#54 青い焔と霊槍
こんなにも難しい。
ただ魔物を討伐するだけなら、姉との特訓で嫌という程の数をこなして来た。
ベヒーモスと翼竜だって、同時に相手をすることくらいなんてことない。
そう――それは俺ひとりの場合だ。
俺ひとりなら、魔物にとっての敵も俺ひとり。魔物が狙うのは俺だけに限られるし、行動も読みやすい。
やられる前にやるだけで良かった。
でも、誰かを護りながらというのは――こんなにも難しい。
これが――パーティーで魔物と戦うということだ。
~
大剣をその巨体に叩き付け更なる傷を穿つと、ベヒーモスの動きはとりあえず止まった。
まるで鎧のような硬さの表皮だったが、この大剣の貫通力の方が上だ。
――だが。
「――――――――――!!」
前足を大きく振りかぶりながら重厚な雄叫びを木霊させる。
「くっそ――」
異常なまでの生命力。
慌てて俺は数歩後退した。
すると、ベヒーモスの前足は俺が立っていた場所に激しい地響きと共に振り下ろされる。
一瞬、ベヒーモスの体がグラリと揺れるのを見逃さない。
確実に弱っている。自分のその巨体の重さを支えることすらも辛いらしい。
――止めを刺す。
大剣を握る手に力を込め、一気に踏み込み、体を捻った遠心力を大剣に乗せてベヒーモスの息の根を止めてやる。
そう意気込んだ時――
翼竜の咆哮が耳に飛び込んできた。
咄嗟に背後を振り向くと、翼竜がルエル達の所へと迫っている光景が飛び込んできた。
ルエルもそれに気づいているらしく、ミレリナさんを庇うようにして立っている。
ベヒーモスは後回しだ。
確かに、今止めを刺すことは簡単だろうが、その一瞬の時間で取り返しのつかない事態を招くのは御免だ。
俺は、ルエル達の下へと急ぎ戻ることにした。
しかし俺よりも翼竜の方が速い。
が、技能と魔法、そして氷の剣によってルエルが大立ち回りを見せる。
翼竜を倒せずとも一歩も引かず、氷の魔法で翼竜の動きを封じている。
やがて、背後から迫る俺に気付いたらしく、翼竜共はルエル達を諦め空へと待避していった。
なんとか危機は去ったか、などと安心していられない。
ルエルがかなりの無理をしているのは、その顔を見れば分かる。
さっさと魔物共をなんとかしないと、ルエルが持たない。
ミレリナさんの詠唱魔法はいつ――
瞬間、足下に出現した巨大な魔法陣に目を奪われた。
俺のよく知る収納魔法陣とは似て非なる複雑怪奇な模様が、草原地帯に出現した。
その魔法陣から感じる魔力に、肌がピリピリと震える。
間違いない。これはミレリナさんの詠唱魔法による物だ。
その魔法陣の上に立つのは、俺とベヒーモス。そして上空の翼竜も、この魔法陣の範囲内だろう。
――これは流石にヤバい。
慌てて、魔法陣の外へと避難する。
まるで俺が外に出るのを待っていたかのように、魔法陣が眩しい光を放つ。
目を背けたくなる程に強烈な赤。
燃えるように赤い、一筋の光の柱が空へと上がった。
空に、赤い刃が突き刺さる。
そして――
「――くっ!!」
一際眩しい閃光が迸ったかと思うと、赤い刃は大きな炎の柱へと早変わりしていた。
轟音と振動の次に、肌を焼かれるような熱量が、衝撃波と共に押し寄せる。
腰を落とし、足に力を込めることでなんとか吹き飛ばされずに済んだ。
ベヒーモスは瞬く間に命を散らした。最早影も残らないだろう。
翼竜だって、あの圧倒的なまでの熱量の中では、とても生き残ることは出来ない。
これが、ミレリナさんの詠唱魔法か。
とんでもない殲滅力。もしこれが暴走したらと思うと、ゾッとするな。
目の前で未だに燃え上がり続ける炎の柱を見て、俺はゴクリと生唾を飲み込む。
にしても熱い。
と言うか、この炎の柱はいつになったら消えるんだ?
心なしか、さっきよりも大きくなっているような……。
「…………」
足下に視線を向けると、さっきまではなかった筈の魔法陣が、俺の足下にまで広がっていた。
いや、今も大きくなり続けている。
どうやら、暴走させてしまっているらしい。
このままだと、この炎の柱がどこまで成長するのか見当もつかない。
草原地帯だけでなく周囲の大森林にまで広がれば、どれだけの被害になるのか……ミレリナさんはまた、いや、更に詠唱魔法を恐れてしまうことになるわけだ。
魔物はミレリナさんのおかげで殲滅できた。
詠唱魔法は暴走してしまったけど、この詠唱魔法によって、俺達は助けられた。
今必要なのは、その事実だけだ。
――暴走はさせてしまったけど、俺達全員、その詠唱魔法によって助けられた。
ミレリナさんには、その事実を持ち帰ってやりたい。
「ふぅ…………よし」
一歩、二歩と、迫り来る炎の柱から後退しつつ、俺は覚悟を決めた。
収納魔法によって俺が取り出したのは――霊槍、オーヴァラだ。
大丈夫。絶対上手くいく筈だ。
ただ、あの炎の柱に飛び込むのは……少しだけ怖いな。
心臓の鼓動がやたらうるさく聞こえる気がする。
もう後がない。
広がり続けた炎の柱は、大森林にまで到達しようとしていた。
腰を落とし、足と膝に意識を集中すると、魔力も集中するのが分かる。
そして、十分に力と魔力を集中させてから、俺は大きく、大きく跳躍し、炎の柱へと飛び込んだ。
「――ぐぅぅっ!!」
うめき声にも似た変な声が、呼吸と共に漏れる。
痛くて、苦しくて、熱い。
全身が焼かれるようだ。
い、意識が持っていかれる……。
力が入らない。
霊槍を振るう力が、果たして俺に残るのか?
だが、駄目だ、この槍を、魔法陣の中心に放つ。なんとしても。
し、しかし、これは――
意識を失いかけた。
そんな時――
『護り神たる我の蒼焔なる狐火が、主を護ろう』
耳元で囁かれるようにして聞こえた透き通る声が、意識を繋ぎ止めた。
目の前に出現したのは、絹糸のような美しい銀髪の少女の影だ。
実体ではなく、うっすらと透けて見える。
その少女が、俺を包み込むようにして抱き止めたかと思うと――
ボッ、と青い炎が俺の全身にまとわりついた。
少女は消えていた。
激しく燃え盛る炎の柱の中でも、その青い炎は更に力強く燃えている。
熱くはない。どちらかと言うと、暖かかった。
『その蒼焔は、少しの間だけ主をあらゆる害から護ってくれよう』
体の全ての魔力を霊槍へと流し込み――
「うおぉぉぉぉぉっ! いっけぇぇええぇえ!」
俺は魔法陣のど真ん中に、霊槍を投擲した。
あなたのその評価が、この物語を……。




