#57 これは"貸し"というやつだ
レビューを頂きました。
感激しておりますっ、本当にありがとうございます。
「私は――模擬戦……出たい……です」
――出たい。
あのミレリナさんがそう言った。
消え入りそうな声ではあったが、確かに聞こえた。
あんぐりと口を開けて呆けているルエルと目が合った。
綺麗な顔が台無しだが、気持ちは分かる。
てっきりミレリナさんはこの手の催し物には参加したがらないタイプだと思ってたからだ。
「え……ミレリナさん出たいの? 本当に?」
「う、うん。私も頑張らなくちゃって、今日……思ったから」
膝の上に置いた手に力を込めて、グッと握り拳を作っているのが見えた。
変わろうとしているということだ。ミレリナさんは。
おそらく、詠唱魔法を特訓したその成果を、生誕祭の模擬戦で発揮するつもりなのだろう。
訓練所の教練と平行しての特訓になる筈だが、果たして30日という期間は長いのか短いのか……。
「ちなみに、模擬戦の会場はカルディアの大広場で行われるわ。特殊な魔法が施されるから命を落とす危険もないし、周囲への安全も十分に配慮されている。思いっきりやれる筈よ」
なるほどな、それなら今日見たミレリナさんのあの詠唱魔法も遠慮なく使えるという訳だ。
今日の一件、この幼女の振る舞いはどうあれ、少なくともミレリナさんにとっては良い結果に終わったのかな。
それに、今俺たちの通っている訓練所が失くなってしまうのは正直寂しい気もする。
カルディアの訓練所が勝利することで、その話が失くなるというのなら、勿論俺も模擬戦出場を断る理由は無いけど……。
おそらくルエルも――
「私も、選ばれたのなら出場させてもらいます」
だよな。
ルエルは、自分から出場したいと言い張るタイプではないが、選ばれたのなら断らない。
「済まぬな。恩に切るぞ」
「えぇ、私からも礼を言うわ。ありがとう」
と、幼女と、更に教官まで頭を下げる。
そんな教官の態度に俺は思わず――
「やっぱり教官も、訓練所が失くなるのは嫌なんですか?」
と問い掛けていた。
教官もこの幼女と同じくらい、俺達が模擬戦に出ることを望んでいるような、そんな雰囲気がある。
教官は少し寂しそう笑みを浮かべながら答えてくれた。
「そうね……実は私も、カルディア訓練所に通っていたのよ」
昔を思い出すように目を細めている。
「その訓練所が失くなるのは……そうね、嫌……ね」
嫌……か。
教官が自分の気持ちを、そうはっきり口にするのも珍しい気がする。
「とは言えシファ。参加するもしないも貴方の自由よ、今の言葉は忘れて」
参ったな。
ユエル教官にそんな顔されたら断れないよな――ってか、別に断る理由は初めから無いのだが。
ふぅ――と小さくため息を吐くと、皆の視線が俺に注がれた。
後は俺の返事だけだ。
「俺は――」
~
支部長室での話は一旦終了した。
幼女と別れ、皆で組合の外に出てみれば日はかなり傾いていた。
今日のところはこれで解散になる。
危険指定種の掃討という任務は、まだ終わっていない場所もあり、明日から俺達も他の訓練生同様にサポートとしてそこに参加することになった。
聞いてみれば今回のこの危険指定種掃討という組合からの依頼も、カルディア生誕祭が絡んでのことだったらしい。
生誕祭は、各地からこのカルディアに人が集まるらしく、ソレまでにカルディア周辺の安全を確保しておくという狙いがあったようだ。
カルディア生誕祭は、屋台なども多く出されるらしいし、実はちょっと楽しみだったりする。
冒険者訓練所の模擬戦は、中でも一大イベントらしい。
「し、シファくんは――」
組合の前で、ミレリナさんが恐る恐るといった具合に口を開く。
「模擬戦に出るのは……嫌なの?」
不安そうに俺を見上げている。
そして――
「わ、私は出来れば、シファくんと一緒に模擬戦出たいです」
「え――」
「そそ、それじゃ私、先に帰りますっ」
それだけ言って、俺達に深くお辞儀をしてから慌てたように帰って行った。
