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#61 青い閃光と赤い宝石

 

「すぅ――」


 と、ミレリナさんが深く息を吸い込んだ。


 俺はサッと身構え、収納から取り出した霊槍(オーヴァラ)を握る力を強くする。


 ミレリナさんが言葉を紡ぐと、周囲(カルディア湖)に魔力が行き渡った。

 そしてその魔力は、役目を与えられるのを待っているかのように空を漂い続けている。


 ジッと意識を集中し、ミレリナさんの言葉を待つ。


 そして――


「破滅詠唱"災害"第壱章――」


 瞳に宿す光を強くしながらミレリナさんがそう言うと、漂っていた魔力は思い出したかのように動き出す。――と言っても、別に見えている訳ではない。感じるだけだ。

 そして動き出した魔力は、湖へと流れ、その水面に巨大な魔法陣となって可視化された。


「『大流水災(だいりゅうすいさい)』」


 湖一面に出現していた魔法陣が、輝きを強くしたかと思えば、その光が空へと伸びた。

 どこまでも深い青。そんな青い光が天を衝く。

 この湖と、晴れ渡る空を繋ぐ道に見えてしまいそうな光だったが、俺は視線をミレリナさんに向ける。


「あ……」


 と、立ちくらみのような素振りを見せ、膝から崩れ落ちた。


 ――駄目か。

 どうやらまた、根こそぎの魔力を持っていかれたらしい。


 すかさず俺は腰を落とし、全力で地面を蹴り、高く跳躍した。


 もうこれで何度目だろうか。

 ――少し、思い返してみる。

 ……俺が玉藻前に礼を言いに行き、ミレリナさんが練習を始めたあの日を1日目とするならば――今日で10日目だ。

 となると、少なくとも10回は、こんなことを繰り返している。


 詠唱魔法を暴走させてしまうと、かなりの魔力を失ってしまうらしく、決まってミレリナさんはさっきの様な反応を示す。

 ミレリナさんの総魔力量がどれだけなのか、正確には分からない。ただ、この魔法陣から感じ取れる魔力から察するに、とてつもない量なのだと予想はつく。


 座り込み、立ち上がることの出来なくなったミレリナさんを視界の端に捉えながら、眼下に広がる(魔法陣)へと意識を向ける。


 回数をこなす内に慣れてしまった。

 今となってはもう、ミレリナさんの反応を見るだけでこの詠唱魔法が暴走するのかどうか分かる。


 空へと伸びた青い光が、閃光と共に巨大な流水へと形を変える――その前に、十分に魔力を通わせた霊槍を、俺は湖へと投擲した。


 砕け散る魔法陣にやるせない気持ちを抱きながら、俺は再び大地を踏み締める。

 役目を終えた霊槍は、フッと姿を消し、俺の手の中に戻ってきた。

 実体のある物への効果が薄い霊槍自身も、他の武器程の実体などありはしない。


「……どうして、どうして……私……どうして」


 ミレリナさんのそんな、悔しそうな声が聞こえてきた。


 立ち上がろうとするも、すぐに座り込む。

 魔力を使い果たしてしまったのか……。

 さっきも言ったように、俺の予想では、ミレリナさんの総魔力量は相当な物の筈。にも関わらず、一度の詠唱魔法で立てなくなってしまっている。


 初めはこうではなかった。

 詠唱魔法を暴走させても、これ程までに消耗してしまうなんてことはなかった。

 事実、大森林で暴走させてしまった時も、俺の所まで駆けてくる程度の元気を残していたのだ。


 今日まで練習して、ミレリナさんの詠唱魔法は――更に悪くなってしまっている。

 おそらく、焦っているんだ。

 何度繰り返しても暴走させてしまう。その結果、本来の実力も発揮出来なくなってしまった。


「ミレリナさん……」


 歩み寄り、そう声をかけた。


「ご、ごめんなさい、私……全然上手くいかなくて。ちょっと、どうしたら良いのか……もう、わからなくて。魔力の使い方も、混乱しちゃって……」


 涙ぐむミレリナさんの顔を見ると、俺まで辛くなってしまう。


 何か、力になってやりたい……。

 魔力の操作なら、俺も姉に教わった。

 ミレリナさんの姉も、確か凄腕の冒険者だという話だ。詠唱魔法を使いこなすらしい。

 本来なら、そのお姉さんに教えてもらう筈だったミレリナさんだが、詠唱魔法を自分自身で遠ざけてしまい、それは叶わなかった。

 そのツケが、今こうして回ってきているということだ。


「俺は姉から、収納魔法は"想像力"と"集中力"だと教わったな。集中して、思い描く。その練習をひたすらやったな、おかげで今では、よっぽどのことが無い限りはどんな状況でも収納魔法を扱えるぞ」


