#60 あの時の礼を言いに行こう
翼竜の一件での、リーネの誤解を無事に解くことが出来た。
初めこそ、信じられないといった表情を見せていたリーネだったが、しっかりと話せば理解してくれた。
出会った頃のあの……高飛車なままのリーネだと、こうはいかなかっただろう。
きっとリーネも、この訓練所で多くの人と触れ合いながら冒険者として必要なこと以外のことも学び、変わって来ているに違いない。
リーネとちゃんと話せて良かった。
――そう思った翌日。
俺はいつもの時間に教室にやって来た。
昨日は既にミレリナさんがいたが、今日もいたりするのかな?
なんて――少しばかりの期待を胸に教室を覗く。
すると――
「おはようございますっ。シファくんっ」
今日もいた。
「おはようミレリナさん」
待っていたと言わんばかりの表情で、俺のところまでやって来る。
そして「あ、あの……」と、上目遣いでそれだけ言った。
なるほど。どうやら今日も、何か俺に話したいことがあるらしい。
少しの間を置いてから、ミレリナさんは口を開いた。
「詠唱魔法の練習……付き合って欲しいです」
「…………」
おぉ! 本当にミレリナさんはやる気だ。
過去のトラウマで、自ら遠ざけていた詠唱魔法。大森林では、なんとかそのトラウマを乗り越え、詠唱魔法で俺達を助けてくれた。
暴走はさせてしまったが、ミレリナさんの中で詠唱魔法は……もう嫌いな物なんかじゃなくなっているんだ。と分かった瞬間だった。
そして、たしかに『練習する』と大森林では言っていたが、まさか早速とはな。
やはりカルディア生誕祭の模擬戦を意識しているんだろう。
「あの、駄目……かな?」
感激のあまり言葉を失っていた俺を、不安そうな紫色の瞳が見つめている。
駄目な訳ない。
それに、出来るだけ協力すると言ったのは俺だ。
俺の返事は勿論――
「駄目な訳ないだろ。勿論、その練習付き合うよ!」
パアッと、満開の花が咲いた――気がした。
~
早速その日から、ミレリナさんは詠唱魔法を練習したいと言ってきた。
勿論俺は快諾した。
しかし俺達は訓練生。たまに休みはあるものの、基本的に毎日教練がある。なので、ミレリナさんの練習は教練の終わった後だ。
この日の教練は訓練所内で少しの座学と、訓練場での戦闘訓練だった。
教官が組合から依頼を持って来ない日の教練は、少し早く終わったりもする。
これからそんな日は、ミレリナさんの詠唱魔法の練習に付き合うことにした。
「話は聞かせてもらったわ」
それじゃ早速これから練習しに行こうか。なんてミレリナさんと話している所にやって来た絶世の美女。
「……だよな。やっぱりルエルも来るよなそりゃ」
「当たり前でしょ?」
俺達の話を聞いていたのか、ミレリナさんから直接聞いたのかは分からないが、ごく自然にルエルが加わってきた。
嫌ではない。寧ろ俺としては嬉しいくらいだ。
いったいいつからなのかは分からないが、いつも隣にルエルがいるのが普通になってしまったし、いなければ寂しいまである。
俺達は、ミレリナさんの詠唱魔法の練習に付き合うために、訓練所を出ていった。
ちなみに、俺達3人が来たる生誕祭の模擬戦の代表に選出されたことを、他の皆はまだ知らない。
もうしばらく経てば、教官から発表するらしい。
~
日はまだ高い。
と言っても、時間がたっぷりある訳でもない。
流石に、夜になってまで練習するつもりは――今の所無い。
一応俺はこっそりと、晩ごはんの時間を少し遅くしてくれ。と教官に伝えてある。
生誕祭まであと26日。
おそらくミレリナさんは、可能ならば毎日でも練習に励みたいと思っているだろう。
俺も出来る限り、それに付き合ってやりたい。
そして俺達は考えた。
――どこで練習するの? ということだ。
あの日見たミレリナさんの詠唱魔法の威力と規模。
練習するのならそれなりの場所が必要だ。街中なんて論外。
広い場所……。
そうして俺が思い至った場所は――
カルディア北西の湖。カルディア湖だ。
以前の調査任務で訪れた場所。たしかかなり広かった筈。
俺がそこを提案すると、ミレリナさんとルエルも賛成してくれた。
~
カルディアの北門から出て、北西の湖へと、2人は向かって行った。
俺は……少し寄りたい所があるからと伝えて、1人北東を目指す。
あまり2人を待たせるのは悪いし、俺は走った。
そうしてたどり着いた場所は――『カルディア高森林』だ。
姉の絶級特権により冒険者の立ち入りは制限されているが、俺は訓練生だ。問題はないのだが、途中で出会った組合員らしき装いの人に用件と名前を聞かれた。しかし名前を告げると快く通してくれた。
高森林に足を踏み入れ、奥を目指す。
不思議と道に迷うことなく、そこにたどり着く。
初めてこの森に来た日の昼間。この高森林の中にこんな広い場所があることに気が付かなかった理由は、やはり妖術による物だったのだろう。
しかし今は、はっきりとその場所が見えているし、分かる。
本人も隠すつもりはないのだろう。
いや――迷いなくこの場所までたどり着けたことを考えれば、寧ろ案内されたような気さえする。
と言っても、その場所に彼女の姿は見えないが。
「玉藻前。いるんだろ? 話があるんだが」
気配はある。
いるのは分かってる。と言うより、わざと俺に気配を気付かせているだろ、これは。
すると――ボウッと人間程の大きさの青い炎が出現した。
「お、おぉ! わ、我のシファではないか。どうした? わざわざこんな所まで。よ、よくこの場所までたどり着けたものよ」
と、姿を現した。
「ん?」
我の? ちょっとその妙な言い回しが引っ掛かった。
それに、俺がここに来たのも今知ったような口ぶりだ。案内されていたような感覚は、もしかしたら気のせいだったか?
