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#5 訓練生たち

 

「ふんっ! 良い気味ね」


 と、なんとも刺のある声が耳に入ってくる。


 なんとか地面に両手をつくことで、顔面から地面にダイブすることを回避出来た俺を見下す女。

 どうやら、この女が俺に足を引っ掻けた本人らしい。


「お、おい。危ねえだろ?」


「ふんっ! なによ。あんたが遅刻したせいで、私達全員待たされることになったんだから、当然の報いよ」


「……だからってな」


「なによ! さっさと座れば? あんたとこうして話している時間も勿体ないわよ。時間は有限なのよ?」


 それだけ言うと、またしても「ふんっ!」とそっぽを向いてしまった。言いたいことだけ言って、こっちの話は全く聞く耳を持たないらしい。

 なんとも高飛車な女だ。

 見た目は凄く美人だというのに、このキツい性格が全てを台無しにしてしまっている。


「このっ――」


「はいはいシファ君。そこら辺にして早く座って。リーネさんも、少しやり過ぎよ」


「ふんっ」


 少し文句でも言ってやろうと思ったが、俺をここまで案内し、今この部屋の正面に立つ女性に止められてしまった。


 この女、リーネという名らしい。

 歳は俺と近いだろう。茶色い髪で可愛らしい顔立ちだが、仲良くなれそうには無いな。

 我が姉とは大違いの性格らしい。

 さらに残念なのは、俺の席がコイツの真後ろだということ。


「はい。それじゃ全員揃ったので、説明を始めるわ」


 俺が無事(?)着席したのを確認してから、俺達の正面に立つ女性が話し始めた。


「まず私は、あなた達冒険者訓練生の教官を務める、ユエル・イグレインよ。よろしくね」


「え? ユエル・イグレインって……あの」

「超級冒険者の?」

「凄い……本物?」


 と、ユエルと名乗った教官の言葉を聞いた途端、訓練生達が騒ぎ出した。


 有名人なのかな?


「ふんっ」


 と、俺の前に座っておられる高飛車お嬢様は機嫌が悪いらしい。


「コホン。まぁ一応、現役の冒険者でもあるのだけれど、今日から1年間、あなた達が立派な冒険者になるために私が厳しく指導していくから、そのつもりでね」


 待って欲しい。

 聞いてない。

 1年? また1年もの間、俺は訓練に励まないといけないのか? いやそれとも、冒険者になるためにはソレが普通のことなのか? 周りにいるこの訓練生や目の前のムカつくこの女も、俺と同じく長い特訓や訓練をこなして来たのだろうか? これが……普通、なのか?


『冒険者なら、これぐらい普通だよ?』


 はっ!

 我が姉の言葉が脳内でフラッシュバックした。


 焦っては駄目だな。

 ここで俺だけ取り乱せば、皆から舐められてしまうだろう。

『あんた、今さらたった1年の訓練にも耐えられないの? 恥ずかしい男ね』などど目の前の女に言われかねない。それだけは駄目だ。


 そう、何故なら俺は――


『冒険者としてどこに出しても恥ずかしくない男』に成長したのだから。


「それではまずは、全員ひとりずつ自己紹介をお願いね。自分の名前と、得意な魔法か技能くらいは、最低限お願いね」


 ~


「俺の名はレーグ。魔法は得意じゃねぇな。男ならやっぱり剣術だろ! 俺はこの愛剣メテオフォールで、あのオーガだってぶっ倒したことがあるぜ?」


「「「おぉー……」」」


 ひとりずつ自己紹介が進んでいく。


 皆が、自身の得意な魔法や技能を口にして、中にはこのように過去の武勇伝を話す者がいて、時に感銘の声が漏れたりしているのだが……。


 オーガか。

 俺も4年前に討伐したな。

 良かった、少なくとも俺の実力はここでは恥ずかしくない程度にはあるのかも知れない。

 だが油断は禁物。

 このレーグという男が、実は大したことない実力という可能性もある。

 現に、今のこの男の言葉に感動した声を上げた者は、そう多くなかった。

 実力が下の者を基準に考えてしまっては駄目なのだ。


「私の名はルエル。得意な魔法は『氷』属性。以上よ」


 こういった具合に、本当に必要最低限の自己紹介しか行わない者も多い。

 自己紹介したからと言って、皆が皆、互いの顔と名前を憶えられる訳ではない。

 この自己紹介はあくまでも、これから1年間の訓練を共にする仲間なのだと、互いに認識させる物なのだろう。


「わ、私は……みみみ、ミレリナ……です。えっと、その、特に得意な魔法や技能は……ありません。ごめんなさい!」


 まぁ、こういう者もいるだろう。

 人と話すのが苦手なのだろう。分かる。俺もあまり人と話すのが得意ではないし。


「ふんっ。無様な女ね」


 目の前の女は、気に入らないことがあればいちいち文句を言わなければ気が済まないのだろうか?

 文句でも言ってやりたいが、面倒なことになるのが目に見えているので黙っておこう。


 そうして、自己紹介は順調に進んでいく。


 俺の席は、部屋の正面から見て左端の左奥。

 つまり俺の自己紹介は一番最後なのだが、とうとう自己紹介の順は、俺の前の席にまで回ってきた。


 そう――


「次は私の番ねっ!」


 いきなり俺に高圧的な態度を取ってきた高飛車な女だ。

 悪い意味で興味を持つ俺は、彼女の自己紹介に耳を傾ける。


「私の名は、リーネ・フォレス。あの上級冒険者、セイラ・フォレスの妹よ!」


 誰だ?


「「「おぉーー!!」」」


 ここで、教官の名を聞いた時に次ぐどよめきが部屋中にまきおこった。


 街から離れた場所で姉と2人で暮らし、ここ最近は特訓ばかりだった俺に、セイラと言う名の冒険者が何者なのかは分からないが……。


「お、おぉ……」


 一応周りに合わせておく。


「ふふん。私は魔法も基本的には得意だけど、剣術の方が得意ね。そう、技能(スキル)『音剣』で、あのコカトリスだって追い詰めたのよ? まぁ最後は逃がしてしまったけどね」


 周りの反応に気を良くしたのか、すこぶる上機嫌で話し出した。


「あのコカトリスを!?」

「危険指定種だろ? 本当なのか?」

「流石は"音剣のセイラ"の妹だな……」


 コカトリス……は知らないな。

 そんなに強力な魔物なのだろうか?

 って言うか、倒してねーじゃん。逃げられてんじゃん。


 という感じで、憎きリーネの自己紹介は大成功に終わった。


「さてと」


 残るのは俺ひとり。

 大丈夫だ。俺はどこに出しても恥ずかしくない男。シファだ。


「俺の名は――」


 静かに立ち、俺は自己紹介を始めた。



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