 少しでも参考になればと、俺が姉から教わった事を伝えるが――ちゃんと伝わってるか不安だな。

 キョトンとした表情で首を傾げてしまっている。


「私もそうね……自分の体の中の魔力に意識を向けて、それを外に吐き出す想像(イメージ)で、"零界"や魔法を使っているわ」


 隣のルエルも、ミレリナさんへ助言してくれる。


「魔力に意識を向ける……やってるんですけど、最後の最後で、どうしても魔力を抑えられないんです……」


 そう言って唇を噛む。


 確かに、実際詠唱魔法は行使することが出来ているんだ。

 どこか、俺達の助言とは少し違う何か。その何かが、欠けている。もしくは、詠唱魔法のコツは他にある。そんな感じだ。


 それが分からないまま、同じ練習を続けても意味はあるのか?

 なんて考えてしまった。


 ――そんな時だった。




「あの、少しよろしいでしょうか?」




 背後から突然、声をかけられた。


 いつの間に?

 ビクリと肩を震わせながら振り向くと、すぐ後ろに誰かが立っていた。


「…………」


 だ、誰だ?

 顔が見えない。と言うのも、真っ黒な傘で完全に顔を隠してしまっているからだ。

 ただ、この人が来ている黒い豪華なドレスと、先程の凛とした声から女性だということは分かる。


 日傘……かな?

 確かに晴れてはいるが、それほど日射しが強いという訳ではない。しかしそれを俺が気にするのも変な話だ。黙っておく。


「え……えっと」


 ただ、急に後ろから話しかけられたものだから、少し戸惑ってしまう。

 ルエルとミレリナさんも似たような反応を見せている。


「あら、これは急に失礼しました。少し、道を尋ねたいのですが、よろしいですか?」


「――ッ!」


 心臓が跳ねた。

 礼儀正しい所作でそう話す女性が、その黒い傘からチラリと覗かせた――真っ赤な瞳。

 あまりにも美しく見えるが、それ以上に妖しい瞳に――俺の鼓動が最大限の警笛を鳴らしている気がした。


「私、この書物を"シロツツ村"まで届ける。という依頼を受けたのですが、その"シロツツ村"という物がどこの事なのか分からないんです」


 依頼……ということは、冒険者か?

 見ると、この女性の腕輪には確かに、初級冒険者である証の一本線が刻まれている。


 "冒険者"。そう分かって、俺の鼓動は少しだけ落ち着いた。


「それなら――」


 そこの街道を暫く進んでから、北東へ続く街道を行けば到着する。看板が立っている筈だから迷うことはないだろう。

 そう伝えると――


「まぁ、これは丁寧にありがとうございます。それでは、失礼しますわ」


 優雅に一礼して見せてから、街道へと歩いていく。


 ――不思議な人だ。そう思った。


 のだが。


「あら、私としたことが……」


 と、立ち止まったかと思えば、また戻ってきた。


 な、なんだ?

 相変わらず傘のせいで、どんな表情をしているか分からない。


 ゆっくりと、俺達の傍までやって来た。


「そこのお嬢さん」


「え……」


 声をかけられたのは、ミレリナさんだった。


「どうも人間は、魔法を扱おうとして魔力の操作にばかり意識を向けるようです」


 何を……言ってるんだ?


「魔力の操作にばかり気を取られ、本来の魔法の姿を想像出来ていないようです。貴女の魔力は貴女だけの物。貴女の思い描いた通りに、魔力は姿を変え、色を変える。それが――"魔法"という物です」


「あ……」


 女性の言葉に、ミレリナさんが目を見開いた。

 何か、思い当たることがあったような、そんな表情を見せている。


「先程のお礼です。では、私はこれで」


 そしてまた、優雅に一礼して歩いていく。


 初級冒険者……なんだよな?

 魔法にとても詳しいような口ぶりだった。

 それに、さっきのミレリナさんの詠唱魔法を見ていたのか? いつから?


 いったい、彼女は何者なんだ?


 歩いて行ったかと思えば立ち止まり、近くの花や草木に興味津々といったように観察しだす女性。

 あれでは、シロツツ村に到着するのには時間がかかりそうだな。


 ――名前、聞いとけば良かったかな。

 なんて思ったりもした。

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― 新着の感想 ―
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