#55 護って、護られて、助け合う
投擲した霊槍は、激しく燃え上がる炎の柱の中、巨大な魔法陣の中心を目指し突き進む。
俺の魔力と青い炎を纏い、炎の柱の流れに逆らう形で――魔法陣の中心に寸分違わず命中し、突き立った。
するとその魔法陣は、まるでガラスが砕けるような、バリィンという音を奏でながら割れる。
と同時に、空まで伸びていたであろう巨大な炎の柱は即座に霧散し、消え失せた。
眩しいくらいの炎の光に包まれていた俺の視界には、草原ではなく、剥き出しの大地が広がり――
突然の突風に襲われた。
――魔力だ。
炎の柱の糧となる筈だったミレリナさんの魔力が行き場を失い、突風となり俺を打ち付ける。
恐ろしい魔力量。
ミレリナさんの魔力をこの身で浴びてみて、そう思った。
ただ、この魔力は誰かを傷つける為の物ではない。
俺を労るようにして優しく打ち付けてくるこの風に、ミレリナさんの感情を見ることが出来た気がする。
そして俺はと言うと、地面から優しく打ち付けてくる風のおかげで危なげなく大地へと降り立つことが出来た。
「……ふぅ」
危なかったが、どうやら上手くいったようだ。
体の調子を確かめてみる。
うん。どこも問題はない。
不思議なことに、炎に焼かれた筈の傷が全て失くなっている。
服は……所々破れてしまっているが、肝心の俺の体に外傷は見当たらない。
あの青い炎だ。
即座に傷を癒し、更にはミレリナさんの炎から俺を護ってくれた。
ちなみにその青い炎、今はもうない。
「玉藻前……だよな」
信じられないが、あの時目の前に現れた少女……の影、とでも言うのか、あれは確かにカルディア高森林で出会った玉藻前だったように思う。
思う……と言うのは、心なしか俺が出会った玉藻前より成長しているような気がしたからだ。
いや、少女であることは変わり無いが、この短期間では考えられないくらいに成長した姿だった。
……まぁ、人間じゃなくて妖獣な訳だし、俺達の常識は通用しないのか?
「た、玉藻前さん? 近くにいる?」
そこら辺に向かって問いかけてみた。
…………返事はない。
気配は感じないし近くにいないとは思ってたが、一応呼んでみた。
どうやら、本当に近くにはいないようだ。
となると、やはり今もカルディア高森林にいるんだろうが……。
そんな場所からどうやって俺を護ってくれたのか。
「むむむ……」
いくら考えても、さっぱり分からなかった。
「し、シファくんっ!!」
と、これでもかと頭を捻っていたところに、ミレリナさんが駆け寄ってくる。
瞳は僅かに潤み、顔色は良くない。
詠唱魔法を暴走させてしまい、俺を巻き込んでしまったと思っているのだろう。
いつもなら、『はわわわわ』なんて言っている筈だが、そんな余裕も無いらしい。
しかし、俺は大丈夫だ。
両肩を回してから、その場で軽く屈伸。そして最後に、目一杯両手を広げて見せてやる。
どこにも異常は無いと、ミレリナさんに教えてやる。
「え、えっと……」
大きな瞳をぱちくりさせながら、キョトンとした表情で見つめられる。
あれ程の詠唱魔法だったんだ、俺が無事でいることが信じられないんだろう。
確かに俺もヤバいと思った。玉藻前が護ってくれないと、今頃どうなっていたか……。
とは言え、無事なことには変わりない。
しかし、詠唱魔法が暴走してしまったのもまた事実。
そしてそれに、止めるためとは言え巻き込まれたのも、今の俺のこのズタボロな身なりを見れば分かりきったことだ。
となるとミレリナさんは――
「――ッ! あ、あのシファくんっ、私やっぱり……その、ごめ――」
謝ろうとするだろうな。
「――んムギュッ!」
頭を下げようとするミレリナさんの肩をガッと掴み、続きを話そうとする口を優しく押さえる。
赤くなりながら目を見開くミレリナさんの顔が、可愛らしくもあり可笑しくもあり、思わず笑ってしまう。
とにかく、その続きを言われると、俺のこの頑張りが無駄になる。
