#67 カルディア生誕祭 1日目 ~狙い射つべし~
いつもの時間に目を覚ました……のだが、あまり寝た気がしない。と言うか、眠れていない。
生誕祭のことを考えていると、変に頭が冴えてしまった。
「ふぅ……」
瞼を擦りながら、立ち上がる。
さて、眠たいなんて言ってられない。
なんたって今日から、カルディア生誕祭なんだからな。
さっさと顔を洗って着替えて、街へと繰り出すべきだ。
明後日は模擬戦だが、それまでは俺も全力で祭を楽しむつもりだ。
おっと、生誕祭の間は教練も無いことだし、出来る限りのお洒落をして行こう。身だしなみは大切だ。
まずは今日着ていく服から選んでおくとするか。
――バンッ。と、俺はクローゼットを開ける。
……うん。
いつも順番で着ている服しか入っていない。
当然だ。何故なら服を買いに行っていないからだ。
この生誕祭で、気に入った服が見つかれば買っておこうかな。
――なんて、見慣れた服を取り出しながら思った。
~
手早く、しかしいつもよりかは少しだけ念入りに身支度を整えて、ユエル教官との朝食もいつも通り済ませた。
「あまりハメを外し過ぎないようにね」
というユエル教官からの言葉を頭の片隅に置いて、俺は外へと向かう。
ちなみに、教官は今日も仕事があるらしく、朝食を済ませるとすぐに教官室へと向かっていった。
祭の間くらい休めばいいのに……とも思うが、口には出さない。
教官にも教官の事情があるのだろう。
ともあれ、明日は教官も自由な時間があると言っていた。その証拠に、一緒に祭を回ろうと誘われている。
他の人との予定ができれば、そっちを優先してくれて構わないとは言っていたが、教官と祭を回るのも楽しそうだ。
――明日は教官と祭を回る。そう頭の中の予定帳に書き込んでおく。
といったところで俺は訓練所を出て、西大通りへと繰り出したのだった。
~
大通りは、多くの人で賑わっていた。
大通りの端にズラリと建ち並ぶ露店。その内のどこかの店主と思われる人物が、往来する人に「よぃ! そこの兄ちゃんっ! ちょいちょい、ちょっと見ていきなよ。生誕祭の今だけの特別価格だよ?」などと客引きを行っている。
道行く人も、時には足を止め耳を傾ける。そして興味を引かれた露店へと足を運び、店主とその場限りのたわいない話で盛り上がったり、商品を購入したりと――まだ早い時間だと言うのに、大通りは活気で溢れていた。
とは言っても、まだ朝だ。
中にはまだ準備中と思える露店も散見する辺り、もう少し遅い時間の方が盛り上がってるのかも知れないな。
しかし、俺は少しでも長く楽しみたい。このまま大通りを練り歩き、他の大通りへも向かってみることにしよう。
~
――ペロリと、さっきそこの露店で買った菓子を舐める。
甘い。
木の串の先端に拳程の大きさのりんごと言う果実をぶっ刺して、その表面を甘い粘液で固めてある。――らしい。
"りんご飴"と、店主は言っていた。
色んな露店がある。
こんな感じの菓子を売ってる店や、軽食、そして西大通りには冒険者向けの道具なども露店で出している所も多いようだ。
まったく、どれも興味深い物ばかり……おかげで俺は未だに西大通りから抜け出せていない。
――ハム。と、違う手に握っていた"綿菓子"なる物を頬張った。
……ちょっとこれは甘過ぎるわ。
「ん?」
そこでふと、一層の盛り上がりを見せている露店を見つけた。
――なんだろうか。
近付き、様子を窺ってみることにした。
「あぁー! 姉ちゃん惜しいねぇ。もうちょっとだったよ! どうする? 再挑戦、いっとく?」
「くっ! あ、当たり前よ!」
と、人だかりの中から何やら聞き覚えのある声。
そして露店には――"射的"の文字。
興味を引かれた俺は人を掻き分け、なんとかその露店へと突入する。
すると――
「もうっ! 何でなのよ! どうして落ちないのよ! ちょっとアンタ! あの景品、何か細工でもしてるんじゃないでしょうね!」
「いんや? んなことはねーぜ? 姉ちゃんの狙ってる場所がちーっとばかり悪いだけなんじゃねーか? で、どうする? 再挑戦、いっとく?」
