#56 支部長コノエの願い
「初めてにしては見事な連携であった」
支部長幼女がそう言いながらやって来る。
ミレリナさんもかなり落ち着いたようで、今はすっかり泣き止んでいる。
ルエルは……どうやらあまり調子は良くなさそうだ。
吐息に魔力を混ぜて周囲の環境を変化させる『零界』という技能、翼竜と対峙した時にも使っていたみたいだし、そのせいだろう。
結局……この幼女の狙いは、俺達の力量を確かめたかったということか? そしてパーティーとしても機能するかどうかも見たかったということなのか? だとしたら、何のためにだ?
「で、アンタ――コノエ様は、何のために俺達にこんなことをさせたんですか? ちゃんと説明してくれるんですよね?」
イカンイカン。
思わずアンタと呼んでしまいそうになってしまった。
玉藻前の時もそうだったが、もう少し自分の感情を抑える努力をしないとな。
「うむ。勿論説明させてもらうとも。……見たところ、この大森林での危険指定種の討伐は……今ので終わりのようじゃしの」
俺の態度に、フッと軽く笑ったかと思うと――幼女は遠くを見回すような素振りを見せながらそう言った。
危険指定種自体はまだ存在するが、本来この森に生息していなかった危険指定種は、どうやらもう存在しないらしい。
「見落としが無いとも言い切れぬが、その時はまた対処するとしよう」
最後にそう付け加えた。
そして支部長コノエはルエルの下へと歩み寄り、その頬にソッと触れる。
「え、コノエ様?」
「これ、動くで無いわ」
また悪巧みか? と思ったが、どうやら違う。
「"竜姫の加護"を――」
そう呟いたかと思えば、幼女の体からルエルへと淡い光が流れていく。
「あ……」と、ルエルが心地よさそうに目を細め、彼女の魔力や体力が回復しているのが一目瞭然な程に顔色が良くなっていった。
「こ、これは……」
俺達よりも、当の本人が一番驚いている。
それもそうだ、体力を回復させる魔法があるのは知っているが、魔力を回復させる魔法は存在しないと教えられている。
時間経過で少しずつ回復する体力と魔力だが、ソレ以外で魔力を回復させる手段は、魔力薬などの回復薬しか無い筈だが……。
「妾の魔力をくれてやっただけのことよ。回復した訳ではないぞ」
いや、そんな魔法があるのか?
と、俺はミレリナさんの顔をチラリと確認した。
知らないことはミレリナさんに聞けばいい――のだが。
「は、はわわわわわわっ」
この狼狽えよう、ミレリナさんも知らない魔法……ということだ。
いつもより『わ』が多い気がするが、普段の調子を取り戻してくれて一安心だな。
それはそうと、ミレリナさんも知らない魔法を使い、大森林の一角を魔境化までさせてしまうこの支部長が、果たして何者なのかも……説明してくれるのだろうか?
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか――
「もう良い時間じゃ、説明は……組合の妾の部屋でするとしよう」
そう言いながら、幼女は偉そうに歩いていく。
――込み入った話なのか?
少なくとも、この荒れた大地(元は草原地帯だったが、ミレリナさんの詠唱魔法でこうなった)のど真ん中でする話ではないらしい。
とにかく、これ以上ここにいても仕方がないということだ。
俺達も支部長コノエの後に続き、この場を後にすることにした。
~
やって来たのは、冒険者組合カルディア支部2階の支部長室だ。
以前と同じように、高級感溢れる長机を囲むようにして置かれたソファに、俺達3人は並んで腰掛ける。
そして幼女は、俺達と対面する形でソファの上であぐらをかいて用紙の束をペラリと捲る。
1階には、冒険者らしき者の姿があった。
この幼女が言うには、それぞれの方面で行われていた危険指定種の討伐も一段落する頃らしい。
と言っても、やはり今日だけで掃討できない場所もあるらしく、そういった場所は明日以降も継続して討伐が行われるとかナントカ。
その報告書の確認を、しているらしい。
もう報告書が出来上がっているのかと、まず驚いた。
この支部の組合員は、かなり仕事が早いようだ。と言っても他がどうなのか俺は知らないが。
――そんな事よりさっさと説明しろよ。と、俺がジトッとした視線を幼女に向けると。
「そう急くで無い、もう一人呼んでおる……っと、来たようじゃな」
部屋の扉をノックする音に、幼女が「入るが良い」と返事をすると、その扉からやって来たのは――
「え、教官?」
いつもの見慣れた教官の姿が、ソコにあった。
「えぇ。お疲れ様――って……シファっ、貴方その格好っ!」
おっと。
大森林から直行してきたからな、現在の俺の格好はソレはもう酷い有り様だ。
そんな俺の姿に、教官が顔を青くしながら駆け寄ってくる。
「はぁ、怪我は……無いようね」
心配し過ぎだ。
俺の体のあちこちを確認し、心底安心したような表情の教官に、ルエルとミレリナさんが驚いている。
実は教官って、過保護なんだよな。
『訓練生になった以上、自分の命の責任は自分にある』なんて厳しいことをいつか言っていた気がするが、その反面さっきみたいに俺達のことを心配してくれる。
これは既に訓練生全員が知っている教官の人間性だが……流石に今の慌てっぷりは珍しい。
「――ッ! 支部長! 無茶はさせない話だった筈ですが!?」
そして、ルエルとミレリナさんに奇異な目で見つめられていることに気付いたらしく、慌ててそう言った。
「む、無茶では無いわい! それに、傍には妾がおったのじゃから、何も問題はないわ!」
まるで、もしもの時は自分が助けに入るつもりだったような口ぶりだなこの幼女。
「……はぁ、それで? 結局彼等に決めたんですか?」
ため息を吐きながら、教官はもうひとつのソファに腰掛ける。
「うむ。こやつらなら、妾の期待に応えてくれるだろう。少しの課題はあるようじゃがな」
そう言いながら幼女が視線を流したのは、ミレリナさんだった。
課題とは、詠唱魔法のことだろうか?
