#46 俺達はまだ冒険者でもないと言うのに
ランキングに驚きました。
本当にありがとうございます。
玉藻前の一件が無事に終わった。
なかなかに激しい一日となったあの日、疲れて帰って来た俺を――意外にもユエル教官は優しく迎えてくれた。
訓練所を飛び出そうとする俺を止めた教官に、俺は剣を向けるという最低の行為までしてしまったというのに――「夕飯には間に合ったのだから、許してあげるわ」と、ユエル教官は優しい笑顔を向けてくれた。
教練などでやむを得ない場合を除き、朝と晩の食事だけは必ずユエル教官と食べている。
これからもソレだけは、欠かさないでいようと思った。
そして三日が経った今日も、俺はいつものように教官の私室で朝食を済ませ、これまた教官がいれてくれた珈琲を楽しんでいる最中なのだが――
「え? 南の魔境化が治まった?」
「そうよ。貴方が玉藻前を助けた日の深夜らしいわ」
教官から聞かされた話に少し驚いた。
ちょっと残念。
実は少しだけ魔神種というやつに興味があった。それに、その魔神種とやらを原因とする魔境にも。
おそらく、俺が姉との特訓で訪れたソレっぽい所とはまた違った雰囲気なんだと思う。
姉に時間があれば、連れていってもらおうと思ってたんだが、そうか、治まってしまったか。
まぁでも、これで自分の家の心配をする必要は無くなった訳だ。
ちなみに、どうして魔境化が治まったかは教官にも分からないらしい。
可能性として挙げるなら、魔神種が姿を消したか、魔神種自ら魔境化を抑え込んだ。この二つだと言う。
そもそもの原因が他にある可能性も無くは無い、とも。
魔神種……どんなやつなんだろうな。
物凄く気色の悪い怪物だったら嫌だな。
なんて考えていると、珈琲を全て飲み終えてしまった。
そろそろ教室に向かう時間だ。
「今日もご馳走さま教官。じゃ、先に教室行ってるから」
と立ち上がる俺に、教官は微笑みで応える。
そして――
「シファ、訓練所生活には慣れた?」
珍しいことを訊いてきた。
もうかなり長い時間をここで過ごしている。
勿論慣れた。そして楽しい。
そう答えると。
「そ。行ってらっしゃい」
そう送り出された。
珍しいこともあるもんだ。
若干首を傾げつつ、俺は先に教室へと向かった。
~
時間丁度に、教官は教室へとやってくる。
もう皆わかっている。
教官の手に握られた一枚の用紙。
教官が、その手に用紙を持ってこうして教室へとやって来た時は――組合からの依頼を受けてきた時だ。
つまり、あの用紙は依頼書だ。
果たして――今度は討伐か、調査か。はたまた別の何かか。
俺達は、黙って教官の言葉を待つ。
すると。
「全員、私についてきなさい」
と、それだけ口にしてから教室を出て行ってしまった。
これには、流石に全員が唖然とした表情になったんじゃないだろうか。
おそらく、俺達向けの依頼を組合から持ってきたのは確かだと思うが、何の説明も無いとは。
などと驚いている間に、教官はスタスタと廊下を歩いて行く。
俺達も慌てて席を立ち、教官の後を追うことにした。
~
冒険者訓練所を出て、西大通りを進む。
俺達は黙って教官の後を追う。
誰も余計なことは話さない。きっとこの後に、ちゃんと教官から説明がある筈だからだ。
そして、西大通りを進むと見えたきたのは――冒険者組合だ。
なるほど、冒険者組合に用があるのか。と思ったが、教官はその冒険者組合には目もくれずに歩き続けた。
冒険者組合を素通りしたのだ。
ならば、教官はどこに向かっているのか。
そう思いながら暫く進み、ようやく教官が足を止めたのは――カルディア大広場だった。
その大広場の一角に、俺達は集められた。
――いったい何のために? と皆が思っただろうが、この大広場の今の状況が、そんな疑問よりも更に皆を混乱させる。
大広場は、多くの人で埋め尽くされていた。
カルディアの都市中央の、各大通りを繋ぐ大広場だ。もともと人の出入りは激しいが、今は行き交う人ではなく――多くの冒険者が、この大広場に集まっているらしい。
俺達の集まった所とは反対側の一角に設けられた舞台に、この場所に集まった皆が意識を向けているのが分かるが、ソコにはまだ誰の姿もない。
チラリと、教官の顔を窺うが、どうやらまだ説明する気はないようだ。
この大広場に集まっている冒険者達と俺達。
今日の教練に何の関係があるのか。
ただひとつ言えるのは、ただ事ではない。ということだ。
いったい何が始まるのか。
ソレはおそらく――今、向こうの舞台に姿を現した人物が説明してくれるらしい。
『あ、あー。妾は冒険者組合カルディア支部、支部長のコノエ・グランデールである。冒険者共よ、よく集まってくれた』
反響するような声。
魔法の類いだろうか、最も距離の離れた俺達にも、その声はハッキリと聞こえた。
大広場の喧騒が止み、皆が一層の意識を舞台に集中させたのが分かる。
支部長の銀髪幼女、コノエ様だなありゃ。
出来れば関わりたくないと思っていた人物だ。
『今日、お主らにここに集まってもらった説明をする前に、言っておくことがある』
と、支部長コノエはひと呼吸挟み――
『喜べ、イナリを占有しておった危険指定レベル20、鳳凰は先日――討伐された』
そう高らかに宣言した。
するとどこからともなく「おぉっ」「討伐!? 撃退じゃなくてか?」と、感動したような、信じられないような、そんな声が聞こえてくる。
『撃退ではない。討伐じゃ。"絶"級冒険者ローゼの指名パーティーにより、見事に鳳凰の討伐は成った』
姉の名が出たことで、どうやら冒険者達は納得したらしい。
ざわつく冒険者達を手で制し、支部長コノエは話を続ける。
『しかし、カルディア周辺に姿を現した危険指定種共は、一向に姿を消す気配はない――そこで』
支部長コノエの口角がつり上げる。
幼女などとは呼べそうにない、悪い顔が大広場を見回した。
おいおい、まさかな。
いや、どうやらそういうことだ。
『冒険者組合カルディア支部は、この場の全冒険者共に……カルディア周辺に出現している危険指定種共の掃討を依頼する!』
そして。
『これは強制じゃ』
と、付け加えられた。
これに俺達も参加しろと言うのか?
いや、この場に連れて来られた時点で、答はでているな。
今日? いや、これから? これは今日の教練と言うべきか、これからの教練と言うべきか……とにかく、今から始まる俺達の教練は、今聞いた通りらしい。
『この依頼についての詳しい説明は、今回のこの掃討作戦の指揮を任せることにした――"超"級冒険者のセイラ・フォレスにしてもらう』
そう言って、支部長コノエは舞台から降りた。
大広場は、様々な要因で更に騒がしくなっていった。
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