#53 「私は、詠唱魔法がずっと嫌いだった」
「もし、ヤバそうなら逃げるわ」
シファ君のそんな冗談みたいな言葉に、私は思わず吹きそうになってしまった。
本気で言ったのか冗談で言ったのかは分からないけど、逃げると宣言してくれたおかげで、気持ちが少し楽になった気がした。
もし、また詠唱魔法の制御が上手に出来なくて暴走してしまったら、一番危険なのは魔物達と実際に戦うシファ君だ。
そのシファ君の「逃げる」という言葉は、何故か私を安心させる力があった。
でも、まだ少しだけ怖い。
詠唱魔法が怖い。それに嫌い。
シファ君は逃げると言ったけど、逃げ切れなかったら? という不安は、どうしても拭えない。
だけど、それでも私は詠唱魔法を使うことを決めた。
『俺達を助けるために、詠唱魔法を使ってくれないか?』
そう。シファ君達のため――いや、友達のため。
友達が、私の詠唱魔法が必要だって言ってくれた。
支部長コノエ様に言われたからじゃない、これは、友達のためだ。
私だって、いつまでも詠唱魔法を恐れていて駄目なこと位は分かってた。
いつかは乗り越えないといけない問題だってことを。
こんなことじゃ、いつまで経ってもお姉ちゃんに追い付けない、恩返しなんて――出来る訳もないんだ。
収納から大剣を取り出して、ベヒーモスへと向かっていくシファ君の背中を見届けて、私は静かに目を閉じた。
自分の体の奥の、そのまた奥に意識を向ける。
熱い。
この熱い物は――魔力。私の魔力だ。
この魔力を言葉に乗せて、効果領域内に拡散させて魔法陣を描き、魔法を発現させるのが私達の『破滅詠唱』だ。
大丈夫。詠唱の言葉はまだ覚えてる。
最初の言葉は――
「――ッ!」
そんな時、大きな地響きが伝わってきた。
シファ君がベヒーモスと戦闘になったみたい。
硬い物同士が激しくぶつかり合う音が響いている。
時おり聞こえる重厚な雄叫びは、ベヒーモスの物だ。
集中しよう。
詠唱の時間は、シファ君が稼いでくれる。
自分の魔力を、外に放出する想像で――
「『愚かな者の目指す結末よ――』」
ズンッと、かなりの量の魔力が外に放出されたのが分かった。
でも大丈夫。
これぐらいの魔力、私の総魔力量に比べれば微々たる物だ。
「『光ある未来はここで閉ざされる――』」
そんな時、私の耳に飛び込んで来たのは翼竜の咆哮だった。
やっぱり来た。
シファ君がベヒーモスを討伐している隙を突いて、私達の所までやって来たんだ。
数は――気配からして2体だと思う。
周囲の温度が、急激に下がっていくのが分かった。
ルエルちゃんがさっき見せてくれた技能だ。
まだ完全に回復したわけでも無いのに、またこの技能を使うなんて、かなり無理をしてくれているんだ。
翼竜の咆哮と、ルエルちゃんの声、そして剣を振るう音が耳に伝わってくる。
――怖い。
翼竜も勿論怖いけど、それ以上に、ルエルちゃんが私を護って傷付いてしまうんじゃないかと考えると……体が震えてしまう。
本当は私も戦闘に参加した方が良いんじゃないだろうか。
でも――
『ミレリナ。もし今後、本気で詠唱魔法を使う時があるのなら、その時はあなたの周りには必ず仲間がいる筈ね。詠唱魔法は、護ってくれる仲間がいて、その仲間を助けるために使う物なのよ――だから』
お姉ちゃんの言葉を思い出した。
お姉ちゃんの言っていた言葉の続き。
私は――『仲間を信じて』詠唱に集中することにした。
「『その者の未来は今――破滅へと定められた』」
ルエルちゃんの技能と魔法、そして激しい攻撃で、翼竜が再び離れていくのが気配で分かる。
詠唱の言葉を放つ度に、私の中から魔力が失われていく。
「『破滅へと導く災害の言葉――』」
私は、友達を助けるために……詠唱魔法を行使する。
これは、大好きなお姉ちゃんへ恩返しするための第一歩だ――
「破滅詠唱"災害"第肆章――」
ここだ。
ここで魔力を抑えないと暴走してしまう。
以前は、気を失ってしまう程の魔力を持っていかれてしまった。
気を強く持って、魔法の名を叫ぶ。
「『大火炎災』」
――ッ!
ごっそりと、体から熱い物が抜け出た感覚に襲われた。
はっきりと状況を理解することが出来るのだから大丈夫、意識はある。
でも――
根こそぎの、魔力を持っていかれた。
突然の激しい衝撃と閃光、そして轟音にハッとする。
「――し、シファくんっ!」
慌ててシファ君の名を呼んだ。
見てみると、草原地帯は眩しい程の光に覆われていた。
草原地帯に出現した巨大な魔法陣から迸る炎の柱は、間違いなくベヒーモスも翼竜も瞬く間に消滅させてしまっているだろう。
でも、その柱の勢いは衰えない。
まだ巨大に、更に高く、今も成長を続けていた。
まただ。
また私は、詠唱魔法を暴走させてしまったんだ。
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