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#62 《吸血姫の"初"級任務》

 

「ふふ、先程のお礼です。では、私はこれで」


 そう優雅に一礼してから、"初"級冒険者の彼女は先を目指すべく歩き出した。


 先日冒険者になったばかり。

 "初"級冒険者に相応しい難易度の依頼――荷物の配達を引き受け、カルディアより北を目指す。

 晴れ渡った空の下。多くの人はその心地よい日射しに心も晴れやかになるだろう。

 しかし、彼女はその手に持つ真っ黒な傘で、全ての日射しを遮っている。


(ふふ。やっぱりロゼ以外の人間と話すのは少し緊張するわ)


 傘に隠された彼女の表情はとても明るい。

 これまでとは違う、これからの生活に胸を弾ませている。

 日の光を嫌い、全ての日射しを遮るための傘によって出来た闇の中だというのに、彼女の胸の内は非常に晴れやかだ。


「あら?」


 ふと、街道の脇に咲く黄色い花に視線を落とす。


(まぁ、綺麗な花。明るい所で見るのはいつぶりかしら)


 しゃがみこみ、暫しの時間を花の観察に費やす彼女は――


 危険指定レベル28。魔神種――吸血姫(ルシエラ)である。


 ~


「お待ちを。これより先は『カルディア高森林』です。……現在、冒険者の方の立ち入りを制限させてもらっております」


 街道の先を塞ぐ形で立つ組合員が、ルシエラの行く手を遮りながら話した。


「あら? カルディア高森林? ですか? おかしいわ。私、シロツツ村という所へ向かっている筈なのですが……」


 思っていた所と違う。

 ルシエラは小首を傾げつつも、いつもと変わらぬ調子でそう言った。

 ちなみに組合員からは、傘で隠れてしまっているためルシエラの表情は見えない。


「シロツツ村ですか? それなら――」


 そこの街道をもう少し北へ進めば、看板が立っているから、そこを北東に進めばシロツツ村が見えて来ますよ。

 と、組合員は丁寧に説明した。

 ルシエラの日傘を若干怪訝に思うも、まぁこういう人もいるだろうと、特に詮索することはしない。


「まぁ、これは御丁寧にありがとうございます」


 上品な振る舞いで一礼するルシエラの、あまりにも優雅な雰囲気に、組合員は思わず見惚れてしまう。

 日傘で隠れて顔は見えないというのに、ルシエラが醸し出す雰囲気に男の視線はくぎ付けとなる。


「それはそうと……そのカルディア高森林という所、少し覗いてみたいのですが、駄目でしょうか」


 ルシエラのその言葉は、単なる好奇心による物だ。

 今彼女が立っているこの場所から高森林までは、まだ少し距離があるが、空高く伸びる高森林の木々が視界に入っている。


 この場所からでも見える、あんなに高い木。

 是非とも間近で見てみたい。

 そう思って、ルシエラは訊ねたのだが――


「――ッ! も、申し訳ありません。"絶"級冒険者ローゼ様の意思により、それは出来ません」


「っ! まぁ! ロゼの? それなら仕方ありませんわね」


 少し残念ではあるが、仕方ない。

 ルシエラは、来た道を引き返すことにした。


(ふふ。どうやら道を間違えてしまったみたいだわ)


 さっき湖で出会った青年に言われた通りに進んでいたと思ったが、どうやら知らぬ間に道を間違えていた。少し、道端の花や草に意識を持って行かれ過ぎたみたいだ。と、ルシエラは反省した。


 しかし、そんな道を間違えてしまうということですら、ルシエラにとっては楽しい物だった。


 ~


 ルシエラが、ようやくシロツツ村へと到着した頃には、かなり日が傾いてしまっていた。

 西からの日の光により、シロツツ村は茜色に染められている。


 その村の一角にある薬草屋。

 今回ルシエラが引き受けた"初"級任務は、カルディアの組合で渡された一冊の本を、この薬草屋の店主へと届けることだった。


「うむ。済まねぇな。助かるよ、御苦労様」


 ルシエラが、持っていた本を店主へ渡すと、店主はお返しにと一筆書いた用紙をルシエラへと手渡した。

 無事、品物を納品した事を証明する物だ。

 この用紙を依頼書と共に組合へ提出するか、依頼書に直接一筆書いてもらい提出することで、この手の依頼任務は達成される。


「その書物は、いったいどのような内容が記されているのですか?」


 ルシエラはまた、興味本意でそんな質問をした。


 すると店主は、少し頬を緩めて話し出す。

 別に大した物じゃぁないよ。そう前置きをした上で。


「これには、様々な薬草の調合方法が載っているのさ。毎年この時期になると、カルディアに住む知り合いに頼まれるのさ――ほらここ」


 そう言いながら、店主は本を捲り、その中身をルシエラに見せるように広げた。


「いくつか印がしてあるだろ? 今年はこの薬草を調合して持ってきてくれ――ということだ。もうすぐカルディア生誕祭だからな、その時のために必要な物さ」


「まぁ! お祭りですか!」


「あぁ、年に一度のお祭りさ。なんだ知らなかったのか? カルディアの冒険者のくせに」


 わっはっは。と、店主は愉快に笑う。


「知らねぇのなら、是非とも顔を出すべきだ。たしか生誕祭は16日後だった筈だぞ」


「それは良いことを聞きました。ありがとうございます」


 慣れた所作で店主に一礼してから、ルシエラは踵を返す。


(お祭り。楽しそうだわ。ロゼったら、そんなこと一言も言ってなかったわね。ふふ)