いや――そんなことより。
ジロリと、俺は玉藻前の姿を観察する。
相変わらず綺麗な白銀の細い髪。
白い肌に、大きな黄色い瞳。
纏う着物は美しく、露出の少ない格好だが……妙に色っぽい。
前に見た幼さは消えて、俺より少しだけ年下の美女。
明らかに成長してるんだが。色々と。
「おお! 済まぬ、驚かせたな。我の聖火の傷も大分癒えた。妖力もかなり取り戻し、本来の姿を取り戻しつつあるのじゃよ」
そ、そうだったのか。
と言うことは、まだ本来の姿ではないということか。
となると、もう少し成長したりするのか?
み、見たい。その姿。
じゃなくて。
今回俺が玉藻前に会いに来たのは理由がある。
「こないだ、狐火? って言ってたかな、俺を護ってくれたよな?」
大森林で俺を護ってくれた青い炎。そしてその時に姿を見せた少女は間違いなく玉藻前だった。
あの日の礼が言いたかったんだ。ずっと。
「ありがとう」
「き、気にするでない。護り神として当然のことをしたまでよ」
と、平静をよそおっているつもりだろうが、頬が赤い。
それに、後ろの9つの尻尾が妙にソワソワしている。
かなり照れているな、これは。
そして、玉藻前に会いに来た理由はもうひとつある。
俺はこれからミレリナさんの詠唱魔法の練習に付き合う。
つまり、ミレリナさんが詠唱魔法を暴走させてしまった時は、また俺が対処しなければならない。
そうなった場合、もしかしたらまたあの青い炎の力を借りなければならない訳だ。
その事を、俺は玉藻前に伝えた。
「構わぬが、あの力は1日に1度しか使えぬ。何度も使う程の妖力を、まだ取り戻せておらぬのじゃ」
と、申し訳無さそうに話した。
後ろの尻尾がシュンとしてしまっている。
「いや、十分だよ。本当に助かる」
1日に1度なら本当に十分だ。
出来るだけ、ミレリナさんの魔法に飛び込まないように気を付けるようにしよう。
それに、俺も俺で特訓するつもりだ。
その玉藻前の力に頼らなくてもミレリナさんの詠唱魔法に耐えられるだけの体力と魔力を、身に付ければいい。
それまで、本当に必要な時にだけは、その玉藻前の力を頼らせてもらおう。
見てみると、玉藻前の尻尾は元気を取り戻していた。
ついでに、練習する湖はここからそう離れてはいない。と伝えると。
「な、なんと!」
と、瞳を輝かせ――
「それならその――あ……いや、別に我は、その……」
と、急にしおらしくなる。
「どうしたんだ? 言いたいことがあるなら言ってくれ」
「――ッ! あの、それなら、たまには……ここにも寄って欲しい。などと思ってみたり……したのじゃがっ!」
顔を真っ赤に染めて、語尾を強くして言ってきた。
必死だったのか、言い終えると――ゼェ、ゼェと肩で息をしている。
尻尾はやたらソワソワしていた。
なるほど、たしかにこの高森林に籠りっぱなしの玉藻前だ。暇だろうし、たまには顔を出してやった方が良いかも知れないな。
うん。時間に余裕があれば、出来るだけ顔を出すことにしよう。
「そうだな。分かった、たまには顔を出すことにするよ。その時にまた、話そうな!」
「おぉ! うむ。うむ。待っておるぞ!?」
尻尾を振り回す程嬉しがる玉藻前。
じゃぁ、また。と挨拶をしてから立ち去る俺に、玉藻前はずっと手を振り続けていた。
あと――尻尾も。
あなたのその評価のおかげです。