まぁ俺達3人今日も一緒だったし、出来れば模擬戦も同じパーティーでやりたいというのは、納得出来る話だ。
でも、ちょっと可愛かったな。
「――はっ!」
なんてミレリナさんの走っていった背中を見つめていたら、突き刺さるような視線を感じた。
首を向けた先にはやっぱり――ルエルだ。
ジトッとした目を俺に向けている。
「な、なにかな?」
「別に?」
機嫌を悪くさせてしまったようだ。
そんな俺達の様子を見ていた教官は、やれやれとため息を吐いている。
とにかく、組合での話も終わった。
後は俺達も帰るだけなのだが。
「あ――組合に忘れ物、悪い、先に帰っててくれ」
と、2人にそう言うと、怪訝な表情を見せながらも先に帰ってくれた。
教官の帰る場所は訓練所だ。なので2人の帰る方向は逆の筈だが、ルエルが教官と話があるらしく、何故か2人揃って訓練所へと帰って行った。
しばらく2人の背中を見送ってから、俺は再び組合へと足を踏み入れた。
~
受付に声をかけたらすぐに通してくれた。
階段を上がり、2階へ。
勿論、忘れ物したというのは本当では無いが、嘘という訳でもない。
幼女との話が、まだ残ってる。
扉をノックして、「入るが良い」という声を聞いてから、支部長室へと足を踏み入れた。
「なんじゃ? 忘れ物……という顔でも無さそうじゃな」
幼女に促され、先程と同じようにソファへと腰掛ける。
「まさか、もう考えを決めた。という訳でもあるまい?」
同じく幼女も、ソファの上にひょこりと乗っかった。
さっき俺が模擬戦への参加を問われて出した答は『少し考えさせてくれ』だ。
俺の中で答は決まっているのだが、少し幼女と2人で話をしたかったために、あの場はそう答えた。
「むぅ……もしや、今日のことを気にしておるのか?」
と、どちらかと言うと幼女の方が今日のことを気にしていそうだな。
確かに、今日は少し大変な目に会ったが、結果的に皆無事だった。
ルエルは特に気にして無さそうな様子だし、ミレリナさんは寧ろ詠唱魔法とちゃんと向き合える切っ掛けとなって良かったとさえ、今となっては思っているだろう。
俺も――この幼女に怒りを覚えたこともあったが、ミレリナさんが気にしていないのであれば、特に俺から言うことは無いだろう。
意外にも、しっかりと謝ってくれた訳だしな。
「まぁ、それは今は置いておいて。そう、模擬戦の件ですコノエ様」
「うむ……それで?」
「俺も出ますよ模擬戦」
「おおっ! 済まぬな! 感謝するぞ!」
そう言うと、これでもかと目を輝かせる。
余程心配だったのだろうか。
訓練所は、この幼女にとっても大切な存在らしい。
「"貸し"ということにしておきます。今日のことも含めて」
「――ほ、ほう?」
ちょっとした仕返しのつもりで、ニヤリと笑いながら俺はそう言った。
「さ、流石はローゼの弟じゃな。妙なところで頭を働かせよるわ」
ソファに体を預け、安心したような、そうでないような態度だが――
「ほっ――良かった、出てくれるか」
かなり安心しているようだ。
「良いじゃろう。もし何か困ったことがあれば、可能な限りで協力しよう」
玉藻前の時のようなこともある。
訓練生である内は、もうそんな時は無いと思うが、もしかしたら今後、支部長の協力が必要なことがあるかも知れない。その時は、出来る限り融通してもらえるとありがたい。
とは言えこの"貸し"は、俺のためじゃなく、ルエルかミレリナさんのために使おう。いや、使うべきだ。
今日の魔物討伐に模擬戦と、あの2人も同じだけ苦労したんだからな。
「感謝するぞ弟よ。それで、話はそれだけか?」
という幼女の言葉だったが、俺にはもうひとつ気になることがあった。
ついでにそれも聞くことにした。
「支部長コノエ様、コノエ様って……何者なんですか?」
大森林の一角を魔境化させてしまう幼女。
この幼女が何者なのか、俺は気になっていた。
あなたのその評価で、成長する筈です。




