やかさを与える赤い花。
そう言えば、もともとリーネはその日の気分で髪型をよく変えていたなと思い出した。
何度か髪飾りを付けている所も目にしたが、この赤い花が一番似合っている気もする。
『赤い花』というのも、リーネのキツい性格を表しているみたいでピッタリだろ。
「似合ってると思うぞ」
素直にそう言ったのだが――
「……ふぅん」
と、素っ気ない反応だった。
てっきり、気に入ったのだとばかり思っていたが、違うのかな。
リーネの表情は――分からない。何故か顔をこちらに向けようとしない。
そして――
「じゃ、じゃぁ私、姉さんと来てるから……それじゃっ!」
そのまま走り去ろうとして、すぐに立ち止まった。
「――あ、ありがと……」
それだけ呟いて、今度こそ走り去って行った。
結局振り向かずに行ってしまったが、髪飾りを付けたままだった所を見ると、案外気に入っているのかも知れない。
「よう兄ちゃん、今の姉ちゃん狙ってんのか? くー! 悪い男だねぇ! さっき見せた射的の腕で、女も狙い射つべし! ってか? ガッハッハ!」
「…………」
~
射的の店主と軽く雑談してから、俺は再び西大通りを歩く。
ひとりだが、何やかんやで楽しめている。
さて、次はどの露店に突入しようか。
視線をあちこちに向けながら進んで行く。
するとまたしても――
「おぉー! ロキ君強い! これはもう、ロキ君の優勝で間違い無しかぁ!?」
という声がどこからともなく聞こえてきた。
おいおい。今度はなんだ?
声の出所を探す。
それらしい所は、もう少し進んだ所にある人だかりだ。さっきの『射的』よりも人が集まっているようだ。
もう少し近付いてみよう。
「さぁ、レーグ君が敗れ、もう次の挑戦者はいないかな? いなければ腕相撲大会午前の部、その優勝者はロキ君に決定だぞ!?」
どうやらここらしい。
露店には"腕相撲大会"の文字。
その名から、この露店がどんな催し物を行っているのかは予想がつく。
俺はまた、人混みの中をなんとか進み、腕相撲大会を開催してる露店へと突入した。
そして見てみると、小さな丸机を挟み、相反する態度の2人の男の姿がある。
踞り、悔しそうに拳を床に打ち付けるレーグと、勝ち誇ったように拳を掲げながら立っているロキだ。
敗者と勝者。まさにその構図だ、これは。
腕相撲大会か……。
なるほど、そこの丸机の下に積まれた金の山。あれは賞金か。
「さぁさぁ! 次なる挑戦者はいないのか!? どうなんだ!?」
と、この露店の店主もとい、腕相撲大会の主催者が、人だかりを見回しながら声を張っている。
しかし、なかなか名乗りを上げる者が現れない。
――大盾の扱いが得意な訓練生、ロキ。
なるほど、大盾を振り回すのにはそれだけの腕力が必要ということか。
しかしレーグの得意な武器は――大剣だ。
大剣と大盾。この2つの内どちらが、より腕力を必要とするのかは正確には分からないが、少なくともこの腕相撲においての勝者は――大盾のロキだったらしい。
「ということで、腕相撲大会午前の部。その優勝者は――ッ!」
しかし、その大盾使いを――
「おぉっとお!! なんということだ! ここでまさかの挑戦者登場だぁっっ!!」
――俺が倒す。
主催者の視線が、スッと右手を上げた俺に突き刺さった。
~
「た、頼むシファ。俺の金、取り返してくれ……」
レーグのそんな呟きを横目に、俺は前へ出る。
「腕相撲大会、参加費用は3000セルズだよ」
高っ! 主催者のその言葉に思わず吹いた。
「当然だよ。この大会は後から挑戦するほど参加費用が少しずつ高くなっていくのさ」
な、なるほど。
対戦数などを考慮した上での料金設定という訳か。
仕方ない。
どうりで、なかなか挑戦者が現れなかった訳だ。
使い道があまり見つからずに、貯まるばかりだった俺の小遣いから3000セルズを手渡す。
「さぁ! ここに1500セルズが賞金に上乗せされたぁ!」
「「「おぉっ!!」」」
盛り上がりを見せる周囲に対して、俺の視線は冷ややかだ。
こ、この主催者――俺の渡した3000セルズの内、1500セルズを自分の物にして、もう1500セルズを賞金に上乗せしやがった。
おそらく、これまでも参加費用の半分を利益として手に入れているのだろう。
つまり、既にソコにある賞金と同じ額の利益が出ているということだ。
さっきの射的が可愛く見えるほどのボロ儲けぶりだ……。
いや、勝てばいい。そう、勝てばいいんだ。
勝てば、俺もボロ儲け……。
既に準備を整えているロキと対面する形で、俺も腰を下ろす。
「ルールは簡単。単純な力勝負、腕相撲だ。魔力を使用することは一切禁止だからね」
主催者の言葉に、俺とロキが同時に頷き合う。
「へっ。まさかシファが挑戦者として俺の目の前に現れるとはな。面白いぜ。ま、返り討ちだけどな」
そして互いに向き合い、丸机に肘を突いてグッと手の平を握り合った。
「訓練所筆頭実力者のシファを、俺がこの手で倒せる日が来るとはな。人生、何が起こるか分からないもんだ」
ロキの奴、自信満々だな。
しかしそこまで言われて、俺も黙ってなんていられない。
「ふっ。ロキ、俺を誰の弟だと思ってる? あの姉に育てられた俺に、お前が勝てると思ってるのか?」
「はっ! 魔力の使用は禁止だ。『収納魔法』が使えないお前なんて、ただの重度のシスコン野郎に過ぎねーよ」
「…………」
――負けられない。
これは俗に言う、"負けられない戦い"というやつだ。
「それじゃ、準備はいいね?」
さっきまでの騒がしさが嘘のように、静まりかえっている。
皆が見守っているんだ。
――この勝負の行方を。
「――始めっ!!」
右腕に、全ての力を込めた。