――先に俺から言いたいことがある。
そんな俺の意図を察してくれたのを確認してから、ゆっくりと手を離した。
「あ、あの……シファくん?」
どこか不安そうなミレリナさんの瞳をしっかりと見つめ返しながら、口を開く。
「ありがとうミレリナさん」
「え――」
「ミレリナさんの詠唱魔法のお陰で、魔物共を討伐することが出来た。俺一人じゃ、ルエルとミレリナさんを護り抜くことは出来なかったよ」
「…………」
「助かった。ありがとう」
「――ッ!!」
息をのみ、驚き、見開いた大きな紫色の瞳から、涙が溢れている。
その場で膝から崩れ落ち、声を漏らし、泣きじゃくる。
両手で涙を拭っても、また次の涙が地面を濡らした。
この涙が、悲しみや苦しみから流れている物ではないことは、俺でも分かる。
「わ、わたしの、詠唱魔法は、シファくんの助けに……なったん……ですか?」
「ああ」
しゃがみこみ、泣き顔を擦りながら必死に聞いてくるミレリナさんに、俺はそう答える。
「わたしの詠唱魔法は、シファくんやルエルちゃんの、役に……立ったんですか?」
「ああ」
「わたしの詠唱魔法で、シファ君達を……護れたん、ですか?」
「ああ」
そう。
結果的に、ミレリナさんの詠唱魔法に俺達は助けられた。
暴走はしてしまったが、俺達全員無事だ。
ミレリナさんが詠唱魔法を使ってくれなかったら、こうは行かなかっただろう。
「でも、私はまた……詠唱魔法を暴走させて……」
それもまた、大切な事実のひとつだ。
ミレリナさんの詠唱魔法のことはよく分からないが、簡単な物ではないのだろう。
だったら――
「そうだな。じゃ、努力するしかないんじゃないか?」
俺もその場にしゃがみこみ、ミレリナさんと同じ高さから話しかける。
「え――」
「勿論、無理にとは言わないけどさ、ミレリナさんの詠唱魔法に、ミレリナさんを含む俺達3人は助けられたんだよ。だから少なくとも、詠唱魔法を怖がらないでくれよ。俺達を助けてくれた詠唱魔法をさ」
上手く扱えないなら、努力するしかない。
勿論、それをするかしないかは、ミレリナさん本人が決めれば良い。
ただ、怖いからという理由で、詠唱魔法から逃げないで欲しい。
あの魔法陣から感じた魔力は恐ろしい程に巨大だった。
そして霊槍で消し去った後の風から感じた、ミレリナさんの優しい魔力。
もし、ミレリナさんが詠唱魔法を完全に扱えるようになったらと思うと……。
もしかして本当にミレリナさんは、ミレリナさんのお姉さんの言うとおり――才能に溢れる天才なんじゃないだろうか。
「わたし、練習します。詠唱魔法……上手く扱えるようになるまで、練習……します」
顔を上げたミレリナさんからは、以前までのような弱々しさは感じない。
ミレリナさんは確実に成長した。
この顔を見れば、誰でもそう思うに違いない。
「ああ。必要なら言ってくれ。俺も出来る限り手伝うからさ」
「はいっ。……シファくん、ありがとう」
立ち上がり、深く頭を下げながら礼を言うミレリナさんを、今度は止めなかった。
大森林の深層。草原地帯での危険指定種の討伐は、ミレリナさんの詠唱魔法のおかげもあり、こうして無事に完了した。
成長したのはミレリナさんだけではない。
俺も、ルエルも、パーティーを組んで魔物と戦うということは、護る者がいて、護ってくれる者がいる。互いに連携し、助け合う必要がある。今回のこの結果が良いものなのか、悪いものなのかは分からないが、思いがけない形でソレを知ることが出来た。俺達もまた、成長しただろうと――
こちらへ歩いてくるルエルの姿と、支部長コノエの笑ってる顔を見ながら思った。
いつもありがとうございます。
まだ序盤です。引き続き、この作品に付き合ってもらえたらと思います。
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