「あ……当たり前よっ!」
……リーネだ。
ムキーッ! と、頭に角でも生えそうな程に文句を言いながらも、店主から輪ゴムのような物を受け取っている。
そして、その輪ゴムを木の棒で作られたオモチャに装着し、奥の棚にその先端を向け、狙いを定める。
――ゴクリ。と、リーネが喉を鳴らしたかと思えば、引き金の様な部分をグッと引いた。すると――
――ピシッ! と、輪ゴムが真っ直ぐに飛んで行き、奥の棚に並べられた商品と思しき物へと当たる。が、微動だにしない。
「ほらぁ! ちゃんと当たったじゃない! どうして落ちないのよ!」
なるほど。
つまり、奥の棚に並べられた商品を、その輪ゴムで狙い射てということか。
そして棚から落とすことが出来れば、その商品を手にいれることが出来ると……。
"射的"か。お、面白そうだな。
ただ、さっきのリーネがやった時の輪ゴムの動き。それに、しっかり当たったにも関わらず微動だにしなかった商品。もしかしたら、単純にやってるだけじゃ落ちないようになっているのかも知れないな。
「どうする姉ちゃん? 再挑戦、いっとく?」
「の、のぞむところよっ!」
ニヤリと笑う店主から、またしても輪ゴムを受け取るリーネ。
リーネが狙っている小さな箱形の商品。その下には大量の輪ゴムが落ちている。
どうやら、既にかなりの挑戦を繰り返しているようだ。
「こ、今度こそ落としてやるんだから……」
「まぁ落ち着け、リーネ」
今にも輪ゴムを打ち出しそうなリーネの肩に、ポンと手を置いて呼び掛ける。
「っ!? し、シファ!? ちょっ、アンタいつから――」
「ついさっきだよ。おっちゃん、俺もやりたいんだけど、いいか?」
口をパクパクさせているリーネを横目に、俺は店主にそう言った。
「勿論構わねぇぜ? 輪ゴム1つ、300セルズだ」
高っ! この輪ゴム高っ!
リーネのやつ、いったいいくら使ったんだよ。ってか、この店主……ボロ儲けもいい所じゃねーか。
なら尚更、これ以上リーネに無駄な挑戦を繰り返させる訳には行かないな。
「えっと、シファ……いったい何のつもり――」
「協力だ」
「え?」
「おそらくだが、リーネひとりじゃぁ、いくらやってもあの商品は取れない。多分、俺ひとりでも駄目だ。だから一緒にやるんだよ」
俺の考えでは、おそらく奥の棚に並べてあるほぼ全ての商品が、輪ゴム1つだけの衝撃じゃ落ちないようになってる。多分だが、重量の問題なのだと思う。とにかく、輪ゴム1つだけの衝撃じゃ、あそこの商品を動かすことは出来ないよう見えた。
「きょ、協力? 私と、アンタが?」
「あぁ」
「は、初めての……協力……協力」
「あ、あぁ」
また変な誤解をされても困るので、敢えて俺は何も言わない。
とにかく輪ゴムを装着し、構える。のだが、念のために――
「おっちゃん、もう1つ輪ゴムをくれ」
「ほう?」
見たところ、この輪ゴムを射出するオモチャは他にもいくつか置いてある。
別に1人1つというルールが有るわけでも無さそうだ。
「はっ! やるな兄ちゃん、このカラクリに気付くとはな」
ほう。この店主も、これから俺がすることに勘づいたようだな。
新たに300セルズと輪ゴムを交換する。
「姉の教育で、想像力には自信があるんだよ」なんて言ってみたり。
そして俺は、両手にオモチャを構え、リーネが狙っていた商品へと狙いを定める。
作戦は単純明快。
俺とリーネで同時に輪ゴムを射出し、一気にあの商品を落とす。
1つの輪ゴムで落ちなかったのなら2つ。そして念のためにもう1つの、計3つの輪ゴムで狙い射つ。
その作戦をリーネにも説明し、俺とリーネは並んでオモチャを構えた。
狙う先は同じ。
――一気に決める。
そんな俺達の気迫が伝わったのか、今度は店主が――ゴクリと喉を鳴らしたのが分かった。
露店の周りの人だかりも、俺達のことを見守ってくれているようだ。
俺とリーネは、互いに見つめ合い、頷き合う。
そして――
ビシシシッ! と、3つの輪ゴムが同時に放たれた――
あなたのその評価が、嬉しかったり。