 またまた楽しそうな事を見つけてしまった。

 夕日から身を護る傘の中で、ルシエラは美しく笑っている。


「おい嬢ちゃん! まさか帰るのか?」


 と、そんなルシエラを店主が呼び止める。


「もう日が暮れちまう。今日はこの村の宿に泊まっていきな」


「あら? 何故ですか?」


「この間、ここら周辺の危険指定種を冒険者達が討伐しただろ? それで安全にはなったんだけどよ、その代わり、夜になると野盗が出るようになっちまった」


「野盗……ですか」


「ああ。野盗の討伐の依頼も出してあるが、討伐されるまでは夜には出歩かない。この村の者はそうしてるぜ。見たところ、嬢ちゃん1人みたいだし、今日は宿に泊まっていけ。な?」


 豪華なドレスを身に纏う、気品に溢れたお嬢様。

 傘で隠れて顔は見えないが、ルシエラを見た店主はそんな印象を彼女に持つ。

 そのルシエラが、夜にひとりで出歩けば、高確率で野盗に狙われてしまうだろう。

 そう心配しての店主の言葉だったのだが――


「ご心配なく。私……どちらかと言えば、夜行性……ですから」


「――ッ!」


 一瞬見えたルシエラの瞳に、思わず店主が後ずさる。


「それでは、失礼しますわ」


「…………」


 一礼してから歩いていくルシエラの背中を、店主は唖然とした表情で見つめていた。


 ~


 シロツツ村を出て、ルシエラはカルディアへと引き返す。

 冒険者の依頼任務は、行って、帰ってくるまで終わらない。

 そんな雰囲気を楽しみつつ、ゆっくりと街道を進んでいる内に――夜となった。


 月の明かりが街道を照らす。


 日傘は、既に収納へと戻している。


 緩やかなうねりが加えられた、白く、美しい髪が夜風に靡く。


「あら……なにか、私にご用でしょうか?」


 シロツツ村から十分に離れ、カルディアまではまだ遠い。

 そんな位置の街道で、ルシエラは足を止める。


 街道を塞ぐようにして立つ3人の男が、薄ら笑いを浮かべながらルシエラの全身を舐めるように観察している。


 そして、どこからともなく足音が加わり――合計10人程の男がルシエラを取り囲んだ。


「嬢ちゃん、悪いことは言わねえ。大人しく俺達の言うことを聞きな」


 ルシエラの正面に立つ男が、そう声を発した。


「もしかして、あなた方は"野盗"という物ですか?」


 好奇心から、ルシエラは男に訊ねる。

 すると、男達は顔を見合わせてから笑う。


「ははっ! あぁそうだ。運が悪かったと諦めてくれや。大人しくしてりゃ痛い思いはしねぇ。ま、身ぐるみは剥ぐけどなっ」


 男が、下卑た笑いを浮かべながらルシエラへと近付いていく。

 美しく、若い女。更に、身に纏った豪華なドレスは間違いなく金になる。

 ――今日は運がいい。最高にツイてる。

 男としての欲求と、金銭欲。その両方を、この女は満たしてくれる。


 男達は皆、そう思っていた。


「抵抗するなら、悪いが命は無いと思ってくれ」


 そう言いながら、男の手はルシエラへと伸びた。


「――命。私の命を、あなた方は奪おうとするのですか?」


 ほんの少しの悪寒。ルシエラの言葉に、そんな物を一瞬感じて、ピタリと男の手は止まるが。


「――ッ? あぁそうだ。暴れるようなら、その時は悪いが殺す。脅しじゃ無いぜ」


 ――気のせい。

 そう結論付けた男は、もう片方の手で取り出した短剣をルシエラへと見せつける。

 そして、止めていた手が再び動き出したのだが――


「――ッ!?」


 猛烈な悪寒に襲われ、その手は再び動きを止めた。


「あはっ」


 ルシエラが、妖艶な笑みを浮かべながら、顔を上げた。


(ふふっ! 確か――こういう時は構わない。ロゼはそう言っていたわ)


 ――ギン。と、ルシエラの瞳が強烈な光を放ったかと思えば。


「な、なんだ!? これは!」

「ま、魔法陣!?」

「か、体が……」

「ひぃぃっ!!」


 ルシエラを中心として、複雑怪奇で不気味な、巨大な魔法陣が足下に出現していた。

 ルシエラを取り囲んでいた男達も、その魔法陣の上に立っている。


「黙示録詠唱――序章」


 詠唱魔法だが、ルシエラは"詠唱"という行為を必要としない。

 いや、必要としないと言うよりかは、魔法の名を口にすることだけで、"詠唱"としてしまう。


「『審判』」


 魔法陣が不気味に光り出す。


「や、やめ――」


 自身の結末を悟った男のひとりから、そんな掠れた声が溢れるが――


 即座に、男達の体は目に見えない"何か"によって切り刻まれた。

 ルシエラの周囲に激しい血飛沫が上がり、辺り一面に血溜まりが出来上がる。

 ――ボトボトボト。と、ついさっきまで男達であった肉塊が転がった。


「……不味そうな血だわ。とても、飲めそうにないわね」


 再び、ルシエラは歩き出す。


(ふふっ。久し振りに人間に魔法を使ってしまったわ)


 冒険者となっての初任務だった今日1日。

 緊張はしたが人間とも交流できたルシエラの心は――



 ――非常に晴れやかだ。


あなたのその評価に、助けられてます。


誤字報告。助かっております。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 吸血鬼キャラすきなんですよね 優雅で友好的なお姫様最高ですね
[気になる点] 軽いものではなさそうな結構物騒な魔法使ってますけど魔法使っても魔境化等の影響は薄いんですかね? [一言] 死体処理しとかないと調査隊が組まれるぞー(普通の死に方じゃないので
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