それは確かにミレリナさんの課題だろうが、この二人は何の話をしてるんだ?
「その様子じゃ、何も聞かされていないみたいね」
呆れたように、今度は大きなため息を吐いた教官が説明を始めてくれた。
「そうね、30日後……になるのかしら、このカルディアにとっては大切な日よ」
何の話だ?
と思ったが――
「――ッ! カルディア生誕祭っ! ……ですね?」
隣のルエルが、ハッと声を上げた。
『カルディア生誕祭』……お祭りか?
確かに昔、姉に連れられてカルディアに来た時に、やたらと賑わっている時があったような……。
「そうよ。年に一度、三日間通して行われる祭典よ」
「なるほど、訓練所代表の訓練生3名パーティーによる模擬戦……その3名に、私達が選ばれた訳ですか」
「ほう。空色髪の娘は察しが良いな」
「は、はわわわわっ」
このミレリナさんの慌て方からすると、多分ミレリナさんもこの話について行けてるっぽいな。
となると、どうやらついて行けてないのは俺だけか。
――説明求む。
そう教官に視線で訴えた。
「シファ、まず冒険者訓練所は、このカルディア以外にも存在しているのよ」
知らなかった……とは言え、考えてみれば当然かも知れない。
カルディアは大きな街だが、ここ以外にも大きな街はある。逆に、カルディアだけにしか訓練所が無いという考えの方がおかしい。
「カルディア生誕祭の最終日、その訓練所の代表者3名の模擬戦が行われるわ。これは毎年行われている恒例行事よ、この日のために、訓練生がこのカルディアに集まるのよ」
要はソレに俺達が出ろということか。
教官もこの場に呼ばれたということは、俺達3人が選ばれた理由として、教官の意見も含まれているのだろう。
なるほど、だから俺達の現状の力量と連携を幼女は確認したかった訳だ。
とは言え、そこまでする必要があったのか?
年に一度の恒例行事なのは分かるが、言ってしまえばたかが模擬戦だろうに。
という俺の疑問だったが。
「カルディアの訓練所は、ここ最近負け続けておる。冒険者組合でも、もうカルディアの訓練所は必要無いのではないか。との声も上がって来ておるのじゃ、あまり多くない"超"級冒険者を教官としておくからには、それなりの成果も求められておる。流石に負け続けてしまっては、のぅ」
とのことらしい。
珍しく幼女がションボリしている。
「とは言え、あくまで祭典の催し物のひとつ。貴方達に強制させることは出来ないわ。出たくないのなら、改めて他の訓練生から参加者を募ることになる。無いとは思うけど、もし参加希望者が集まらなかったら、その時は悪いけど……貴方達に出てもらうことになるわね」
参加者が集まらない可能性は……無いだろうな。
少なくともレーグは出たがるだろう、後は……リーネ。それにツキミあたりも、この手の話は好きそうだ。
「妾は、この訓練所を終わらせたく無いのじゃ。今日のことは済まぬと思っておる。どうしても、お主らの本気の実力を見極めたかった。許してくれ」
なんと幼女が頭を下げた。
これには流石に驚いてしまう。
とにもかくにも、俺達は教官と支部長に見込まれてしまった訳だ。
ミレリナさんに関しては課題があると言っていたが、この幼女はソレすらも込みで決心したのだろう。
あとは、俺達がどう答えるかだが――
「わ、私は――」
意外にも、真っ先に口を開いたのはミレリナさんだった。




