#6 侮辱された姉
――ゴクリ。
部屋中の皆の視線が俺に集中している。
これだけの人数相手に何か話すなんて経験したことがないだけに、ものすごく緊張する。
皆よくもまぁ平気で話せたものだと、今更ながらに感心してしまう。
だが、何か話さなければこの状況から脱出することが出来ないのも事実。
「お、俺はシファだ」
なんとか絞り出した自分の名前。
勿論、これだけで終わることはできない。最低限の自己紹介を行わなければいけない。
得意な魔法か技能。魔法……技能……。
我が親愛なる姉との特訓を思い出す。
姉の持つ魔法と技能の大半を、姉は俺に伝授してくれた……。
……そうだ、その中でも特に念入りに俺に教えてくれた魔法があったじゃないか。
「俺は姉に色々教えてもらった。その中でも特に念入りに教えてもらった『収納魔法』。それが俺が1番得意な魔法だ!」
よし! 言えた。
姉に叩き込まれた『収納魔法』。これだけは、姉以外の人間に負ける気がしない。
「……収納……魔法?」
どこからともなく声が聞こえてくる。
そうだ。収納魔法だ。
あれだけ姉に教えられて身につけた収納魔法。得意と言えるだけには身に付いているに違いない。
「え? 収納魔法って……あの収納魔法?」
「そうだ。収納魔法だ」
皆が互いに顔を合わせる。
微妙な反応だ。
今の俺の言葉に皆がどんな感想を抱いたのかは、皆の表情からは読み取れない。
だが――
「ぶっ! おいおいおい! 収納っ魔法って!」
「マジかよ! 何の冗談だ!? 収納魔法くらい俺も使えるって!」
「あっはははは。おもしろーい!」
「得意魔法がっ……収納魔法!? とんだ秘密兵器だなそりゃぁっ!!」
部屋中にまきおこったのは感動でも感銘でもなく。大爆笑だった。
と言っても、明らかに馬鹿にされている大爆笑だ。
どうやら、姉が俺に教えてくれた『収納魔法』は、人に自慢して良い物ではなかったらしい。
だが、姉は俺に確かに教えてくれた。『収納魔法』の全てを。それも一生懸命に、別に人に笑われようが、俺は何も間違ったことは何ひとつ言っていない。
沸き起こる部屋で、何故か俺はいたって冷静であれた。
「…………………………」
「わ、あわわわ」
ほとんどの訓練生が大笑いする中で、一部の者は違う反応を見せている。
中でも、青く綺麗な瞳を真っ直ぐ俺に向ける女性、確か名前はルエルだ。
そして、何故かあたふたしている女性がミレリナだった筈。
ミレリナに関しては、おそらく部屋の雰囲気について行けていないだけだろうが、このルエルという女性は何故かどうしても気になってしまう。
なにか、値踏みでもされているかのような……そんな印象を受ける。
「ふんっ! あんた本気で言ってるの?」
俺の目の前の席に座っていた女性、リーネが立ち上がった。
「得意魔法が収納魔法って……。あんた冒険者舐めてるの? 今すぐ帰ったら? ほんと、そんな奴がどうしてこの場所にいるんだか……」
敢えて人を怒らせる言葉を選んで口にしているかのような口ぶり。
このリーネという女は、本当に性格が悪いようだ。
「はっ。別に人に笑われようが構わない。俺は何も間違ったことは言っていない」
「あんたがこの場所にいるのが、そもそもの間違いよ。遅刻はしてくるし、得意魔法も……誰でも使える収納魔法って、冒険者を馬鹿にしてるとしか思えないわね」
確かに、遅刻してきたことは俺が悪いが、それはもう終わった話なのだが、この女は心底根に持つタイプのようだ。
ともかく、俺の自己紹介はこれで終わりだ。
そう思い、腰を降ろそうとしたのだが――。
「あんたの姉も、たかが収納魔法を念入りに教えるなんて馬鹿なんじゃないの? 他に教える事はなかったわけ? それとも教えられなかったのかしらね?」
どうしても、その言葉だけは聞き捨てならなかった。
俺は、俺よりも、姉のことを馬鹿にされるのだけは許せなかった。
「おい。取り消せ」
「は? な、なによ」
「俺の姉を馬鹿にしたことを取り消せよ」
「はあ? 嫌よ。本当のことでしょ?」
「いいから取り消せよ」
「ふんっ! 私はね、私より弱い奴に従うことが一番嫌いなのよ」
「…………」
「…………」
互いに睨み合う。
どうしても取り消すつもりはないコイツと、取り消すまで許すつもりのない俺とでは、どうやらこの話は平行線だ。
「はいはい。そこまでよ二人共」
と、そんな俺とコイツの睨み合いを終わらせたのはユエル教官だった。
「丁度良いわ。あなた達2人、闘ってみなさい? どうせ自己紹介の後は、皆の実力を確かめるために軽い模擬戦をやるつもりだったから……丁度良いでしょ?」
模擬戦か。
確かに、それが手っ取り早いのかも知れない。
コイツはさっきの言葉を訂正するつもりは未だに無いようだし、勿論俺も引き下がるつもりは無い。
親愛なる姉を馬鹿にされて、大人しく引き下がるなんて事は出来ない。
たとえ、負けてしまっても、何もしないでいることは出来ない。
「俺は構わない」
「ふんっ! 勿論私だって」
俺達のこの言葉で、部屋中がいっそうの盛り上がりを見せたのは、言うまでもないだろう……。




